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第七章 4話

 集落を抜けて、しばらくは無言で走っていたが、集落が見えない所まで来ると三太は足の速度を緩めて律花の手を放した。

 「ここまで来れば大丈夫だろう」

 言って一休みするように地面に座り込む。律花はそこに立ち尽くしたまま三太に視線を向け、口を開いた。

 「色々と聞きたい事があるんだ」

 「俺に答えられる事ならなんでも」

 「三太さんは……」

 言いかけたところで三太に遮られる。

 「さん、なんてつけなくて良い。朱子の顔でそんな風に呼ばれるとなんだか居心地が悪いから」

 「じゃあ、三太」

 言うと、満足そうに頷くので律花は続ける。

 「何で私が朱子さんとは別人だってそんなに簡単に納得できるの?」

 普通ならば、信じられない事ではないだろうか。律花自身、そんな事を言われれば疑うだろう。だが、三太は苦笑いしてなんでもない事のように言う。

 「俺は昔から朱子と一緒にいたからな。朱子は昔から遊び半分で死んだ人の魂なんかを自分の中に入れて見せたりした。当時はそれがとんでもない事だなんて知らなかったけど、それでも見ていて空恐ろしい物を感じたな」

 律花は続けて質問する。

 「なんで助けてくれるの?」

 「さっきも言った通りだ。俺や朱子の問題に巻き込んでしまって申し訳ないと思っているから助けた。始めは、あんたが朱子だと思ってたから、どうしても話をしなくちゃいけないと思って巫女のばあさんの屋敷に忍び込んだ。……あの家は抜け道や隠れ場所がたくさんあるんだ。昔は朱子があそこで暮らしていて、よくチサと忍んで行ったからそれで覚えていた」

 そこまで言って、ふっと思い出すように瞳を和ませた。それから、話を続ける。

 「だが盗み聞きした内容では、どうもあんたは朱子じゃあないらしい。だったら、俺達の問題であんたが殺されそうになるのは見当違いだし、申し訳ない事この上ないからどうしても逃がしてやんなきゃ、と思って機会をうかがっていたんだ。でも、あんたが茶を飲んで眠っちまった時に起こして連れて逃げようとしたら巫女のばあさんに見つかっちまって、そのままあんたが磔にされる時も、邪魔しないようにって閉じ込められてたんだ。ヤマイヌの集団が来て、騒ぎで俺を閉じ込めてた場所にも逃げ込んだ奴があって外に出られたから急いで追いかけてきたんだけど、あんたはあの女と一緒に俺を撒こうとした」

 律花は聞きながら、胸の中の感情が弱まっているのを感じた。それは、自分がこの話をもっと聞きたいと思っているせいなのか、朱子の意図なのか、それとも律花がそれをコントロールする事に慣れてきたせいかは分からなかったが。

 「朱子さんには何を話そうと思ってたの?」

 律花の問いかけに、三太は苦い表情になる。

 「もう、あんな馬鹿な真似を止めるように言うつもりだった。俺やチサを恨むあまりに他の人間を害するような呪いをかけるのは間違ってる。呪うなら、俺やチサを直接呪えば良いじゃないか」

 「そもそも、なんで朱子さんを騙したりしたの?」

 律花の言葉に、三太は苦い顔のまま、自嘲的な笑みを浮かべた。

 「許せない、と思わないか?」

 「え?」

 律花が不思議そうな顔を浮かべるのに少し目を細めて、三太は言う。

 「あんたは、いいな。人の痛みが分かる人間だ。さっきの女を助けた時に分かった。でも、世の中にはあんたみたいな人間は少ないんだ。……朱子とチサと俺は三人でガキの頃から仲良くしていて、三人で居るのは本当に楽しかったんだ。なのに」

 三太は苦しそうに顔を歪める。

 「朱子はあまりにも当たり前の事の様に、チサを贄に指名した。今まで家族みたいに親しんでいたのに。それが、俺には許せなかったんだ。お勤めの為なら友達でも平気で売り渡す朱子が信じられなかったし、裏切られたような気持ちになった。だから、チサから話を持ちかけられた時に了承したんだ。……チサは泣いていた。自分は、死にたくないって」

 「でも、それでもなんでそれを直接朱子さんに文句を言わないで、朱子さんが死んじゃうかもしれないような、そんな酷い仕返しの仕方をしたの?」

 律花のその言葉に、三太はハッとした顔をしてから、後ろめたそうに目を逸らしてぽつりと「俺は、卑怯だな」と言った。それから覚悟したように大きな息を吐いて言う。

 「今俺が言った事は建前だな。朱子が悪いって押し付けたかったんだ。……俺の家は、チサの家から田を借りてそれを耕して生活しているんだ。借金も多くある。だから、チサに逆らったら俺の家族はみんな生活できなくなって飢え死にしちまう。俺は、家族と朱子を秤にかけて家族を選び取ったんだ」

 自嘲気味にそう言う三太に、律花は何も言えなくなってしまった。たしかに、朱子の目から見れば三太は憎むべき存在かもしれないが、その三太だった好きでやったわけではないのだ。止むに止まれぬ事情だったろう。それにチサと言う少女も、何といっても自分の命がかかっていたのだ。一概に責められるものではない。

 三太は立ち上がって気分を変えるように大きく深呼吸してから歩き出す。律花もそれに続いた。

 「俺が裏切ったり、集落全部で朱子を陥れるような事になって、朱子が恨みに思うのも分かるけど、やっぱり呪いはよくないと思うんだ。あんたも、もし止められるようなら止めてみてくれないか?」

 「もし、できたら」

 全く自信はないのだが、と律花は心の中で付け加える。巫女の老婆にも、力は微塵もないと言われたのだ。

 話に一区切りがついたところで、三太は立ち上がる。

 「さあ、馬などを持っていないから徒歩ですまないが、さっさと行こう」

 律花も頷いて足を進める。そうしながら、密かに溜息をついた。

 ―――結局、何も出来ないで篠田に戻るのか。

 いくら償いをしようとは思っていたとは言え、流石に命までは差し出せない。その上、きっと今の律花には償える力や方法はないのだ。おまけに、何も考えずについて来てしまったが償うといっても具体的にどうやって償うかどうかさえ、見当がつかない。

 律花は重い気持ちのまま歩き続けた。


 しばらく歩くと三太が足を止めた。

 「どうしたの?」

 律花の問いに三太は前方を指差す。そこには、馬に乗った人影があるのが見えた。

 「篠田のお侍さんだ。あそこからは、あの人に連れて行ってもらうんだ」

 「え?」

 律花は驚いてよく目を凝らす。遠目にだがすらりとした人物であることがわかる。

 「誰?知り合いなの?」

 律花の問いかけに、三太は困った顔をした。

 「知り合いって程じゃないけど。よく、あそこら辺をうろついているのを見かけるんだ。あそこら辺は山菜が採れるからとか言って。変わってるだろ?……篠田のお侍さんって聞いたときは驚いたけど、悪い人じゃないみたいだし、たぶんあんたを任せても大丈夫だと思う」

 「ちょっと待って。篠田のお侍さんが木野の領にいるの? 何のために?」

 慌てて律花は問いかける。三太は仮にも木野の民だ。敵領の者がいればしかるべき場所に知らせる事だって普通はするものではないのだろうか。律花のその言葉に、三太は気まずそうに目を伏せた。

 「そうだな。多分、駄目なんだろうな。……もしかしたら、山菜採りなんてのは建前で、木野の事を探っているのかも」

 「それでいいの?」

 驚いた事に、三太ははっきりと頷く。

 「俺は、たとえ自分が生まれ育った国でも、木野をそんなに好きじゃないよ。贄とか言って何の罪もないおなごを殺す国が好きなわけないじゃないか。篠田が木野を滅ぼすって言うんなら、それでも良いと思ってる」

 その言葉に込められた感情を感じて、律花はそれ以上何も言えなかった。

 ―――三太は、本当に二人が好きだったんだ。

 だから、自分たちの関係を壊してしまったこの国の制度に憤りを感じている。

 「三太は、一緒に篠田へ行かないの?」

 思わず聞いてしまった律花の言葉に、三太は苦笑した。

 「行かないよ」

 「なんで?この国が嫌いなんでしょう?」

 「嫌いだけど、俺が今この国を離れるわけにはいかないだろう? この国は、俺のせいで朱子の呪いに晒されてるのにその俺が逃げるんじゃ道理が通らない」

 その言葉に、律花は感心するしかなかった。

 「三太は、責任感があるんだね」

 ちゃんと筋道を通して物事を考える人。

 「褒め言葉は、有難く受け取っとくよ」

 そう言って三太は笑った。


 「じゃあ、この子をお願いします」

 三太は言って目の前の侍に頭を下げる。誠実そうな印象を受ける、すらりとした侍は三太に向かって頷いて見せた。

 「この者が篠田の者だというのなら、私が責任を持って連れて帰るのは当たり前の事だ。案じる事はない」

 「じゃあ、三太、またね」

 律花が三太にそう挨拶すると、三太は少し目を見開いて聞き返してきた。

 「また?」

 「また、どこかで会ったら」

 律花が笑って言うと三太は相好を崩して頷く。

 「そうだな。またな」

 侍は律花に馬の後ろに乗るように指示すると、馬を走らせる。走る馬の背中から振り返って見ると、三太がずっと見送っていた。


 侍の後ろで馬に揺られて山道をしばらく走っていたのだが、ようやくその山道を抜ける時になって、思いがけない事が起った。

 侍が急に馬を緩めたので驚いて見ると前方に獣の群れが見えた。すぐに、それが何かは分かった。

 「ジン」

 律花が小さく呟くと侍は驚いて律花を振り返る。律花は慌てて口をつぐんだが、侍は律花の予想に反して笑みを浮かべた。

 「道理で見たことのある顔だと思っていた。そなた、時柾の臣だね」

 その言葉に、驚いて律花が見上げると、侍は目元を和ませて微笑んでいる。

 「ヤマイヌをつれた変わった臣が時柾に出来たと、城では大いに噂されていたから、私もそっと見に行った事がある。まさか、こんな所で出会えるとは思っていなかったが」

 そこまで言って、律花の戸惑う顔に気が付いたのだろう。男は苦笑する。

 「私が誰だかわからない、という顔をしている」

 「あの、はい。すいません」

 律花が気まずい思いで言うと、男は屈託なく笑って言う。

 「気にしないで良い。そなたの前に姿を現せなかった私が悪いのだから。……ところで、あのヤマイヌはそなたの知り合いならば襲ってくる恐れはないね?」

 「はい」

 ジンが襲ってくるとは思えない。そう思って律花が頷くと、侍は馬の速度をまた速めた。

 馬が駆け出すと、ジンはじっとその様子を見ていた。

 ―――見送りに、来てくれたのかな。

 遠ざかっていくジンを見ながらそんな事を考えていると、侍が口を開いた。

 「申し遅れたね。私は、篠田の朝時だ」

 ―――朝時? どこかで聞いた名前。

 次の瞬間、それが誰だか理解して律花はハッとする。

 「篠田の当主様?」

 驚いた口調の律花に、朝時は笑う。

 「そう。良かったら覚えておいてくれ」

 そのあまりにも気安い様子に律花は面食らってしまう。当主と言えば篠田の中で一番偉い人のはずだ。それが、木野なんかでふらふらとしていて良いものだろうか。

 そんな律花の考えを見透かすように朝時は言う。

 「城の中は気詰まりでね。たまに気晴らしをしなければやっていられないんだ。あそこは、人々の色んな思惑が渦巻いているから、いつも気を張っていなければならない。時柾もそうだっただろう?」

 確かに、時柾も城の中ではいつでも気を張りつめていた。だが、だからと言って気晴らしに木野にまで来なかったはずだ。律花のそんな考えは顔に出ていたのだろう。朝時は苦笑する。

 「私の母はね、百姓の出なんだよ。幼い頃はよく、私を連れて里に下がったりしていたし。そのせいかな、百姓の者には顔を知られていてね。ばったり出くわそうものなら大騒ぎになってしまうんだ。殿様がこんな所で何をやっているんだ、とか色々と言われてね」

 その言葉に、律花はなんとなく納得できるものを感じた。母親が百姓云々を抜かしても、朝時はどこか気安い所がある。だから、民も声を掛けやすいのだろう。

 「気にしてくれるのは有難いんだけど、それで城に連れ戻されたりもてなされたりするのは何のための息抜きだ、という事になってしまうからね。こうして篠田の者に見つからないような場所まで遠出しているんだ」

 「でも、危なくないですか?」

 律花の問いかけには、朝時は意外そうな顔をする。

 「何故? たとえ篠田の人間だって見た目が違うわけじゃない。誰も訝しがらないよ。……三太だって、初めて私が身分を明かした時は驚いていたよ」

 その言葉に、律花は思い出して言う。

 「三太とは、そもそもどんな関係なんですか?」

 朝時は思い出したようにくすくすと笑う。

 「そうだなあ。元々、三太とはあの辺りでよく出会っていた。お互い山菜を採りに来る同士みたいなものだったんだね。でも、私の格好を見てすぐにかしこまって逃げてしまう」

 この時代は身分の上下がある。たとえ共もつけずに朝時がいたとしても、それは乗っている馬や着物の質などですぐに分かってしまう。

 「でも、ある時、居眠りをしていたらいつの間にか雪が降っていたらしくてね。私は気がつかずに居たんだが、三太はとてもびっくりしたみたいだよ。死体かと思ったと言っていた。……それで、叩き起されて、それから色々と話をした」

 ―――想像していたのと、全然違う。

 律花は思わざるを得ない。朝熙などの話を聞く印象では、朝時はとてもこのように穏やかで優しそうな人物は想像できない。

 「三太は、良い男だな。私の臣になってくれないかと聞いたら断られてしまったけど」

 「そうですね」

 律花が同意をすると、朝時は苦笑する。

 「そなたも、不思議な娘だな」

 「え?」

 律花は怪訝な顔をする。

 「普通、篠田には木野の者というだけで毛嫌いする者が大勢いるんだ。愚かな事だと思うのだけどね」

 「愚かな事ですよ」

 律花は心から同意の意味を込めて言う。

 こちらに来て、すぐの頃、木野の贄だということで殺されそうになった事を思い出したのだ。

 律花の同意に、朝時は少し悲しそうに微笑んだのだった。

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