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十影と私の日常


「夕飯できたよ」

 ダイニングテーブルに大皿を置きながら、ソファで寝転がる十影へ呼びかける。

 続いて炊飯器から二人分のお茶碗にご飯を盛りつけ、再びリビング側に目を向ける。すると何故か両手を上にあげ、まだ寝そべったままの彼女の姿があった。

「……なにしてるの?」

「見ればわかるじゃん、起こして」

 赤子かあんたは。

「嫌でーす。自分で起きなさい」

 テーブルにお茶碗を二つ並べ、箸を取りにキッチンへ戻る。視線を戻せば、大きな赤子はまだ同じ態勢のままである。

「ねぇ、普通そういうの男の人にやらない?」

「男にこんなのやるわけないじゃん、恥ずかしい」

「へぇ、ちゃんと恥じらいがあってよかった。いいから早くこっちで来なさい赤ちゃん」

 不服そうにばぶーと呟きながらようやく立ち上がる。

 十影が我が家に来てからそろそろ四ヵ月目になる。二人での生活というのにも慣れてくる頃合なのだろうけど、十影は特に順応性が高いのか早くもすっかりこの様子である。

「今日酢豚じゃん、ビール飲みたーい」

「でも昨日飲み切ってなかった?」

「えー! 買い足しといてよ」

「それくらい自分で買いなよ、十影は青紫さんのとこ今日休みなんでしょ?」

「でもだってさ、食費担当は未耶じゃん」

「お酒は嗜好品だよ。私は飲まないんだし」

「ちぇ、つまんねぇの……」

 なんて紆余曲折を経て、二人でテーブルに向かい手を合わせて、いただきます。

 あれだこれだと注文をつける十影だが、食事に箸をつけ始めると、これがまぁ勢いよく食べる食べる。多分私の二倍くらいは胃の容量が大きい。

「んまぁ、やっぱ未耶の手料理よ」

 それも、こうしておいしいおいしいと喜んでおいしそうに食べてくれる。日々悪態ばかりの十影だが、彼女に料理を振る舞うのは悪い気がしない。

 まぁ、よくあるCookDoの酢豚なんだけど。

「お米まだある?」

「今日炊いたからあるよ」

 そして、意気揚々とおかわり。

 なんだが、元気な中高生の男子を相手しているような気分である。

 昔から十影はこんな感じだった。お昼休みで給食でも、ファストフードでハンバーガーでも、私の実家に遊びに来た時の夕食でも、それはもうおいしそうに食べる子だった。中学にもなると、自然と十影と出かけ、遊んで、食事を共にする機会も増えていったのを覚えている。

 食事のたびに思い出される小さな過去の記憶。それはつまり、栗山十影のことしか覚えていない私に、残っている数少ない自分の生きた証でもある。

 家族、友人、学校、そして自分自身のことさえも、あの日以前のことは、十影以外何も覚えていない。

「おーい、未耶ー?」

「え?」

 ここで、ようやく対面の彼女が私を窺っていることに気がついた。

「あ、ごめんね、なんだった?」

「いやなんも無いけど、急にぼーっとし始めるからどうしたのかなってなるじゃん?」

「ごめんごめん、ちょっと考え事してただけだから」

「ふーん?」

 興味を失ったのか、再び箸を動かし始める。

 ───十影には、直接訪ねない。

 それが私と十影が繋がり続ける上で青紫さんと交わした約束だ。青紫さんいわく、十影は精神的に不安定な状態にあるという。日常生活に支障のあるものではないが、あの日の話やそれを想起させる話はそんな彼女の精神を強く刺激する話題なのだそうだ。

 正直、すごく歯痒い。

「変わんないね」

 ふと、一言。

「え、なにが?」

「さっきやってた癖。昔からよく箸咥えたまま固まって考え事してるじゃん」

 箸、咥えたまま。

 まったく意識していなかった。だけどたしかに思い直せばさっきの私は箸を口に付けたまま固まっていた気がする。

「あれ、もしかして気づいてなかったんだ。いやね、未耶ってお行儀いいけど、それだけはよくやるから覚えちゃうんだよね」

 そう言って、わざわざ箸を咥えていたずらっぽく笑みを浮かべた。それはもう無邪気な顔で。

「……もう、そういうことは早く言ってよね、恥ずかしいし」

 自分には過去が無い。いつか青紫さんにはそう話したことがある。こうやって笑いかけてくれる十影を見ていると、あの発言は間違いだったのかもしれないさえ思えてしまう。

 少なくとも、私の数少ない記憶にあるのが十影で本当によかったとは思えてしまうな。

「十影」

「んー?」

「ご飯粒付いてるよ」

 だけど、今の私には誤魔化して笑うことしかできなかった。


「あ、そういえばさ未耶」

 しゃかしゃかと擦れるスポンジの控えめな音を、十影の声がかき消した。

 食後には、私がソファにふんぞり返ってテレビを眺める側になる。食器洗いは十影の当番である。そこまで終えれば後はお互いに自由時間となり、だいたいは私は寝室で寝転びながらスマホ弄りったり趣味に興じたりで、十影の方はリビングに残ってゲームをし始めるのだ。

「なにー?」

 テレビから視線を十影に移す。

「通販の荷物届いてたから、ダンボール部屋に置いといたよ」

 荷物……ああ、あれね。

「はーい、ありがとね」

「未耶、パソコンでも買うの?」

「……ん?」

 パソコン?

 何の事だろう。

 私は普段スマホ派だし、パソコンなんて高いだけの物は私用で買わないし、そもそもあまり魅力に感じない。どうして急にそんな事を言い出したんだろうか。

「荷物、パソコン機器って書いてあったじゃん」

「あー……」

 あーうん、待って十影。わかった、状況は理解した、理解しました。

「未耶ってパソコン使うっけなぁって思ってさ」

 いやいやいや、普段そういうこと気にしてる方でもないじゃない。なんでこういう時に限って目ざといのさ。

「いや、まぁ……職場のマウスが、そう、手に合わなくてさ」

「ふーん、そうなんだ」

 十影の方は、終始シンクに視線を落としたままである。特別興味を示している様子では無さそうだ。これは……なんとか誤魔化せたのかな。

「まぁ、あたしはそんなに気にしてないけど、最近未耶の声結構貫通してくるから、気をつけてね」

「……嘘でしょ?」

「まじまじ」

 十影との同居は、なんだかんだと言いつつ言われつつも、結構楽しく思っている自分がいる。ただ、唯一大きな悩みの種があった。

 この部屋は1LDK。私と十影の部屋が分かれていないことだ。

 この日、私へ届いた強力電動マッサージ機は、ついぞ箱から出すことなく、今日も私の衣装ケースの奥底で眠らせたままになっている。




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