第8話 笑って、泣いて
今日もゆるっと冒険開始です。
勇者カンダと、ちょっとクセの強い三人娘の旅をお楽しみください!
「フィーネが――死んでたんだよ」
誰も。
何も言えなかった。
風が吹く。
レオンは俯いたまま。
拳を握っている。
カンダは戦斧から手を離した。
「……どういうことだ?」
「正確には」
レオンが顔を上げる。
「死にかけてた」
「死にかけてた?」
「ああ」
レオンは近くの岩に腰を下ろした。
「俺も最初は知らなかったんだ」
◇
「俺は王都で勇者にされた」
「……やっぱり」
カンダが呟く。
「何だ?」
「いや。続けて」
「突然城に呼ばれてな」
「わかる」
「王様に『そなたを勇者に任命する!』って」
「わかる!」
「そのまま魔王を倒してこいって」
「めちゃくちゃわかる!」
レオンがカンダを見る。
「お前も?」
「俺も」
「勇者?」
「一応」
二人は黙って頷いた。
ジュリアが呟く。
「量産勇者被害者の会?」
リホが腕を組む。
「かなり人数集まりそうね」
アリスが笑った。
「会費取れる?」
「リホの商売にするな!」
カンダが叫ぶ。
レオンの口元が少し緩んだ。
だが。
すぐに真顔に戻る。
「旅に出てしばらくして、フィーネに会った」
森で魔物に囲まれたレオンを。
フィーネが助けた。
「……俺、弱かったからな」
「勇者なのに?」
アリスが聞く。
「勇者だからって強いわけじゃない」
「わかる」
カンダが頷く。
「お前は強そうだけどな」
「最近、妙に力ばっか上がるんだよ」
「成長期じゃない?」
「今それ言う?」
アリスは笑った。
レオンは続ける。
何度か会ううちに。
二人は惹かれ合った。
精霊女王には反対された。
それでも。
フィーネはレオンを選んだ。
二人は小さな家を借りた。
金はなかった。
食事も質素。
でも。
「幸せだった」
レオンはそう言った。
◇
異変が起きたのは。
数か月後。
フィーネが眠る時間が増えた。
次に食事を取らなくなった。
力が抜け。
そして。
「ある朝、手が透けてた」
カンダが眉を寄せる。
「透ける?」
「ああ」
レオンは自分の手を見る。
「向こう側が見えた」
医者へ行った。
わからない。
薬師にも聞いた。
わからない。
教会にも行った。
わからない。
「それで探した」
「治す方法を?」
リホが聞く。
「ああ」
精霊について知る者。
古い書物。
旅人。
魔法使い。
手当たり次第に探した。
金がなくなれば魔物を倒した。
それでも探した。
そして。
ようやく一人の老魔法使いから聞いた。
精霊は。
人間とは違う。
精霊の力が満ちた場所から長く離れると。
少しずつ。
存在そのものが弱っていく。
「フィーネは、人間の世界に長く居すぎた」
レオンは言った。
「このままだと、消えるって」
「…………」
「精霊女王のところに戻れば助かる」
カンダは息を吐いた。
「じゃあ戻れば――」
「戻らないって言った」
「え?」
「俺といるって」
レオンが苦く笑う。
「消えてもいいってさ」
アリスから笑顔が消えた。
「説得した?」
ジュリアが聞く。
「ああ」
何度も。
何度も。
けれど。
フィーネは戻らなかった。
――あなたといたい。
――離れたくない。
――最後まで一緒にいたい。
「時間がなかった」
レオンが拳を握る。
「毎日、少しずつ薄くなってた」
カンダには。
もう続きがわかった。
「だから……」
「ああ」
レオンが頷く。
「捨てた」
◇
――飽きた。
――もう一緒にいたくない。
――精霊と暮らすなんて面倒だ。
――お前が邪魔になった。
レオンは。
わざと。
一番傷つく言葉を選んだ。
フィーネは泣いた。
そして。
「最後に思い切り殴られた」
「殴られた?」
「拳で」
アリスが目を丸くする。
「強いね」
「かなり痛かった」
「そこ?」
カンダが突っ込む。
レオンは少し笑った。
「でも、それでよかった」
嫌われれば。
戻ってこない。
精霊女王のもとへ帰る。
助かる。
それだけで。
「よかったんだ」
「じゃあ」
リホが聞く。
「あんたが今こんなにボロボロなのは?」
「フィーネが生きてるか確認したかった」
「会いに行けば?」
「精霊の里には入れない」
だから。
精霊について詳しい者を探していた。
フィーネが助かったのか。
どうすれば確認できるのか。
一人で。
ずっと。
カンダは頭を掻いた。
「バカだな、お前」
「ああ」
「本人に言えばよかっただろ」
「言ったら戻ってくる」
「…………」
「あいつはそういう奴なんだ」
カンダは黙った。
その時。
「バカじゃん」
アリスが言った。
「おい」
カンダが見る。
「いい」
レオンが答えた。
「その通りだ」
アリスは腕を組む。
「フィーネもバカ」
「…………」
「レオンもバカ」
「…………」
「好きなんでしょ?」
レオンは答えなかった。
「今でも」
長い沈黙。
「ああ」
小さな声。
アリスはため息をつく。
「じゃあさ」
「…………」
「二人とも好きなのに」
いつもの軽い声じゃなかった。
「なんで二人とも泣いてんの?」
レオンは。
何も言えなかった。
◇
「行くぞ」
カンダが立ち上がる。
「どこへ?」
「祠」
「祠?」
「精霊女王がいる」
レオンが立ち上がった。
「女王が!?」
「お前を懲らしめてこいって言われた」
「…………」
カンダは戦斧を見る。
「一応殴っとく?」
「やめてくれ」
「だよな」
ジュリアが笑う。
「聞くんだ、それ」
「条件だったから」
カンダは歩き出した。
「本人に話せ」
「…………」
「今度は逃げんなよ」
レオンは少し遅れて。
「ああ」
と答えた。
◇
祠。
精霊女王の前へ戻る。
「連れてきたぞ」
女王が立ち上がった。
「貴様……!」
光が集まる。
空気が震える。
「待て待て待て!」
カンダが間に入る。
「どけ!」
「話を聞け!」
「我が娘を捨てた男だぞ!」
「だからその理由を――」
「母上!」
声が響いた。
全員が振り返る。
祠の奥から。
一人の少女が現れた。
淡い光。
長い髪。
精霊女王によく似た顔。
レオンの目が見開かれる。
「……フィーネ」
少女も。
立ち止まった。
「…………レオン?」
レオンの力が抜けた。
その場に膝をつく。
「……よかった」
それだけ。
その目から。
涙が落ちた。
フィーネの表情が歪む。
「何が?」
「…………」
「何がよかったのよ!」
「フィーネ」
「私を捨てたくせに!」
「それには理由が――」
「ちょっと待って」
アリスが間に入った。
「あなた誰?」
「遊び人」
「…………」
「細かいことは気にしないで」
「押し切るな!」
カンダが叫ぶ。
◇
レオンは。
すべて話した。
フィーネの身体が消え始めていたこと。
治す方法を探したこと。
精霊女王のもとへ戻れば助かると知ったこと。
フィーネが拒んだこと。
だから。
嫌われるしかなかったこと。
全部。
フィーネは黙っていた。
最後まで聞く。
そして。
レオンへ近づく。
「フィーネ?」
バシィィン!
頬が鳴った。
「痛っ!」
「バカ!」
「…………」
「大バカ!」
「……はい」
「なんで言わなかったの!」
「言ったら戻ってくるだろ!」
「当たり前でしょ!」
「だからだよ!」
「勝手に決めないで!」
「消えるよりマシだろ!」
「私の気持ちは!?」
「生きてなきゃ気持ちも何もないだろ!」
「だからって、あんなこと言う!?」
「他に方法なかったんだよ!」
「最低!」
「知ってる!」
「嫌い!」
「それも知ってる!」
フィーネが止まる。
「……嫌い」
「…………」
「大嫌い」
レオンは。
少し笑った。
「うん」
フィーネの目から。
涙が落ちる。
「……会いたかった」
レオンの顔が崩れた。
「俺も」
フィーネは。
レオンの胸に飛び込んだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
カンダが精霊女王を見る。
精霊女王は泣いている。
「泣いてるな」
「泣いておらぬ」
「いや、泣いてる」
「精霊の雫だ」
「涙だろ」
リホが小声で言う。
「帰っていい?」
ジュリアが頷く。
「もういいんじゃない?」
アリスは嬉しそうに笑った。
「仲直りしたね〜」
カンダは戦斧を見る。
「俺、結局誰も懲らしめてないんだけど」
精霊女王が言った。
「よい」
「いいの!?」
「十分だ」
「母の怒りどこ行ったんだよ!」
「収まった」
「便利だな!」
◇
「約束」
カンダが言った。
精霊女王は頷く。
「ああ」
女王が手を上げる。
淡い光が祠を満たした。
「エミールの民に与えた祝福を――」
「呪い」
リホが言う。
「…………」
「呪いね」
ジュリア。
「呪いだよね」
アリス。
精霊女王がカンダを見る。
「お前は?」
「呪い」
「…………」
女王は咳払いした。
「エミールの民に与えた……呪いを解こう」
光が。
祠の外へ飛んでいった。
◇
「それと」
精霊女王が言った。
「お前たちには礼をせねばならぬ」
リホの目が光る。
「お礼?」
「金ではない」
「まだ何も言ってない」
「顔に出ておる」
「そんな」
「出てる」
カンダたちが同時に言った。
「…………」
リホは黙った。
精霊女王が立ち上がる。
「我が精霊たちの加護を授けよう」
「加護?」
カンダが聞き返す。
「精霊は、人の成長を助けることがある」
女王は。
まずリホの前へ立った。
「商人の娘よ」
「リホです」
「知を求め、物の価値を見極める者」
淡い光がリホを包む。
「お前には――知の精霊の加護を」
「知……」
「これより、お前は知を得るほど、その才を伸ばしやすくなるだろう」
リホが自分の手を見る。
「……賢さ?」
「そう捉えてもよい」
リホの目が輝く。
「鑑定にも?」
「より深く見えるようになるかもしれぬ」
「いい」
カンダが呟く。
「一番嬉しそう」
「商人に知識は武器よ」
続いて。
ジュリア。
「盗賊の娘」
「ジュリア」
「風のように縛られず。素早く。軽やかに」
風が吹く。
ジュリアの髪が揺れる。
「お前には――風の精霊の加護を」
「風……」
「これより、お前の速さは今まで以上に磨かれてゆくだろう」
ジュリアが軽く跳ぶ。
「……なんか身体軽い」
「もう?」
カンダが驚く。
「気のせいかも」
「いや怖いって」
そして。
精霊女王はアリスを見る。
「…………」
「なに?」
「不思議な娘だ」
「よく言われる」
「そうだろうな」
女王が少し笑う。
「縛られることを嫌い」
「うん」
「思うままに笑い」
「うん」
「思うままに進む」
「うん!」
「お前には――天の精霊の加護を」
祠の上から。
柔らかな光が降り注ぐ。
アリスが両手を広げる。
「わー」
「天の精霊は、自由な者を好む」
「じゃあ私にぴったりじゃん!」
「これよりさらに」
女王が少し考え。
「天真爛漫に生きるがよい」
「やった!」
カンダが止める。
「待て!」
「何?」
「これ以上!?」
アリスが首を傾げる。
「ダメ?」
「ダメじゃないけど!」
ジュリアが笑う。
「能力上がってなくない?」
リホも首を傾げる。
「天真爛漫って能力値?」
精霊女王は静かに答えた。
「……運と直感も多少」
「そこ大事だろ!」
カンダが叫ぶ。
アリスは両手を上げた。
「もっと自由になった!」
「元から自由だろ!」
◇
「で」
カンダが前へ出る。
「俺は?」
精霊女王がカンダを見る。
「…………」
「何?」
返事がない。
「俺だけなし?」
「待て」
女王の表情が変わった。
カンダを見る。
いや。
もっと深く。
何かを見ている。
「……なるほど」
「何が?」
「お前には必要ない」
「なんで!?」
アリスが笑う。
「勇者だから?」
「違う」
精霊女王が静かに言った。
「すでに加護を受けている」
「…………」
カンダが固まった。
「え?」
リホ。
「誰の?」
ジュリア。
「いつから?」
アリス。
「何の精霊?」
「待て待て!」
カンダが三人を止める。
「俺が一番聞きたい!」
精霊女王はカンダを見つめる。
「なるほど」
「だから何なんだよ!」
「お前の異常な力の伸び」
カンダの顔が変わる。
「…………」
「その一因は、加護だろう」
初めてのレベル上げからずっと。
妙だった。
力が異常に上がる。
剣が軽くなる。
戦斧すら。
どんどん扱いやすくなる。
「じゃあ……」
カンダが自分の手を見る。
「俺が力ばっか上がるのも?」
「そう考えれば説明はつく」
「何の加護?」
精霊女王は答えない。
「誰から?」
沈黙。
「親父?」
ガルバス。
その名を出した瞬間。
精霊女王の目がわずかに動いた。
カンダは見逃さなかった。
「知ってるのか?」
「…………」
「俺の加護が何なのか」
しばらく。
女王は黙っていた。
そして。
「我の口から語るべきものではない」
「なんだよそれ!」
「時が来れば知る」
「その言い方一番嫌い!」
「勇者とはそういうものだ」
「勇者関係ある!?」
精霊女王はもう答えなかった。
アリスがカンダの肩を叩く。
「まあいいじゃん」
「よくない!」
「強くなってるんだし」
「何かわからない加護だぞ!?」
ジュリアが笑う。
「呪いだったりして」
「やめろ!」
リホが真顔で言う。
「鑑定してみる?」
「俺を商品みたいに見るな!」
いつもの調子に戻る。
ただ。
カンダだけは。
少し気になっていた。
自分に。
すでに何かの加護がある。
その事実が。
◇
エミール村。
一人の男が畑仕事をしていた。
「アハハハ……」
笑い声が止まった。
「…………」
男は口を触る。
「止まった……?」
洗濯物を干していた女。
「アハ……」
老人。
子供。
母親。
全員。
笑い声が消えた。
静寂。
そして。
「うわぁぁぁぁん!」
子供が泣いた。
「痛かったよぉぉぉ!」
母親が抱きしめる。
「ごめんね!」
別の場所では。
「お前、昨日俺のパン食っただろ!」
「知らねえよ!」
「お前しかいねえだろ!」
「うるせえ!」
喧嘩が始まる。
村へ戻ったカンダたちは。
その光景を見た。
泣く人。
怒る人。
困る人。
笑う人。
いろんな顔。
カンダが呟く。
「……うるさくなったな」
リホが笑う。
「普通ってこんなものでしょ」
ジュリアも笑った。
「たぶんね」
カンダは隣を見る。
アリスが。
村人たちを見ていた。
泣いている子供。
怒っている大人。
その向こうで。
本当に楽しそうに笑っている人たち。
アリスも。
笑った。
「でも」
「ん?」
「あっちの方が」
アリスは村を見る。
「ちゃんと笑ってるよ」
カンダも。
少しだけ笑った。
「そうだな」
◇
翌朝。
四人はエミール村を出た。
カンダは戦斧を肩に担ぐ。
「よし」
「どこ行くの?」
アリスが聞く。
「今度こそ魔王の情報を――」
ピィィィィィ――♪
「…………」
草むらが揺れた。
カンダが。
ゆっくり振り返る。
アリスが指を口から離す。
「加護の効果、試そ?」
「口笛と関係ないだろ!」
リホが杖を構える。
「でも私の鑑定も試したい」
ジュリアも短剣を抜く。
「私も速さ」
アリスが笑う。
「私は天真爛漫!」
「それどう試すんだよ!」
魔物が飛び出してきた。
カンダは。
戦斧を構える。
「俺は何の加護なんだよぉぉぉ!!」
ズドンッ!
魔物が吹っ飛ぶ。
三人が。
その威力を見る。
「…………」
リホが言った。
「とりあえず」
ジュリアも頷く。
「力関係なのは」
アリスが笑う。
「間違いなさそうだね」
「だから何なんだよ!」
勇者。
商人。
盗賊。
遊び人。
新たな加護を得た一行は。
また少しだけ強くなった。
ただし。
勇者本人だけは。
自分が何に守られているのか。
まだ知らない。
――第8話 終
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
カンダ、リホ、ジュリア、アリス。
四人の珍道中を一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。
「面白かった!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、感想・評価・ブックマークで応援していただけると励みになります。
それでは、また次の冒険で!




