第7話 娘を捨てた勇者
今日もゆるっと冒険開始です。
勇者カンダと、ちょっとクセの強い三人娘の旅をお楽しみください!
――アハハハハ……。
古びた祠の奥から、笑い声が聞こえる。
カンダは戦斧を握り直した。
「……行くぞ」
「うん」
リホが杖を構える。
ジュリアは短剣。
アリスは――。
「…………」
何も持っていない。
「アリス」
「なに?」
「お前もなんか構えろよ」
「何を?」
「知らねえよ!」
「遊び人だもん」
「こんな時だけ職業を盾にするな!」
少しだけ。
いつもの空気が戻った。
カンダは息を吐く。
「とにかく入るぞ」
四人は祠へ足を踏み入れた。
◇
中は暗かった。
壁には、外にあったものと同じ――笑った顔がいくつも彫られている。
右。
左。
天井。
「趣味悪いわね」
リホが顔をしかめる。
「全部笑ってる」
ジュリアが壁を見た。
「村と同じね」
「…………」
アリスは何も言わない。
奥へ進む。
不思議なことに魔物はいなかった。
罠もない。
ただ。
――アハ。
――アハハ。
どこからともなく笑い声だけが聞こえてくる。
「なあ」
カンダが小声で言った。
「これ、本当に進んで大丈夫なやつ?」
「今さら?」
ジュリアが返す。
「入口からずっと帰りたい」
「勇者でしょ」
「勇者だって怖いもんは怖い!」
やがて。
通路の先に光が見えた。
四人は足を止める。
「いる」
ジュリアが呟いた。
「何か?」
「誰か」
カンダは戦斧を構えた。
そして――。
広間へ出た。
◇
そこには。
一人の女がいた。
長い銀色の髪。
透き通るような肌。
薄く光を放つ衣。
人間とは思えないほど整った顔。
そして、その背後には淡い光の粒が舞っている。
女は石造りの椅子に腰掛けていた。
「…………」
カンダが小声で聞く。
「魔物?」
「本人に聞こえるわよ」
リホが止める。
女の目が開いた。
「無礼な」
「聞こえてた!」
女が立ち上がる。
その瞬間。
広間の空気が震えた。
カンダの身体に力が入る。
強い。
戦わなくてもわかる。
今まで会った魔物とは何かが違う。
女は四人を見た。
「人の子が、何用でここへ来た」
「いや、そっちが笑ってたから……」
「笑ってなどおらぬ」
「じゃあ誰だよ!」
また。
――アハハハハ……。
広間に笑い声が響いた。
女が片手を上げる。
笑い声が止まった。
「…………」
カンダたちは女を見る。
「やっぱあんたじゃねえか!」
「正確には、この祠にかけた術だ」
「同じだよ!」
女は不愉快そうにカンダを見る。
「口の利き方に気をつけよ、人の子よ」
「村の人をあんな目に遭わせといて敬語使えるか!」
空気が張りつめる。
リホがカンダの服を引っ張った。
「ちょっと」
「何?」
「あれ、たぶん相当強い」
「……俺もそんな気がしてる」
「斧しまった方がよくない?」
「でも言うことは言わないと」
「珍しく勇者っぽい」
「珍しくは余計だ!」
女がため息をついた。
「騒がしい者どもだ」
そして。
静かに名乗った。
「我は精霊を束ねる者」
淡い光が女の周囲を舞う。
「人は我を――精霊女王と呼ぶ」
「女王……」
カンダは戦斧を少し下げた。
そして。
聞いた。
「じゃあ、エミール村の人たちを笑わせてるのは?」
「我だ」
「やっぱりあんたじゃねえか!」
◇
「今すぐ元に戻してくれ」
カンダは言った。
「断る」
「即答!?」
「理由も聞かずに命令するでない」
「理由があったら村全員呪っていいのかよ!」
「呪いではない」
「じゃあ何だよ」
「祝福だ」
四人が黙る。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
カンダがアリスを見る。
「どう思う?」
「呪い」
「だよな」
精霊女王の眉が動いた。
「人は悲しむ」
女王が言う。
「人は泣く」
「まあ……」
「泣くから苦しむのだ」
「…………?」
「ならば」
精霊女王が両手を広げた。
「笑っていればよい」
「無茶苦茶だな!」
「何がだ」
「痛くても笑ってたぞ!」
「笑っていたであろう」
「泣きながらな!」
「だが笑っていた」
「この人、話通じねえ!」
カンダが頭を抱えた。
その時。
「それ」
アリスが口を開いた。
「笑ってるって言わないよ」
精霊女王がアリスを見る。
「何?」
アリスはいつもの笑顔ではなかった。
「口が笑ってるだけ」
「…………」
「楽しくないのに笑っても、楽しくならないよ」
精霊女王の目が細くなる。
「人の子に何がわかる」
「わかるよ」
アリスはそれだけ答えた。
「…………」
しばらく。
二人は見つめ合った。
カンダはアリスを見る。
まただ。
どうしてこいつだけ――。
そう思ったが。
今は聞かなかった。
精霊女王が視線を逸らす。
「……娘だ」
「え?」
「我には娘がいる」
突然話が変わった。
◇
精霊女王の娘。
名を――フィーネ。
母と同じく精霊として生まれた少女だった。
人間の世界に強い興味を持ち。
ある日。
一人の男と出会った。
「男は勇者を名乗っていた」
カンダの顔が引きつる。
「……勇者?」
「また?」
ジュリアも呟く。
「勇者多くない?」
アリスが言った。
「王様が増やしたからな!」
カンダは頭を抱える。
嫌な予感しかしない。
精霊女王は続けた。
「娘はその男に恋をした」
「へえ」
「男もまた、娘を愛していると言った」
「いい話じゃん」
「我は反対した」
「なんで?」
「人と精霊は違う」
精霊女王の声が低くなる。
「生きる時も。生きる場所も」
「…………」
「そして何より」
女王がカンダを見る。
「勇者など信用できぬ」
「俺を見るな!」
「勇者でしょ」
ジュリアが言う。
「そうだけど!」
女王は続ける。
「娘には何度も言った。やめておけ、と」
それでも。
フィーネは聞かなかった。
勇者と共に生きる。
そう決めた。
そして――。
精霊女王のもとを去った。
「駆け落ちか」
リホが言う。
「そうだ」
「思い切ったわね」
「愚かな娘だ」
言葉は冷たい。
だが。
精霊女王の表情は、少しだけ寂しそうだった。
「それで?」
カンダが聞く。
女王の表情が変わる。
「戻ってきた」
「え?」
「数月後。娘だけが」
祠の空気が重くなる。
「泣いていた」
「…………」
「我が娘が」
精霊女王の手が震える。
「泣きながら戻ってきたのだ」
アリスから笑顔が消えた。
「男は?」
ジュリアが聞く。
「いなかった」
「何があったの?」
「捨てられたと言った」
沈黙。
精霊女王の周囲に光が集まる。
「愛していると言った男が!」
声が響く。
「我が反対を押し切り連れ出した男が!」
壁が震えた。
「我が娘を捨てた!」
「落ち着け!」
「落ち着いておる!」
「壁揺れてるから!」
光が消える。
女王は椅子へ戻った。
「……それ以来、娘は笑わなくなった」
カンダは黙った。
なるほど。
怒る理由はわかる。
わかるが。
「だから村を笑わせた?」
「そうだ」
「村の人関係ないだろ!」
「…………」
精霊女王が目を逸らした。
「今、目逸らしたな?」
「逸らしておらぬ」
「逸らした!」
「女王に向かって無礼であるぞ」
「誤魔化すな!」
リホがため息をついた。
「要するに八つ当たりね」
「八つ当たりではない」
「じゃあ何?」
精霊女王は堂々と言った。
「母の怒りだ」
カンダは頭を抱えた。
「もっとタチ悪いわ!」
◇
「わかった」
カンダが言った。
「とにかく村の人を元に戻してくれ」
「断る」
「だから!」
「ただし」
精霊女王が続ける。
「条件がある」
「条件?」
「娘を捨てた男を探せ」
カンダが嫌そうな顔をする。
「俺たちが?」
「そして」
女王の目が鋭くなる。
「懲らしめてこい」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
アリスがカンダを見る。
「得意そう」
「なんで俺を見る!」
「斧あるし」
「そういう用途じゃない!」
ジュリアもカンダを見る。
「勇者が勇者を懲らしめるのね」
「嫌な構図だな!」
リホが手を挙げた。
「質問」
「申せ」
「報酬は?」
「お前すごいな!」
精霊女王相手でも商人だった。
「村の呪――」
精霊女王が止まる。
「……祝福を解こう」
「今、呪いって言いかけた?」
「言っておらぬ」
「自覚あるじゃねえか!」
リホは頷いた。
「引き受けます」
「俺が決めるんじゃないの!?」
「だって村を助けるんでしょ?」
「そうだけど!」
「なら同じじゃない」
「……まあ」
カンダは頭を掻く。
確かに。
結局、やるしかない。
「で、その勇者の名前は?」
精霊女王の表情が険しくなった。
「レオン」
「レオン……」
「王より勇者の称号を与えられた男だ」
やっぱり。
量産勇者の一人。
カンダはため息をついた。
「また王様の被害者か……」
「何か言ったか?」
「こっちの話」
「この近くにいるの?」
ジュリアが聞く。
「わからぬ」
「それじゃ探しようがないじゃない」
「娘と別れた後、ベルナードより北へ向かったと聞いた」
「それだけ?」
「それだけだ」
「範囲広いなぁ……」
アリスが言う。
精霊女王はカンダを見た。
「勇者カンダよ」
「なんで俺の名前知ってんの!?」
「精霊女王であるぞ」
「便利だな女王!」
「レオンを懲らしめよ」
「はいはい」
「そして我が前へ連れてこい」
カンダは戦斧を肩に担いだ。
「話も聞くからな」
「何?」
「そいつにも」
精霊女王の目が細くなる。
「娘を捨てた男の言い分など――」
「あるかもしれないだろ」
「…………」
「本当にクズだったら」
カンダは戦斧を軽く叩いた。
「その時は懲らしめる」
アリスが笑った。
「やっぱ得意そう」
「斧を見るな!」
◇
四人は祠を出た。
エミール村へ戻る。
相変わらず。
村人たちは笑っていた。
「アハハハ!」
「おかえりなさい!」
「アハハハハ!」
カンダはその光景を見る。
さっきまでとは違って見えた。
全員。
笑わされている。
「……早く終わらせよう」
「そうね」
リホが答える。
ジュリアが地図を広げた。
「ベルナードから北なら、街道沿いを探すのが早い」
「今日は?」
「まだ日がある」
カンダが頷いた。
「行くか」
アリスが驚く。
「珍しくやる気あるね」
「うるさい」
「ご飯は?」
「途中で食う!」
「やった」
「結局それか!」
四人はそのまま村を出た。
◇
捜索は――。
意外なほど早く終わった。
「……あれじゃない?」
ジュリアが指差した。
街道から少し離れた場所。
一人の男がいた。
剣を持っている。
周囲には魔物が三匹。
「戦ってる?」
リホが目を凝らす。
男の装備はボロボロだった。
鎧には傷。
服は泥だらけ。
剣も刃こぼれしている。
だが。
動きは悪くない。
一匹。
剣で斬る。
二匹目。
避けて、斬る。
最後の一匹が背後から襲う。
「危ない!」
カンダが叫ぶ。
男が振り返った。
間に合う。
剣が魔物を貫いた。
「…………」
三匹。
全部倒した。
男は荒い息を吐き、その場に座り込む。
「なんか……」
アリスが言う。
「思ってたのと違うね」
カンダも同じことを思っていた。
女を捨てたクズ勇者。
もっとこう。
酒を飲んで。
遊んで。
女を侍らせて。
そんな男を想像していた。
だが。
目の前にいるのは。
一人で魔物と戦う。
ボロボロの男だった。
「とりあえず確認しよう」
カンダたちは近づいた。
男が気づく。
「……誰だ?」
警戒して剣へ手を伸ばす。
カンダは両手を見せた。
「待て待て。戦いに来たわけじゃない」
アリスが首を傾げる。
「懲らしめに来たんじゃないの?」
「今言うな!」
男の目が鋭くなる。
「何の話だ」
「まず確認」
カンダが聞いた。
「名前は?」
男はしばらく黙った。
そして。
「……レオン」
四人の動きが止まった。
「当たり」
ジュリアが呟く。
レオンが眉を寄せる。
「何なんだ、お前たちは」
カンダは頭を掻いた。
どう聞くべきか。
少し考えた。
でも。
面倒になった。
「単刀直入に聞く」
「何だ」
「精霊の女の子と駆け落ちした?」
レオンの表情が固まった。
「…………」
「フィーネっていう」
「…………」
「その子――」
カンダはレオンを見る。
「捨てた?」
空気が変わった。
さっきまで疲れていた男の目が。
鋭くなる。
「…………誰から聞いた」
低い声。
アリスが笑うのをやめた。
リホも。
ジュリアも。
カンダは答える。
「精霊女王」
レオンの手が。
わずかに震えた。
「……そうか」
「俺たち、あんたを懲らしめてこいって頼まれてる」
「…………」
「でも」
カンダは戦斧には触れなかった。
「その前に聞く」
レオンを見る。
「なんでフィーネを捨てた?」
長い沈黙。
風が吹く。
レオンは俯いた。
そして。
絞り出すように言った。
「…………」
「捨てなきゃ」
カンダの眉が動く。
レオンが顔を上げた。
その顔は。
とても女を捨てて平気な男には見えなかった。
「フィーネが――」
一度。
言葉を飲み込む。
そして。
「死んでたんだよ」
誰も。
何も言えなかった。
――第7話 終
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
カンダ、リホ、ジュリア、アリス。
四人の珍道中を一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです。
「面白かった!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、感想・評価・ブックマークで応援していただけると励みになります。
それでは、また次の冒険で!




