第12話 魔王、元勇者でした
勇者は間に合ってます。
でも冒険は、まだまだ間に合ってません。
今日もゆるっと行きます!
森の奥から。
咆哮が響いた。
――グオオオオオオオオオオ!!
木々が揺れる。
鳥たちが逃げるように飛び立っていく。
「……近いね」
ジュリアが呟く。
「ああ」
カンダは戦斧を担ぎ直した。
さっきまで戦っていた魔物とは。
明らかに違う。
「行く?」
アリスが聞く。
「そのために来たんだろ」
「珍しく勇者っぽい」
「珍しくは余計だ!」
四人は。
咆哮の聞こえた方へ歩き出した。
◇
しばらく進むと。
木々の向こうに。
巨大な石壁が見えてきた。
「砦」
リホが言う。
アルディア王から聞いた。
古い砦。
かつて国境を守るために使われていたが。
今では放棄されているという。
その周囲には。
魔物。
魔物。
魔物。
「……多くない?」
アリスが言った。
狼型。
鳥型。
虫型。
巨大な獣。
種類の違う魔物が。
砦を守るように集まっている。
「これ全部倒すの?」
ジュリアが聞く。
カンダは戦斧を構える。
「そうなるな」
「大変そう」
「他人事みたいに言うな」
「私は後ろだから」
「役割を盾にするな!」
その時。
砦の上から。
声が聞こえた。
「来たか」
四人が。
一斉に顔を上げる。
「…………」
「喋った?」
アリスが言う。
「喋ったな」
砦の上。
一人の男が立っていた。
いや。
男と呼んでいいのか。
頭には。
黒い角。
片腕は。
人間のものではない。
鋭い爪。
黒い鱗。
背中には。
折り畳まれた巨大な翼。
だが。
その顔には。
まだ人間の面影が残っていた。
「お前が」
カンダが聞く。
「魔王?」
男が笑う。
「人間どもは、そう呼んでいる」
「名前は?」
「ヴァルガ」
男は。
ゆっくり両手を広げた。
「操獣魔王ヴァルガ」
その瞬間。
周囲の魔物が。
一斉に。
カンダたちを見る。
「…………」
カンダは戦斧を握る。
「わかりやすい名前だな」
「なんだと?」
「いや」
ジュリアが小声で言う。
「魔物を操るから操獣魔王」
「わかりやすい」
リホも頷く。
「やかましい!」
魔王が怒った。
◇
ヴァルガが。
砦から飛び降りる。
ズンッ!
地面が揺れた。
魔物たちが。
道を開ける。
「勇者か」
ヴァルガがカンダを見る。
「ああ」
「名は?」
「カンダ」
「カンダ……」
ヴァルガは。
その名を確かめるように呟いた。
そして。
戦斧を見る。
「勇者が斧?」
「悪いか」
「いや」
ヴァルガは笑う。
「昔を思い出しただけだ」
「昔?」
「俺も」
ヴァルガが言った。
「勇者だった」
「…………」
カンダが固まる。
ジュリアも。
リホも。
アリスも。
「…………また?」
カンダが呟いた。
ヴァルガの眉が動く。
「また?」
「いや、こっちの話」
「何人目だっけ?」
アリスが指を折る。
「数えなくていい!」
ヴァルガが怪訝な顔をする。
「何の話をしている」
「勇者多すぎ問題」
「……?」
カンダはため息をついた。
「で」
ヴァルガを見る。
「元勇者が、なんで魔王になってんだよ」
ヴァルガの笑みが。
消えた。
◇
「俺も」
ヴァルガが静かに言う。
「王に選ばれた」
ある日突然。
城へ呼ばれた。
勇者に任命された。
剣を渡され。
金を渡され。
魔王を倒せと言われた。
「…………」
カンダは。
なんとも言えない顔になる。
「似たような話、最近よく聞くな」
「お前もか?」
「まあ」
「ならわかるだろう」
「何が?」
ヴァルガは。
周囲の魔物を見る。
「俺が授かった力は、《魔物使役》だった」
「魔物使役?」
「魔物を従わせる力だ」
最初は。
小さな魔物一匹。
次に二匹。
三匹。
力が増すにつれ。
より強い魔物を。
より多く。
従わせられるようになった。
「便利じゃん」
アリスが言う。
「最初はな」
ヴァルガが答える。
勇者として旅を続けた。
魔物を従え。
魔物と共に戦った。
だが。
人間たちは。
ヴァルガを恐れた。
魔物を連れて町へ入れば。
石を投げられた。
村を救っても。
魔物使いと罵られた。
「勇者と呼んだ翌日には」
ヴァルガが笑う。
「化け物と呼ぶ」
誰も。
自分を信じなかった。
だが。
魔物は違った。
「力を示せば従う」
「命令すれば戦う」
「裏切らない」
カンダが言う。
「いや」
「何だ?」
「お前が操ってるだけだろ」
「…………」
「それ、信頼じゃなくない?」
ヴァルガの顔が。
引きつった。
「黙れ」
「だって」
「黙れ!」
アリスがカンダの服を引っ張る。
「怒ったよ」
「俺が悪い?」
「ちょっと」
「なんで!?」
◇
ヴァルガは。
自分の異形の腕を見る。
「俺は人間を捨てた」
魔物を操り。
魔物の力を取り込み。
長い年月をかけ。
その身体まで変わった。
「今の俺は」
ヴァルガが笑う。
「完全な魔族だ」
「元勇者」
ジュリアが呟く。
ヴァルガが見る。
「なんだ?」
「元人間でもあるんだ」
ヴァルガは。
少しだけ黙った。
「ああ」
そして。
笑った。
「元人間でもある」
その瞬間。
カンダは。
ふと思い出した。
「…………あ」
「どうしたの?」
「こいつ」
カンダはヴァルガを指差した。
「カン兄と同じじゃん」
「カン兄?」
リホが聞く。
アリスが手を叩く。
「あー!」
「お前までカン兄って呼ぶな!」
ジュリアも気づく。
「魔物を操る勇者」
「そう!」
カンダがヴァルガを見る。
「カンラの上位互換じゃねえか!」
「誰だそれは!!」
ヴァルガが怒鳴った。
◇
「もういい」
ヴァルガが片手を上げる。
空気が。
変わる。
周囲の魔物が。
低く唸った。
「お前たちも」
ヴァルガが言う。
「人間の勇者ならば」
手を振り下ろす。
「ここで死ね」
魔物が。
一斉に襲いかかった。
「来るぞ!」
カンダが前へ。
「昨日決めた通り!」
「了解!」
ジュリアが。
最初に走る。
風。
狼型の魔物を抜き。
足を斬る。
次。
鳥型が飛び立つ前に。
翼を狙う。
「リホ!」
アリスが叫ぶ。
「右のでかいの!」
リホが見る。
《鑑定》。
「腹! 鱗が薄い!」
「カンダ!」
「おう!」
戦斧。
ズドンッ!
巨獣の腹へ。
だが。
倒れない。
「硬っ!」
「下がって!」
リホが小瓶を投げる。
油。
「ボア!」
炎が走る。
引火。
「グオオオ!」
「よし!」
カンダが拳を握る。
「ボアが!」
ジュリアが言う。
「喜んでる場合!?」
「最近やっと魔法として認められてきたんだよ!」
「前!」
アリス。
「おっと!」
戦斧。
魔物を吹き飛ばす。
ヴァルガは。
その様子を見ていた。
「なるほど」
そして。
片手を動かす。
魔物たちの動きが。
一斉に変わった。
「え?」
ジュリアが止まる。
魔物が。
左右へ。
さらに後方へ。
カンダを避ける。
「またか!」
狙いは。
リホとアリス。
「前衛を無視するな!」
カンダが追う。
だが。
ヴァルガが。
その前に降り立った。
「お前の相手は俺だ」
異形の腕。
カンダの戦斧とぶつかる。
ドォン!!
「ぐっ!」
カンダの足が。
地面を滑った。
「強っ……!」
「俺は」
ヴァルガが笑う。
「魔物を操るだけではない」
拳。
カンダが吹き飛ぶ。
「カンダ!」
「大丈夫!」
地面を転がりながら。
手を自分へ向ける。
「ヒル!」
光。
傷が塞がる。
ヴァルガの目が。
わずかに開いた。
「前衛でありながら回復術か」
「最近覚えた」
「勇者らしくなったな」
「それ言われるとなんか腹立つ!」
カンダが。
再び飛び込む。
◇
戦いは。
続いた。
倒しても。
倒しても。
魔物が来る。
「キリない!」
ジュリアが叫ぶ。
「周り全部こいつの手下かよ!」
カンダが戦斧を振る。
ヴァルガが笑う。
「ここは俺の領域だ」
指を動かす。
森から。
さらに魔物。
「何匹いるの!?」
リホが火薬を投げる。
ドォン!
「知らない!」
「カンダ左!」
アリス。
「おう!」
「ジュリア、そのまま奥!」
「了解!」
「リホ、煙!」
「はい!」
アリスの声が。
飛ぶ。
右。
左。
前。
下がれ。
今。
三人は。
もう理由を聞かない。
その声に従う。
「妙だな」
ヴァルガが。
アリスを見る。
「お前」
「私?」
「戦っていない」
「遊び人だから」
「……遊び人?」
ヴァルガが困惑した。
その隙。
「よそ見すんな!」
カンダの戦斧。
ヴァルガが腕で受ける。
ズドン!
「ぐっ!」
初めて。
ヴァルガが後退した。
「やるな」
「こっちは四人だからな」
「四人?」
ヴァルガが笑う。
「なら」
両腕を広げる。
「俺は百だ」
周囲の魔物たちが。
一斉に咆哮した。
◇
「面倒だな」
カンダが呟く。
「ならば」
ヴァルガが言う。
「もっと面倒なものを見せてやろう」
近くにいた魔物を。
異形の腕で掴む。
「え?」
魔物の身体が。
黒い光に包まれる。
そして。
ヴァルガへ。
吸い込まれた。
「…………」
リホの顔が変わる。
「何してるの?」
二匹目。
三匹目。
魔物たちが。
次々と。
ヴァルガの身体へ吸収されていく。
身体が膨らむ。
角が伸びる。
腕が巨大になる。
背中の翼が広がる。
脚が。
獣のものへ変わる。
「これが」
ヴァルガの声が。
低く響く。
「魔物を統べるということだ」
リホが。
《鑑定》を使う。
そして。
息を呑んだ。
「……人間じゃない」
「言っただろう」
ヴァルガが笑う。
「俺は」
翼を広げる。
「完全な魔族だ」
次の瞬間。
消えた。
「え?」
カンダの目の前。
拳。
「ぐあっ!」
吹き飛ぶ。
木を一本。
二本。
折る。
「カンダ!」
ジュリアが走る。
ヴァルガへ。
短剣。
だが。
「遅い」
腕で弾かれる。
「っ!」
ジュリアまで吹き飛ぶ。
「ジュリア!」
リホが火薬を投げる。
爆発。
煙。
その中から。
ヴァルガが歩いてくる。
「効いてない……」
「強すぎない?」
アリスが呟く。
◇
「ヒル……!」
カンダは。
自分を回復させながら立ち上がった。
「大丈夫?」
アリスが聞く。
「大丈夫じゃない」
「そっか」
「そこは励ませよ!」
「頑張れ」
「軽い!」
だが。
アリスは。
ヴァルガを見ていた。
じっと。
戦闘が始まってから。
ずっと。
「…………」
ヴァルガが。
腕を上げる。
周囲に残った魔物たちが。
動く。
カンダへ。
ジュリアへ。
リホへ。
それぞれが。
完璧に連携している。
「カンダ」
アリスが言った。
「何!」
「ちょっと待って」
「今!?」
「うん」
アリスは。
見ている。
ヴァルガが指を動かす。
魔物が動く。
ヴァルガが止まる。
魔物が攻撃する。
そして。
ヴァルガ自身が。
カンダへ飛び込む。
その瞬間。
「…………あ」
アリスが呟いた。
「わかった」
「何が!?」
「カンダ!」
アリスが叫ぶ。
「次」
「何!」
「全部無視して!」
「は!?」
「魔物も!」
「は!?」
「ヴァルガだけ見て!」
「死ぬだろ!」
「大丈夫!」
「根拠は!?」
アリスが笑った。
「なんとなく!」
「それ一番怖いやつ!!」
◇
ヴァルガが。
カンダへ向かう。
同時に。
魔物たちも動く。
「来るよ!」
アリスが叫ぶ。
「くそっ!」
カンダは。
魔物を見ない。
ヴァルガだけを見る。
狼型が。
横から迫る。
「カンダ!」
ジュリアが動こうとする。
「まだ!」
アリスが止める。
ヴァルガが。
カンダの目の前まで来る。
拳を振り上げる。
その瞬間。
魔物たちが。
止まった。
「今!」
アリスが叫ぶ。
「ジュリア!」
風。
ジュリアが走る。
ヴァルガの横。
短剣。
獣の脚へ。
「ぐっ!」
体勢が崩れる。
「リホ!」
「はい!」
火薬。
ヴァルガの背後へ。
ドォン!!
爆発。
逃げ道を塞ぐ。
「カンダ!」
「おおおおおお!!」
カンダは。
真正面。
戦斧を。
両手で握る。
ヴァルガが顔を上げる。
「貴様――!」
「俺は!」
戦斧を振り上げる。
「操られるのも!」
全力。
「操るのも!」
振り下ろす。
「嫌いなんだよ!!」
ズドォォォォォン!!
◇
静かになった。
魔物たちが。
動きを止めている。
やがて。
一匹。
また一匹と。
森へ逃げていく。
「…………」
カンダは。
肩で息をする。
「終わった?」
アリスが聞く。
「たぶん」
「たぶん多いね、私たち」
「誰のせいだよ」
ジュリアが。
倒れたヴァルガを見る。
まだ。
息がある。
「しぶとい」
「魔王だからな」
カンダが近づく。
ヴァルガは。
もう異形の姿を保てなくなっていた。
翼が消え。
巨大な腕も。
少しずつ。
元の形へ戻っていく。
「……負けたか」
「みたいだな」
「妙な勇者だ」
「よく言われる」
「斧を使い」
「悪いか」
「商人を連れ」
リホを見る。
「盗賊を連れ」
ジュリアを見る。
そして。
アリスを見る。
「……遊び人?」
「遊び人です」
「なぜだ……」
「最後までそこ気になる!?」
ヴァルガが。
小さく笑った。
そして。
カンダの顔を見る。
「しかし」
「何?」
「似ているな」
カンダが。
眉をひそめる。
「誰に?」
「ガルバス」
時間が。
止まった。
「…………」
カンダの表情が変わる。
「親父を」
一歩。
近づく。
「知ってるのか?」
ヴァルガは。
笑った。
「ああ」
「どこにいる」
「知らん」
「またそれかよ!」
「だが」
ヴァルガの身体が。
黒い光になり始める。
「待て!」
カンダが膝をつく。
「親父は何してた!」
「奴もまた」
ヴァルガが言う。
「魔王を追っていた」
「どの魔王だ!」
返事はない。
身体が。
少しずつ消えていく。
「おい!」
ヴァルガは。
最後に。
カンダを見る。
「お前は……」
笑った。
「何体目まで、辿り着けるかな」
「何体って何体だよ!」
ヴァルガの身体が。
完全に消えた。
「おい!」
静寂。
「そこ言ってから死ねぇぇぇぇ!!」
カンダの叫びが。
森に響いた。
◇
しばらくして。
四人は。
砦の前に座っていた。
「魔王」
リホが言う。
「倒したわね」
「ああ」
「初魔王」
アリスが言う。
「初魔王って言い方やめろ」
ジュリアは。
カンダを見る。
「ガルバス」
「…………」
「魔王を追ってたんだね」
「らしいな」
カンダは。
戦斧を見た。
親父。
何を追っていた。
どの魔王を。
なぜ。
そして。
今。
どこにいる。
何も。
わからない。
ただ。
一つだけ。
わかった。
「魔王を追えば」
カンダが呟く。
三人が見る。
「親父のことも、何かわかるかもしれない」
リホが頷く。
「可能性はあるわね」
「じゃあ」
アリスが立ち上がる。
「次の魔王探す?」
「軽いな!」
「だって何人かいるんでしょ?」
「そうだけど!」
ジュリアも立ち上がる。
「とりあえずアルディアに戻ろ」
「そうだな」
リホも。
荷物を持つ。
「報酬」
「そこだよな」
「大事よ」
「魔王倒した直後でもブレないな」
カンダも。
戦斧を肩に担ぐ。
初めての。
魔王討伐。
その先に。
父親の影が。
ほんの少しだけ。
見えた。
「よし」
カンダは。
アルディアの方角を見る。
「帰るか」
アリスが手を挙げる。
「帰ったらご飯!」
リホ。
「報酬」
ジュリア。
「お風呂」
カンダは。
三人を見る。
「魔王倒したんだから、もうちょっと余韻ない?」
「ない」
「ないわね」
「お腹すいた」
「…………」
カンダはため息をつく。
まあ。
これでいい。
たぶん。
四人は。
魔王を倒した森を。
いつも通り。
歩き出した。
――第12話 終
後書き
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
勇者なのに寄り道ばかり。 それでもカンダたちは、少しずつ前へ進んでいます。
次は何が起きるのか。 一緒に見届けていただけたら嬉しいです。
「面白かった!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、感想・評価・ブックマークで応援していただけると励みになります!
それでは、また次の冒険で!




