第8話 煽りVの衝撃
王都とスラムの境界に位置する広場。そこには、王宮からの布告や冒険者ギルドの指名手配犯を映し出すための、見上げるほど巨大な『記録石』が鎮座していた。
普段なら、誰も見向きもしない退屈な公共の掲示板。
日が落ちて薄暗くなった広場の片隅で、俺はローブを目深に被ったリリに合図を送った。
「いけるか、リリ」
「……楽勝よ。王都のセキュリティ結界なんて、私の魔力操作なら三秒で書き換えられる」
リリが指先で複雑な印を結ぶと、広場の中央にある巨大な記録石が、ビキィッと青白い光を放った。
広場を行き交う一般市民や、仕事帰りの冒険者たちが「なんだ?」と足を止める。
次の瞬間。
ドスォォォンッ!!という、腹の底に響くような重低音が広場全体を震わせた。
「ひっ!?」
「な、なんだ!?」
パニックになりかける群衆。だが、彼らの視線は巨大な記録石に釘付けになった。
そこに映し出されたのは、退屈な王都の布告ではない。
薄暗い廃倉庫。互いを殺意に満ちた目で睨み合う、スラムの荒くれ者たちの『顔のドアップ』だった。
『あいつにお前の家族がバカにされたらどうする?』
俺の低く歪んだ声が、広場に響き渡る。
画面が激しく切り替わる。顔に火傷を負った男の、血管がちぎれんばかりに怒り狂った表情。
『ぶっ殺してやるッ!!』
それを合図に、画面の中で凄惨な大乱闘が巻き起こる。
「ヒィッ……!」
「す、スラムの連中が殺し合いをしてるぞ!」
悲鳴を上げる市民たち。だが、誰も逃げようとはしない。
なぜなら、その映像は「ただの喧嘩」を漫然と映したものではなかったからだ。
リリの編集によって、殴り合う男たちの顔には、悲哀や怒り、絶望といった『バックボーン』が雄弁に刻み込まれていた。
殴られて血を吐く顔。スローモーションで倒れ込む姿。そして、挑戦者を冷酷に見下ろす『ひな壇』の強者たち。
暴力が、これほどまでに美しく、泥臭く、ドラマチックに再構築された映像など、この世界の誰も見たことがなかった。
「おい……これ、ただの喧嘩じゃないぞ。アイツら、何か賭けて本気でやってる……!」
「なんだこの映像は!?目が、目が離せない……!」
群衆が息を呑み、完全に映像の世界に引き込まれたその時。
画面が暗転した。
そして、荘厳な足音と共に、スラムの薄汚い空気を切り裂くように『純白の騎士』が現れる。
「あっ、あれは……『白銀の風』のユリウス様じゃないか!?」
「一級冒険者様が、なぜスラムの喧嘩に!?」
広場の群衆から驚きの声が上がる。
映像の中のユリウスは、心底汚いものを見るような目で、画面の向こう──つまり、今映像を見ている群衆を見下していた。
『酷い悪臭だ。まるでドブネズミの巣窟だな』
その冷酷で傲慢な一言に、広場にいた平民たちの顔がピクリと引き攣る。
さらにユリウスは無詠唱の風魔法でスラムの男たちを吹き飛ばし、絶対的な強者としての暴力を誇示した。
『こんなゴミどものじゃれ合いで金を取ろうなどと、王都の冒険者ギルドが許すと思っているのか?』
正義の味方ではない。ただ弱者を嘲笑い、権力を笠に着る最悪の傲慢男。
ユリウスのその姿は、日頃から冒険者や貴族に見下されている一般市民たちの逆鱗を、見事に撫で斬りにした。
(そうだ……ムカつくだろ?そいつが、お前らの毎日を息苦しくさせている『理不尽』の象徴だ)
俺は群衆の反応を見ながら、暗がりで一人ほくそ笑んだ。
そして映像は、最大のクライマックスを迎える。
俺がユリウスの前に立ち塞がり、不敵に笑いかけるシーンだ。
『ここを潰したいなら、ギルドの権力じゃなく「暴力」で潰してみせろ。明日の第一回大会、お前をメインイベントのカードで出してやる』
『……私が、こんな泥遊びに参加しろだと?』
『まさか……一級冒険者様ともあろうお方が、魔法の遠距離攻撃に頼らないと、スラムのネズミ一匹も殺せないわけじゃないよな?』
その挑発に、ユリウスが怒りで美貌を歪める。
『いいだろう。明日の興行、私が直々に潰してやる。なんなら全試合、私が相手してやるぞ』
ドンッ!!と再び重低音が響き、映像の最後に、燃え上がる炎を背景にした巨大な文字が浮かび上がった。
【明日夜・スラム地下闘技場】
【第1回バトル倶楽部】
【1分間限定の死闘──開幕】
映像がプツリと途切れ、記録石は元の退屈な布告の文字に戻った。
広場は、水を打ったように静まり返っている。
数十秒の沈黙。
──やがて
「うおおおおおおおおっ!!」
「おい見ろよ!あの偉そうなユリウスが、スラムの地下闘技場で戦うってよ!!」
「ルールは魔法禁止のインファイトだって!?そんなの、誰が勝つかわからねぇぞ!!」
「誰か!あのお高く止まった野郎の顔面をぶん殴ってくれ!!」
「明日の夜だ!チケットはどこで買えるんだ!?」
爆発。
文字通り、大衆の感情が爆発した。
今まで自分たちには縁遠かった『高位の冒険者』が、泥臭いルールで、スラムのならず者たちと同じリングに引きずり下ろされる。
その下克上の予感と、鬱憤を晴らしてくれるかもしれないという期待感が、退屈しきっていた王都の市民たちに火をつけたのだ。
「……嘘でしょ」
隣でローブを被っていたリリが、信じられないものを見る目で群衆を見つめていた。
「私が編集した数分間の映像で、これだけの人間が……狂ったように熱狂してる」
「言っただろ、これは『精神魔法』だって」
俺はリリの頭にポンと手を乗せた。
「因縁を可視化して、敵役を提示する。たったそれだけで、人は自分とは関係のない他人の喧嘩に、給料の全額をベットするほど熱狂する生き物なんだよ」
俺たちは踵を返し、熱狂の渦に包まれる広場を後にした。
スラムへ帰る足取りは軽い。
「さあ、帰ってガルドに伝えてやろうぜ。明日のチケットの値段を、予定の三倍に吊り上げろってな」
異世界が初めて『エンターテインメントの毒』に侵された、歴史的な夜だった。











