第6話 ひな壇の誕生
血と汗、そしてむせ返るような土埃の匂いが、廃倉庫の空気を重くしていた。
ガルドの部下たちによる物理的な鎮圧によって、三十人規模の大乱闘はどうにか収束した。床には鼻血を流し、肩で息をする荒くれ者たちが転がっている。彼らの目はまだ血走り、互いを喰い殺さんばかりに睨み合っていた。
「……素晴らしい『熱』だ。上出来だよ、お前ら」
俺はパンパンと手を叩きながら、倉庫の中央へ進み出た。
熱狂の種は蒔かれた。だが、ただの無秩序な乱闘では客から金は取れない。混沌には、明確な「秩序」と「階級」を与える必要がある。
「だが、一つ気に入らないことがある」
俺は乱闘に参加しなかった、倉庫の壁際や奥の木箱の上に陣取っている数名に視線を向けた。
乱闘の最中もピクリとも動かず、腕を組んで冷ややかに傍観していた連中だ。巨大な戦斧を背負ったドワーフの男、全身に暗器を仕込んだ痩せぎすの男、そして……先ほど俺が声をかけた元騎士のレオン。彼らは自分の身に火の粉が降りかかった時だけ最小限の動きで相手を沈め、あとはひたすら「高みの見物」を決め込んでいた。
「おい、そこの戦わなかった連中。前に出ろ」
「あぁ?なぜ俺たちが貴様の指図を受けなきゃならねぇ」
「いいから出ろ」
俺がガルドの部下に顎で合図すると、武装した男たちが槍の石突で床を叩き、威圧した。
渋々といった様子で、傍観を決め込んでいた5人の強者たちが前へ出てくる。
「ガルドの部下、そこにある木箱を階段状に積んでくれ。一番上が3人、その下が2人座れるようにな」
言われた通りに、簡素な段差──前世のバラエティ番組や格闘技の記者会見でお馴染みの『ひな壇』が組み上げられた。
「よし。お前ら5人は、あそこに座れ。レオン、あんたは一番上のど真ん中だ」
「……悪趣味な真似を」
レオンは舌打ちをしながらも、一番高い木箱に腰を下ろした。他の4人もそれに倣い、ひな壇に居座る。
ひな壇の上の5人と、床で這いつくばる20人以上の男たち。
空間に、残酷なまでの「高低差」が生まれた。
「さて、床に転がってる連中によく聞こえるように言うぞ」
俺はひな壇を背にして、床の男たちを見下ろした。
「お前らが血反吐を吐いて殴り合っている間、こいつらは涼しい顔で見物していた。なぜだかわかるか?こいつらは、お前らのことを『相手にする価値もない底辺のゴミ』だと思っているからだ」
「……なんだと?」
床に座り込んでいた火傷の男が、顔を上げてひな壇を睨みつけた。
「そうだ。こいつらは自分たちを『選ばれた強者』だと勘違いしている。だから高みの見物を決め込んだ。俺は今日から、こいつら5人をこのバトル倶楽部の『上位ランカー』として厚遇する。ファイトマネーも、控室の待遇も、お前らとは雲泥の差だ」
「ふざけるなッ!!」
床の男たちが一斉に激昂した。
さっきまで互いに殺意を向けていた連中のヘイトが、一瞬にして「ひな壇の上に座る5人」へと統合されたのだ。
「ふざけてなんかない。悔しかったら、リングの上であの椅子を奪い取ってみろ。お前らがアイツらを引きずり下ろし、顔面を恐怖で歪ませる瞬間にこそ、客は一番の熱狂と金を払うんだ!」
「上等だ……!おいドワーフ、一番最初の試合で俺がテメェの顎をカチ割ってやる!」
「クソ騎士が!お高く止まってんじゃねぇぞ!!」
床の下剋上を狙う挑戦者たちと、それを冷たく見下ろす上位陣。
完璧な構図だ。
俺は倉庫の天井付近を見上げた。リリの操る記録石が、この空間の「高低差」を舐めるように捉えている。
『……信じられない』
俺の耳に仕込んだ小型の通信用の魔石から、リリの震える声が聞こえてきた。
『ただ木箱を積んで座らせただけなのに。画面を通すと、上の連中がとてつもない強者に見えるし、下の連中の悔しさが痛いほど伝わってくる。これが……映像のマジック……!』
「そうだ、リリ。下から上を睨みつける『挑戦者の眼』のアップをしっかり抜いておけ。客はこういう判官贔屓が大好きだからな」
俺は小さく口角を上げた。
これで、参加者たちの間に「因縁」だけでなく「明確な目標」ができた。
あとは、この泥臭いスラムの熱狂に、外の世界から「極上の異物」を放り込むだけだ。
「さあ、第一回大会のカードを決めるぞ。まずは──」
俺が宣言しようとした、その時だった。
ドゴォォォォンッ!!
廃倉庫の重厚な鉄扉が、凄まじい轟音と共に吹き飛ばされた。
砂埃が舞う中、ガルドの部下たちが一斉に武器を構える。
「……なんだ、ずいぶんとむさ苦しいネズミの集会だな」
土埃を優雅に払いながら入ってきたのは、仕立てのいい純白の革鎧と、宝石が埋め込まれた細身の剣を帯びた、金髪の若い男だった。
スラムには絶対に存在しない、甘い香水の匂い。その場にいる全員が、本能的に理解した。
こいつは「表の世界」の人間だ。しかも、相当な実力を持った高位の冒険者。
「スラムでこそこそと『死なない喧嘩』の興行をやると聞いたが……冗談も休み休みにしろ。こんなゴミどものじゃれ合いで金を取ろうなどと、王都の冒険者ギルドが許すと思っているのか?」
男は美しい顔を歪め、心底見下したような冷たい笑みを浮かべた。
倉庫内の空気が、一瞬にして凍りつく。スラムの荒くれ者たちですら、圧倒的な「本物の暴力」の気配に圧倒されていた。
だが、俺だけは違った。
俺の心臓は、この日一番の激しいビートを刻んでいた。
(……来た。見下した態度、鼻につく美貌、そして絶対的な実力。大衆が最も『ぶっ殺されてほしい』と願う、完璧な条件!)
俺は笑いを堪えきれず、顔を手で覆った。
最高の悪役の登場だ。これで俺たちの興行は、絶対にバズる。











