第5話 オーディション開催
スラムの外れにある、ひんやりとした空気が漂う廃倉庫。
ガルドが手配したその場所には、スラム中から集められた約三十人の荒くれ者たちがひしめき合っていた。
傭兵崩れ、賞金首、借金取り、ただの喧嘩狂い。どいつもこいつも、表の世界では生きていけないような顔つきの連中ばかりだ。
倉庫の隅では、レオンが相変わらず死んだような目で壁に寄りかかっている。その足元には、なぜかジジが「ここが一番安全そうだ」とちゃっかり陣取っていた。
「おい、ガルドの旦那の使いっぱしり!いつになったら殺し合いが始まるんだよ!」
「そうだ!1分間だけ殴り合って、勝てば金貨がもらえるって話だろうが。さっさと始めろ!」
苛立ちを隠せない参加者たちが、中央に立つ俺に向かって野次を飛ばす。
俺は薄暗い倉庫の天井付近を見上げた。そこには、リリが操る三つの記録石が、獲物を狙う鷹のように静かに滞空している。
「ルールは昨日伝えた通りだ。闘技場には魔力制限結界を張る。魔法は肉体強化のみ。ゴングが鳴ったら1分間だけ、持てるすべての暴力を使って目の前の相手を叩き潰せ。……だが、その前に」
俺は参加者たちの間をゆっくりと歩き出した。
「お前ら、何か勘違いしてないか?」
「あぁ?」
「ただ1分間殴り合えばいいと思ってる。金のために、顔も知らない相手と適当にどつき合って、それで客が喜ぶと思ってる」
俺は足を止め、一人の筋骨隆々な男──顔に大きな火傷の痕がある男の前に立った。
「お前らから出てるのは『殺気』じゃない。ただの『作業』の匂いだ。そんなもん、金貨を払ってまで見たい客はどこにもいない」
「なんだと、てめぇ……!」
男が青筋を立てて俺を睨みつける。
俺は周囲には聞こえないような、しかし男の耳には確実に届く低い声で囁いた。
「おい。あそこで腕を組んでる隻眼の男、お前と同じ傭兵団にいた奴だよな?」
火傷の男がピクッと反応する。
「さっき、あいつが笑ってたぜ。お前が火傷を負った時のことをな。『あいつは家族を庇って火に巻かれたと言ってるが、本当は自分だけ逃げ遅れたマヌケだ』ってな」
「……は?」
火傷の男の表情が、スッと抜け落ちた。
嘘だ。隻眼の男はそんなこと一言も言っていない。俺がスラムの酒場で集めた薄っぺらい噂話を、さも事実のように捏造しただけだ。
だが、極限の緊張感と猜疑心が渦巻くこの空間では、そんな些細な火種一つで十分だった。
「あいつにお前の家族がバカにされたらどうする?この場でヘラヘラ笑って済ませるのか?」
「……ふざけ、るな」
男の全身から、先程までの「作業」の空気とは全く違う、ドス黒い怒りが噴き出した。
俺はすぐさま身を翻し、今度は隻眼の男の耳元へ歩み寄る。
「おい。あの火傷の男、お前のことを『ただの裏切り者』だってさっきから言いふらしてるぜ」
「……なんだと!?」
導火線に火はついた。
俺がその場を離れた直後。
「ぶっ殺してやるッ!!」
火傷の男が狂ったように咆哮し、隻眼の男に殴りかかった。
「上等だ、このマヌケがッ!」
隻眼の男も応戦し、二人の巨体が激突する。
それを合図にするかのように、倉庫内の空気が一気に爆発した。
「なんだ!?始まったのか!」
「目障りだ、どけぇッ!」
誰が敵で誰が味方かもわからない。ただ、目の前にいるムカつく奴を殴る。
仕組まれた乱闘とは知らず、三十人の荒くれ者たちが一斉に感情を剥き出しにして殺し合いに近い乱闘を始めた。
「ヒャハハハ!バカだねぇお前ら!踊らされてるのも気づかねえで!」
ジジが乱闘の隙間を縫うように逃げ回りながら、さらに火に油を注ぐようなヤジを飛ばす。怒り狂った数人がジジを追うが、すばしっこいゴブリンは嘲笑いながら股下をくぐり抜けていく。
一方、巻き込まれたレオンは、襲いかかってくる男の拳を最小限の動きでいなし、床に叩き伏せていた。その目は相変わらず虚無を抱えているが、その「圧倒的な強者感」が周囲のドタバタ劇と異様なコントラストを生み出している。
「……最高だ」
乱闘の熱波を肌で感じながら、俺は倉庫の隅で腕を組んだ。
視線の先、木箱の上に座り込むリリの目は、完全に血走っていた。
「もっと……もっと怒れ!その顔よ!いいわ、最高の表情じゃない!」
彼女の指先が狂ったように踊る。
三つの記録石は、時に乱闘の中心へ飛び込み、飛び散る汗と血を接写し、時に上空から群衆の狂気を俯瞰で捉える。
先日の無気力なエルフの姿はどこにもない。彼女は今、参加者たちの「剥き出しの感情」を、大衆の心を操るための「素材」として貪欲に喰らっていた。
「よし、十分だ」
俺は背後に控えていたガルドの部下たちに合図を送る。
「鎮圧しろ。殺すなよ、全員俺の『資産』だからな」
武装したガルドの部下たちが乱入し、強制的に乱闘を収めさせる。
息も絶え絶えになりながら、それでも互いを殺意に満ちた目で睨み合う男たち。
その空間には、確かな「因縁」が産声を上げていた。
俺はリリの元へ歩み寄り、声をかけた。
「どうだ、リリ。美味しいところは撮れたか?」
リリは前髪をかき上げ、汗ばんだ顔でニィッと笑った。
「ええ。この素材があれば……スラム中の連中を、三日は眠れなくしてやれるわ」
悪魔のプロデューサーと、精神魔法のディレクター。
異世界を狂わせる「煽りV」の素材は、これで完璧に揃った。











