第4話 ゴミ溜めの原石たち
スラムのさらに奥深く、地下へ続く階段を降りた先にある酒場『泥酔の豚亭』
ここは、その日暮らしの傭兵、借金取り、そして表通りを歩けない訳ありの連中が吹き溜まる、文字通りのゴミ溜めだ。
酸っぱいエールと汗、そして血の匂いが充満する店内の隅で、俺は静かにジョッキを傾けていた。
隣には、ボロボロのローブのフードを目深に被ったリリが座り、テーブルの下でこっそりと小さな記録石を浮かばせている。
「……ねえ、ショウ。さっきからずっと飲んでるだけだけど。出場者を集めるんでしょ?」
「焦るな。ただ強いだけの奴なら、闘技場に行けばいくらでもいる。俺が探しているのは『キャラが立っている奴』だ」
俺は視線だけで店内を物色する。
あちこちで小競り合いが起きているが、どれも三流だ。酒の勢いで殴り合い、数発で決着がつく。そこに『物語』はない。
「例えば、あいつだ」
俺が顎でしゃくった先では、緑色の肌をした小柄な亜人──ゴブリンが、自分より頭三つはデカい大柄な傭兵に胸ぐらを掴まれていた。
「てめぇ、このサイコロ、細工してやがるな!」
「ヒャハ!言いがかりはやめなよ兄ちゃん!アンタの運が猛烈にウンコだっただけだろ?」
ドゴォッ!と鈍い音が響き、ゴブリンは壁際まで蹴り飛ばされた。
だが、鼻血を出しながらも、ゴブリンはニタニタと笑って口を止めない。
「いてて……おっかねえなぁ。図体ばっかデカくて、脳みそはスライム以下かよ?暴力でしか解決できないなんて、お前の母ちゃんが泣いてるぜ?」
激昂した傭兵が剣を抜こうとした瞬間、俺はテーブルの上の銅貨を弾き、傭兵の頭にぶつけた。
「おい、そこまでにしておけ。そいつのイカサマの負け分、俺が払ってやる」
「あぁん?なんだテメェ……」
俺がスラムを仕切るガルドの紋章が入った木札を見せると、傭兵は舌打ちをして銅貨を拾い、足早に店を出て行った。
ゴブリンは服の埃を払いながら、俺のテーブルに近づいてくる。
「ヒャハ!助かったぜ兄ちゃん。オイラはジジ。口八丁手八丁が売りさ。で?何の用だ?ガルドの旦那の手先が、タダでオイラを助けるわきゃねえよな」
「お前のその『減らない口』を買いたい。ジジ、お前、ぶん殴られても相手を煽り続けられるか?」
「煽る?そりゃあオイラの十八番だけどよ。ケンカはからっきしだぜ?」
「構わない。お前にはリングの上で、ひたすら相手をコケにして逃げ回ってもらう。最強の『ウザキャラ』としてな」
ジジのような口の減らない弱者は、観客のヘイトを集める天才だ。「あいつ、早く誰かボコボコにしてくれ!」という感情は、最高の熱狂を生むスパイスになる。
「……ショウ、あんな弱いゴブリンを出してどうするのよ。1分も持たないわ」
「持たせるためのルールがある。それより、もう一匹、極上の『原石』を見つけた」
俺が視線を向けたのは、店の最も暗い奥の席。
そこに、ひどく錆びついた胸当てをつけ、うつろな目で安い酒をあおっている男がいた。
無精髭に覆われた顔は疲れ切っているが、ジョッキを握るその手には、剣を振り続けた者特有の分厚いマメがある。
「あいつ……ガルドのところで借金漬けになってる、元騎士のレオンね」
リリが小声で教えてくれた。
「昔は貴族の護衛騎士だったらしいけど、貴族のドラ息子に罪を擦り付けられて追放されたんだって。今はただのアル中よ」
俺はレオンの席に歩み寄り、向かいに座った。
「相席、いいか?」
「……失せろ。俺は誰とも話す気はない」
レオンは俺を見ようともせず、濁ったエールを飲み干した。
完璧だ。この絶望しきった目、世間すべてを憎んでいるような背中。「没落した元エリート」という、大衆が最も好む悲劇の主人公の条件を満たしている。
「あんたの借金、俺が肩代わりしてやるって言ったらどうする?」
「……なんだと?」
「ただし、条件がある。俺のリングに上がれ。そして、もう一度その手で『剣』じゃなく『拳』を握れ」
レオンは鼻で笑った。
「ふざけるな。騎士の誇りを失った俺に、スラムの見世物小屋で殴り合いをしろと言うのか?」
「誇りだと?笑わせるな」
俺はテーブルに身を乗り出し、レオンの目を真っ向から見据えた。
「今のあんたは、ただ現実から逃げて酒に溺れてるだけの負け犬だ。貴族に奪われた誇りを取り戻す気もない。違うか?」
図星を突かれたレオンの目に、一瞬だけ鋭い殺気が宿った。腐っても元騎士、そのプレッシャーは並のチンピラとは訳が違う。
「……貴様に何がわかる」
「俺にはわかる。どん底の味を知ってる奴が、一番いいツラをして戦うってことをな。俺のリングは『1分間』だけだ。その1分間だけ、過去のすべてをぶつけて生き足掻いてみせろ。勝てば、借金はチャラだ」
レオンはしばらく沈黙し、やがてギリッと奥歯を噛み締めた。
「……本当に、借金がチャラになるんだな」
「あぁ、俺が保証する」
よし、これで役者は揃い始めた。
俺は酒場を出て、リリと共にガルドのアジトへ向かいながら、明日の準備について指示を出した。
「リリ。ガルドに頼んで『魔力制限結界』の魔道具を用意させてくれ」
「魔力制限?牢獄とかで罪人が魔法を使えないようにする、あの高価な石?」
「そうだ。それを闘技場のリングの四隅に埋め込む。俺たちの興行では、遠距離からの魔法攻撃や、長ったらしい詠唱は一切禁止だ。許可するのは、自分の肉体を強化する『身体強化魔法』のみ」
ファンタジー世界の戦闘における最大のガンは「魔法の遠距離戦」だ。
絵面は派手だが、距離が離れているため、互いの表情や息遣いが観客に伝わらない。それに、高火力の魔法で一瞬で消し炭になってしまえば、「痛みに耐えて立ち上がる」というドラマが生まれない。
「いいか、客が見たいのは、男と男が拳の届く距離で、血反吐を吐きながら殴り合う『泥臭い姿』だ。結界で魔力を制限すれば、誰もがインファイトを余儀なくされる」
「……なるほどね。魔法の才能がないスラムの連中にも、ワンチャンスが生まれるわけだ」
「その通り。これで『誰が勝つかわからない』最高の舞台が整う」
俺は夜のスラムを見渡し、不敵に笑った。
さあ、明日は第一回オーディションだ。このゴミ溜めから拾い上げた原石たちを、俺の「演出」とリリの「映像」で、最高に輝かせてやる。











