第3話 大衆を操る「精神魔法」のカメラマン
「死なない喧嘩」の実現に向けて、ガルドが提供してくれた資金と場所は十分なものだった。
だが、俺の興行において最も重要なのは「箱」ではない。
大衆を狂わせるための「メディア」だ。
「ガルド、この世界には遠くの景色や出来事を映し出す魔法の道具はあるか?」
「あぁ。『記録石』のことだな。貴族の屋敷の防犯や、騎士団の作戦記録なんかに使われてる。だが、あれは魔力操作の技術が要る上に、石自体がクソ高い。俺のところにも一応あるが……」
ガルドに案内されたのは、アジトの地下にある薄暗い埃まみれの小部屋だった。
そこには、空中にふらふらと浮かぶ3つの透明な水晶と、それを気怠そうに操っている小柄な影があった。
「リリ。生きてるか」
「……生きてる。でも、あと三日で給料日がないと餓死する」
振り返ったのは、ボロボロのローブを羽織り、前髪で顔の半分を隠した少女だった。
尖った長い耳。ファンタジーの代名詞とも言えるエルフだ。ただし、森の妖精という高貴なイメージとは程遠く、目の下には濃い隈ができ、完全に「人生に疲れた裏方の顔」をしていた。
「こいつはリリ。没落したエルフの生き残りで、スラムに流れてきたところを俺が拾った。魔力操作の才だけはピカイチでな。複数の記録石を同時に浮かせて、闘技場の様子を上の酒場の壁に映し出す仕事をやらせてる」
「へぇ……」
俺は空中に浮かぶ記録石と、壁に投影されている映像を交互に見た。
映像は鮮明だ。しかし、見せ方が致命的に退屈だった。
3つの石は闘技場を見下ろすように固定され、ただ淡々と「事実」を映し出しているだけ。前世のコンビニの防犯カメラと何ら変わりない。
「リリ、と言ったな。この石はもっと自由に動かせるのか?」
「……動かせるけど。被写体がフレームアウトしないように、高いところから全体を撮るのが基本でしょ。勝手に設定を変えないで」
無愛想に答えるリリ。
俺は思わずニヤリと笑った。職人気質で頑固。悪くない。だが、エンタメの根幹を何も分かっていない。
「全体が見えればいい? だからスラムの底辺でくすぶってんだよ。貸してみろ」
俺はリリの隣に立ち、壁の映像を指差した。
「いいか、客は『正確な事実』なんざ求めちゃいない。求めているのは『ドラマ』だ。例えば、ガルドの凄みを観客に伝えたい時、お前ならどう撮る?」
「……普通に、全身が映るように」
「零点だ。石をガルドの足元まで下げろ。そこから見上げるようにローアングルで撮ってみろ」
「え? でも、それじゃあ全体が……」
「いいからやれ」
リリが不満げに指先を動かし、一つの記録石をガルドの足元へ急降下させた。
壁に投影された映像を見て、リリが息を呑む。
下から見上げられたガルドの巨体は、まるでスラムを支配する魔王のように巨大で、圧倒的な威圧感を放っていた。
「……なにこれ。いつもと同じボスなのに、全然違って見える」
「これが『アングル』だ。事実を変えなくても、見せ方一つで印象は操作できる」
俺はさらに畳み掛ける。
「次は、ガルドの顔に極限まで石を近づけろ。画面いっぱいに、その額の傷跡だけを映すんだ」
「……こう?」
壁の映像が切り替わる。ガルドの厳つい顔のアップ、特にその凄惨な傷跡がクローズアップされた。
「どうだ? 全身を映さなくても、この傷一つで『こいつは数え切れない修羅場をくぐり抜けてきた男だ』っていう暴力のバックボーンが雄弁に語られているだろ。これが『カット』の力だ」
リリの緑色の瞳が、前髪の隙間から見開かれている。
ただの作業だった退屈な「記録」が、全く別のものに姿を変えた瞬間の衝撃。
「リリ。お前が今までやってきたのは、ただの防犯カメラの真似事だ。だが、俺が教える技術を使えば、この石はただの記録係じゃなくなる」
俺はリリの肩に手を置き、悪魔のように囁いた。
「『あいつの家族が奪われた悲しみ』を映し出し、『あいつの横暴で理不尽な振る舞い』を強調する。そうやって観客の脳裏に『あいつは絶対に許せない』『あいつに勝ってほしい』という感情を強制的に植え付けるんだ。これはもう、記録じゃない」
「……記録、じゃない……?」
「あぁ。大衆の感情を根底から支配し、一つの方向に狂わせる。いわば、極大魔法にも匹敵する『精神魔法』だ。お前は今日から、単なる監視員じゃない。大衆の心を操る大魔導士、テクニカルディレクターになるんだ」
精神魔法。大衆を操る。
その言葉の魔力に当てられたのか、リリの長い耳がピクッと跳ねた。
疲弊しきっていた彼女の目に、明らかな「熱」が灯るのがわかった。
「……私が、大衆の心を操る……」
「そうだ。次からオーディションを始める。お前には複数の石を駆使して、参加者どもの一番『美味しい感情』──要するにブチギレた顔や怯えた顔を切り取ってもらう。それを俺が繋ぎ合わせて、『煽りV』って最高にイカれた魔法の映像を作る」
「煽り……ブイ……」
リリの口角が、ゆっくりと吊り上がった。
それは、森の妖精の清廉さなど微塵もない、悪戯を見つけた子供のような、あるいは世界を裏から支配する悪女のような、最高の笑顔だった。
「……面白そうじゃない。やってあげるわ、その精神魔法」
俺の「死なない喧嘩」に、異世界初の最強の映像クリエイターが誕生した瞬間だった。











