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【第八話】現場への不法侵入(コンプライアンス違反)

現場事務所の窓から差し込む夕刻の光が、サトウの引く図面の上に長い影を落としていた。



定規が紙の上を滑る乾いた音だけが響く静寂を、丘の向こうから響く「硬い蹄が乾いた土を叩く、不規則で重厚な音」が乱暴に引き裂く。


「サトウさん、大変です! あれは……王国第一皇女付きの『白銀聖騎士団』ですよ! 私たち、捕まっちゃいます……!」

 リノの耳は、恐怖で極限まで横に寝かされている。


長い逃亡生活で染み付いた習性か、彼女のアッシュグレーの尻尾は、自分の足を縛り付けるように激しく震えていた。その毛並みは、恐怖の汗でわずかに湿り、彼女の華奢な肩を一層小さく見せている。


サトウは深くため息をつくと、愛用の望遠レンズをデスクに置いた。

「……おいリノ、あれを見ろ。あのキラキラした連中、あんな格好で現場に入るつもりか? ヘルメットも安全帯もなし。安全配慮義務の欠片もねえな。……ちょっと教育してくる」

「ええっ!? サトウさん、まさか……!」


サトウは、廃材のスピーカーと魔導石の端材を組み合わせてリサイクルした「高出力拡声器」を手に取ると、現場監督の顔で事務所の扉を開けた。


砂塵を巻き上げ、白銀の甲冑を光らせて現れた騎士団が、サトウの前に整列する。


その先頭で、燃えるような赤い髪をポニーテールにまとめた女騎士、騎士団長カレン・フォン・ベルシュタインが、白馬の首を叩いて歩みを止めた。

彼女の甲冑は芸術品のように美しいが、サトウの目には「可動域を無視した、ただの重い装飾品」にしか見えない。


カレンが馬上から見下ろし、不敬を咎める口上を述べるより早く、サトウの怒声が拡声器越しに炸裂した。

『――おい、そこ! イエローカードだ!』

「……なっ……!?」

物理的な衝撃を伴うほどの轟音に、カレンの愛馬が驚いて激しくいななく。


カレンは動揺を隠せないまま、反射的に馬の腹を蹴って飛び降りた。カシャリ、と無駄に重厚な金属音を立てて大地に降り立った彼女に対し、サトウは容赦なく追撃する。


『重機の作業半径内に、無断で立ち入るんじゃねえ! 万が一のことがあったら、労災認定の手続きで工期が遅れるだろ! 命が惜しくないなら、せめてヘルメットと安全靴を持ってこい! 現場はテメエらの学芸会の会場じゃねえんだよ!』


「な、な……っ。何を……不敬なり! 貴様が、伝説の終焉を告げるラスト・エグゼキューターを傀儡に変え、この聖域を汚す邪悪な魔術師か! この聖剣『デュランダル』の錆に――」


「錆? ああ、やっぱりか。……その剣、根元の部分に微細なクラックが入ってるぞ。手入れもろくにせず、聖なる魔力だかなんだか知らないが、過負荷をかけすぎだ。応力集中を考えてねえ設計だな。……リノ、立ち入り禁止のバリケードを持ってこい。この『危ない素人』を外に放り出すぞ」


「は、はいぃぃぃっ!」

 パニック状態のリノが、サトウが廃材で作った「トラ柄のバリケード」を、下馬したばかりのカレンの目の前に必死に並べ始める。


カレンの顔が怒りで真っ赤に染まった。彼女の誇りである聖剣が、一介の土木作業員にケチをつけられたのだ。

「貴様ぁぁ! 神の雷罰を受けよ――!」

カレンが放った魔法の光が、聖剣を媒介にして膨れ上がる。だが、サトウは逃げるどころか、その光の波長を検品するように目を細めた。


「……それに、その魔力。無駄な高出力エネルギーの漏洩だ。熱効率が悪すぎる。周囲の酸素を無駄に燃焼させてるだけじゃねえか。これじゃあ、剣が折れる前に、お前自身の魔力回路が金属疲労、いや、魔力疲労で焼き付くぞ。素人はこれだから困る……」


カレンが振り下ろした光の斬撃を、サトウは無造作に歩み寄り、素手でその刀身を「掴んだ」。


ありえない光景に、騎士団全員の息が止まる。

「不備、磨耗、絶縁不良。……全工程を否定リセットし、ゼロへと還れ」

サトウの低い声が、震える大気を支配する。


「――『虚無への解体スクラップ』」


 パリン、と。

伝説の聖剣を覆っていた魔力の輝きが、ガラス細工のように砕け散った。それどころか、王国が誇る至宝『デュランダル』そのものが、サトウの指先からボロボロと「ただの鉄屑」になって崩れ落ちていく。


カレンの手に残ったのは、無残に折れた柄だけだった。

「な……私の、聖剣が……!? 嘘だ、神に祝福された剣が、何故……!」


「……不合格だ。あんな粗悪な鋼材、うちの現場じゃ針金一本の材料にもならねえ。……リノ、あいつらの馬の糞尿処理費用を積算しておけ。次は清掃費用を請求するぞ」


「は、はい、サトウさん!……あの、団長さん? そこ、立ち入り禁止区域なので、あと三歩下がってくださいね?」


膝をつき、自分の手のひらに残った「鉄の粉」を見つめるカレン。彼女の騎士としてのプライドは、サトウの「検品」によって跡形もなく粉砕されていた。

 


サトウは、もはや彼女たちに関心を示すことなく、現場事務所に戻った。


窓の外では、元・終焉を告げるラスト・エグゼキューターである「解体クレーン」が、サトウの引いた図面通りに、ミリ単位の精度で巨大な岩石を粉砕し続けている。


「……騎士団か。いい素材を持ってるな。……次は鎧ごと『リユース』してやるか」


サトウの独り言は、窓からの風に乗って、

絶望に沈むカレンの耳に届いていた。

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