【第七話】災厄の再利用(リサイクル)
現場事務所の窓から見える「デカい残骸」。
サトウが指を鳴らして、廃材から組み上げた高輝度作業灯の光を強めると、重苦しい霧の向こうにそびえ立つその異様な全貌が露わになった。
「……ひっ、あ、あああ……!」
隣でリノが、喉の奥から絞り出すような悲鳴を上げた。
アッシュグレーの耳は完全に頭に張り付き、恐怖で細かく震えている。その先端の毛は、長年の野宿のせいか少しパサついていたが、今は冷や汗でしっとりと濡れ、彼女の額に張り付いていた。
太い尻尾は股の間に固く巻き込まれ、俺が「リサイクル」してやった最高級ブーツを履いた足首を、自縄自縛のように強く締め付けている。
「サトウさん、逃げましょう……! あれはダメです、あれだけは絶対にダメです! あれは――『終焉を告げる者』
古の魔竜の骨格に、失われた魔導技術を詰め込んだ、一国を一夜で灰にするっていう伝説の自律兵器ですよ!?」
「……終焉? いや、どう見てもただの『放置車両』だろ。しかも、前オーナーのセンスが最悪だ」
俺はリノの絶望を無視して、残骸の足元まで歩み寄った。
恐怖で硬直する彼女を横目に、俺の目は職業病じみた冷徹さで、その「災厄」を検品し始める。
「見てみろ、リノ。このメインフレーム。強度はあるが、応力集中を全く考慮してねえ。関節部のボルトは、ピッチが特殊すぎて代えが効かないぞ。おまけに……なんだこの焼き入れは。表面は硬いが、芯まで火が通りすぎてて脆くなってやがる。これじゃあ、連続稼働させれば熱膨張と金属疲労で自壊するのも当たり前だ。設計した奴のツラが見てみたいぜ」
「兵器の恐ろしさじゃなくて、工作精度の低さにマジギレしてる!? サトウさん、感覚がズレすぎです!」
俺は吐き捨てるように言うと、むき出しになった動力バイパスに手をかけた。
「……それに、この配線。被膜が劣化して、至る所で絶縁不良を起こしてやがる。魔力がダダ漏れじゃねえか。現場なら即、作業停止命令が出て始末書もんのレベルだぞ」
その時、俺が不用意に配線に触れた瞬間に巨体が震えた。
眼窩の魔石が不吉な紅い光を灯し、大気を震わせるほどの莫大な魔力が一点に集束し始めた。砲口からすべてを焼き尽くす熱線が放たれようとした、その時。
サトウの瞳が、工学的な鋭さを持って細められた。
「不備、磨耗、絶縁不良。……全工程を否定し、零へと還れ」
サトウの言葉と共に、世界が静止したかのような錯覚が走る。
「――『虚無への解体』」
刹那、伝説の兵器が音もなく光の粒子へと分解された。
叫ぶ暇さえ与えられないリノの前で、サトウはその奔流する粒子を掴み取るように、再び冷徹な声を重ねた。
「不滅の意志を核に据え、今、新機軸を穿て。――『不朽の再構築』!」
光の渦が収束し、そこに現れたのは――禍々しいトゲのついた装甲を脱ぎ捨て、強固なH鋼のような構造材と、力強い三爪のグラップルを備えた、六本脚の「現場用全自動解体クレーン」だった。
「よし。これで採掘効率が五倍は上がる。……リノ、お前もいつまでも震えてないで、あいつの油圧系統に漏れがないかチェックしろ。あと、そのボロい革鎧。剥ぎ取った装甲の『余り』で補強してやったから、さっさと着替えろ。寸法は目測で合わせておいたぞ」
「伝説の装甲が、私の胸当てのパッチワークに……!?」
サトウが再構成した鎧は、リノの華奢な肩のラインに吸い付くようにフィットしていた。
伝説の金属は人肌のような温もりを保ったまま、彼女の柔らかな肌を鉄壁の硬度で守っている。 リノは、指示に従って鉄屑を分別し始めた「かつての災厄」を見上げ、ついに考えるのをやめた。
現場事務所に戻った俺は、厚手の図面用紙に修正を引きながら、窓の外の様子を確認する。
定規の滑る音だけが室内に響く。俺の頭の中にあるのは、かつての工場で叩き込まれた「効率」と「安全」の二文字だけだ。
整然と積み上げられていく資材の山。これなら、次はもっとデカい「現場」に手を出せそうだ。
だがその時、遠くの丘の上に、キラリと光るものが見えた。
望遠レンズ代わりの魔導具を覗き込むと、そこには。
「……騎士団か? なんだあいつら。……まあいい、定時まで邪魔するんじゃねえぞ」
サトウの関心は、あくまで「効率的な解体」にしかない。
しかし、彼が「リサイクル」した重機の影が、異世界の常識という名の壁を、確実に粉砕し始めていた。




