【第四十一話】不発弾処理の段取りと、黒髪エルフの覚悟
仮設事務所の空気は、張り詰めた重油のように重かった。
デスクの上には、サヴァルが遺した本当の設計図、
この空中都市の心臓部に仕組まれた「指向性爆弾」の構造が、残酷な幾何学模様となって広がっている。
ニイナは、きっちりと切り揃えられた黒髪を両手で強く握りしめ、デスクに突っ伏していた。
憧れ、崇めるべき対象だった天才建築士の正体が、大量殺戮を企む狂人だった。その事実は、彼女の心をへし折るには十分すぎるものだった。
「いつまでそうしているつもりだ」
冷徹なサトウの声が、容赦なく事務室に響く。
サトウはニイナのデスクの横に立つと、いつも愛用している胃薬のボトルを指先でツンと弾いた。
「泣いて図面が直るなら、俺がいくらでも玉ねぎを刻んでやる。だがなニイナ、あんたの仕事はサヴァルを崇めることじゃなく、この現場を無災害で引き渡すことだろ」
「っ!」
ニイナはハッと目を見開いた。
涙の滲む視界の先、サトウの作業着の胸元にある『サトウ工務店』の刺繍が力強く目に飛び込んでくる。
それは先の王都インフラ工事の竣工時、サトウの泥臭い仕事ぶりに惚れ込んだ現地の職人たちが、感謝を込めて夜なべで縫い上げてくれた特製の作業着だった。
そうだ。自分は天才の奴隷ではない。この現場の安全を預かる、総現場監督なのだ。
「……そうですね。泣いてる暇があったら、図面を引き直します!」
ニイナは涙を袖で力強く拭うと、胃薬のボトルをデスクの端へとグッと遠ざけた。その瞳には、もう迷いはない。
魔導ペンを握り直した彼女は、凄まじい速度で青図の上に修正の赤線を走らせ始めた。サヴァルの悪意を根こそぎハツり落とし、現場のツラ(現実)に合わせるための「修正図面」が、真の建築士の手によって完璧に引き直されていく。
ニイナが図面と格闘する傍ら、サトウたちは魔導トレーラーの背後に広がる「資材・廃材置場」にいた。
最下層の隠蔽工区へ突入するには、サヴァルが施した強固な魔導防壁を強行突破しなければならない。だが、今の油圧ショベルのバケット(すくう爪)では、その装甲に傷一つ付けることは不可能だった。
「カレン、リノ。あっちに転がってるドワーフの『破城槌の先端(超硬脈石)』と、サヴァルが放置していった『高周期の魔導振動器』の残骸を持ってこい」
「任せろ!」
「はいっ、すぐ行きます!」
サトウの指示に、力仕事担当のカレンが「ふんぬーっ!」と規格外の怪力で巨大な超硬脈石を軽々と担ぎ上げる。
その横でリノがメモ帳を片手に、パタパタと耳を弾ませながら素材の伝導率を検算して歩く。二人は息ぴったりに重い廃材を運んできた。
「サトウさん、両方の質量と魔導伝導率、計算しました! 接続部のクリアランスを十二ミリ削って『ニコイチ』にすれば、ショベルの油圧を百パーセント、物理的な衝撃波に変換できます!」
リノがパパッと手元のメモ帳に弾いた計算書を睨み、サトウの薄い唇がニヤリと吊り上がった。完璧なトスだ。これならいける。サトウは右手を廃材の山へと力強く突き出した。
「——【万物再利用】!! 破城槌の超硬脈石に魔導振動器を融合し、空間ごとハツり落とす解体用の大ノミへと形を変えろ! 捨てられたゴミ(廃材)に、新たな施工目的(命)をブチ込めッ!!」
サトウの咆哮とともに、スキルの幾何学模様の残光が、巨大な超硬脈石と魔導振動器、そして重機の油圧配管をドロリと包み込んだ。火花を散らしながら、素材たちが強制的に再編集され、強固に結合していく。
———ガギィィィィンッ!!!
ショベルのアーム先端にビルドされたのは、禍々しいほどに巨大で鋭利な、鋼鉄の尖塔『特製・魔導油圧ブレーカー』だった。
サトウが操縦席のレバーを軽く引くと、キィィィン……と鼓膜を刺すような超高周波の振動がノミの先から放たれ、周囲の空間がビリビリと微震する。
「ちょっと何それ……!? 廃材のニコイチで、城門をワンパンで粉砕できそうなバカ兵器(重機)作っちゃったわよあいつら……」
作業場の陰から見ていたエルミアが、完全に引き気味に驚愕の声を漏らす。だが、その横でカレンは通常運転で胸を張った。
準備の時間は終盤へと差し掛かっていた。
サトウとリノは、新しく換装された重機のコンソールメーターを睨みながら、最終の工程表を同期させていく。
「リノ、最下層(隠蔽工区)の魔導パルスの周期は?」
「三・二秒間隔で逆位幾何学が反転しています。エルミアさんのジャミングの周波数を『四百四十ヘルツ』に固定すれば、一時的にトラップを無力化できます!」
「任せろ!」
会話の速度に遅れずについていきながら、エルミアが魔法幾何学の術式を指先に灯す。
「内部の防衛幾何学のパルスは私がすべてジャミングしてあげるわ! 狂った天才の術式をハッキングするなんて、ゾクゾクするじゃないな……!」
「よし。物理的な防壁は俺のブレーカーとカレンでブチ破る」
「任せろ! 」すんっ! 「どんな硬い防壁でも、私の大剣で粉々にハツり倒して見せるのだ!」
カレンが巨大なパッチワークの大剣を肩に担いで不敵に笑う。
そこへ、地響きのような足音とともに、バルド親方率いるドワーフの精鋭たちがやってきた。全員が分厚い防護服に身を包み、頑丈なヘルメットの顎紐をがっちりと締め直している。
「旦那! 俺たちの『解体班』も準備完了だ! サヴァルのクソ設計に、職人のケジメをつけさせろ!」
「いい気合いだ、バルド」
サトウはドワーフたちを見渡し、短く頷いた。
「あんたらは俺たちがブチ破った防壁の破片を、即座に固定して退路を確保する『支保工』の役割だ。上から崩落に巻き込まれたら元も子もねえからな。安全第一で行くぞ」
「へっ、合点承知の助だ! 旦那の背中は、俺たちが一本の柱も落とさずに支えてやるよ!」
「サトウさん、皆さん、携行用の現場メシの準備もバッチリです! 」
リノがピコピコと耳を弾ませながら、全員に特製の携帯食を笑顔で手渡していく。
本人はただみんなを応援したいだけだが、その温かい現場メシが、結果として全員の士気と体力を極限まで高めていた。
「修正図面、全工程分、引き終わりました!」
そこへ、背筋をピンと伸ばしたニイナが合流した。その手には、現場の歪みをすべてクリアランスに落とし込んだ、真っ赤な修正線の入った最新の図面が握られている。黒髪を強風に揺らす彼女の表情には、もうサヴァルへの未練はひとかけらもなかった。
「……行きましょう、サトウさん。私たちの街を、リフォームするために」
「ああ」
全員が命綱とヘルメットのロックを確認し、最下層へと続く、分厚く重い魔導隔壁の前に整列する。
サトウが黄色い油圧ショベルのキーを回すと、ズブブブブ……と腹に響く重低音が炸裂し、廃材から作り出された油圧ブレーカーのノミが、赤く怪しく明滅を始めた。
「よし、これより『空中都市解体リフォーム工事』の第一期工程を開始する。———全員、行くぞ!」
ゴゴゴゴゴ……と音を立てて、重い隔壁がゆっくりと左右に開いていく。
その向こう側には、サヴァルの悪意が血のように不気味に赤く光る、未知の隠蔽工区の闇が、深く、深く口を開けて待っていた。
第41話、楽しんでいただけましたでしょうか?
都市の心臓部に仕掛けられたプログラムを解除するため、本格的な「不発弾処理」の工程表を組み始めたサトウ。サヴァルの裏切りにショックを受けながらも、現場監督としての責任を果たすべく前を向いたニイナさんの覚悟が光る回でした。
最深部の隠蔽工区へ突入するため、サトウとリノちゃんが重機の仕様変更を進め、ドワーフたちを巻き込んで理詰めで処理班を編成していくあの緊迫した段取りの空気感、皆様に上手くお届けできていましたでしょうか……?
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明日はキララ




