【第四十話】職人の一服(休憩)と、サヴァルの隠し裏(バグ)
「全工区、施工ヨシ!これにて空中回廊の緊急補強工事を完了する!」
サトウの拡声魔導具越しの声が雲海に響き渡った瞬間、現場を張り詰めていた空気が一気に弛緩した。
ドワーフの作業員たちがドッと地べたに座り込み、お互いの無事を確かめ合って肩を叩き合う。
正午の墜落リミットという大災害の危機を、完全無災害で乗り越えたのだ。
「皆さん、本当にお疲れ様でした! お腹空きましたよね、お弁当の残り(端材)で作った特製の炊き出しです!」
そこへ、大きな木鍋を抱えたリノが、アッシュグレーの耳をピコピコと弾ませながら満面の笑みで登場した。
蓋を開ければ、肉や野菜の旨味がこれでもかと濃厚に溶け込んだ特製スープの香りが、現場の強風に乗って一気に行き渡る。
山盛りに握られた塩結びも一緒に並べられた。ガテン系の胃袋をガッチリ掴む、最高の一服(休憩時間)の始まりだ。
「おいおい、このスープの美味さはなんだ!? 五臓六腑に染み渡るぞ……身体の芯から魔力と元気が回復していく!」
すんっ!「リノのご飯は世界一なのだ。驚くにはまだ早いぞ、親方!」
バルド親方がスープを豪快に啜って目を剥けば、カレンが自分のことのように自慢げに胸を張る。
エルミアも「ふぅ」と息を吹きかけながら上品に、しかし確実にスープをお代わりしていた。
サトウは作業着の袖で額の汗を拭い、支給された缶入りの冷たい苦味の効いた魔導コーヒーを喉に流し込み、ようやく一息ついた。
「……サトウの旦那」
スープの椀を空にしたバルド親方が、ドスドスと重い足音を響かせてサトウの前に歩み寄ってきた。その分厚い掌が、ぶっきらぼうに差し出される。
「認めざるを得ねえな。旦那のあの『黄色いバカ力』と数字、そして『安全第一』の段取りがなきゃ、俺たちは今頃、職人の意地ごと雲海の底で行き倒れてた。サヴァル様の図面を本当に形にできたのは、旦那のおかげだ」
バルドはガリガリと頭を掻き、照れくさそうに、しかし職人としての最大級のリスペクトを込めてサトウを正面から見据えた。
「……これからは、旦那の指示(施工管理)に全力で従わせてもらう! 文句のある奴は俺が殴り飛ばしてやる!」
「旦那、よろしく頼むぜ!」
「最高の現場だった!」
親方に続いてドワーフたちから大歓声が沸き起こる。サトウはコーヒー缶を持ったまま、フンと鼻を鳴らしてその掌を軽く握り返した。
「うぅ、本当に街が落ちなくてよかった……っ」
その隣では、総現場監督のニイナが、きっちり切り揃えられた黒髪を揺らしながら、完全に胃痛から解放された晴れやかな笑顔を見せていた。
しかし、ふと安定を取り戻した磁気コアの数値を検算していた彼女の手が、ピタリと止まる。
「あ……そうだサトウさん。竣工検査のついでに、ちょっとこれを見てほしいんです。コアの裏側に、変な術式が……」
ニイナに促され、サトウたちは巨大な結晶コアの裏面へと回り込んだ。そこには、サヴァルの直筆と思われる精緻な隠し魔導碑文が、回路のようにびっしりと刻まれていた。
「待て、この魔法幾何学……ただの意匠じゃない」
エルミアが美しい眉をひそめ、冷徹な瞳を凝らす。
「何かを『隠蔽』するための逆位呪文だ。本来の構造計算を外部から見えなくさせている……?」
サトウは冷めた目のまま一歩前へ出ると、白ヘルのバイザーを下げた。
「———【万物再利用】。碑文の『積算』を強制開示しろ」
サトウの放った幾何学模様の残光が、隠し碑文の表面をなぞるように発光する。
次の瞬間、脳内のシステム画面に、これまでの設計エラーとは一線を画す、禍々しい黒文字の警告が次々と浮かび上がった。
『警告:都市構造の根底に致命的な仕様変更(改ざん)を検知』
『これは事故ではなく、意図された設計(仕様)です』
「……チッ。あのクソ設計士、ただのドジじゃねえな。確信犯だ」
サトウのスキルが碑文の「嘘のパッチ」を剥ぎ取ると、ホログラムのように、この空中都市の『本当の設計思想』が赤黒く浮かび上がった。
大気を梁にし、大霊脈の磁気圧のみで浮遊する不安定な構造。それは熱膨張でいつか必ず自壊し、墜落した瞬間に、内部に蓄積された大霊脈の莫大な磁気エネルギーを一点に暴発させる。
この街は、最初から「いつか地上に坠落し、周囲を跡形もなく吹き飛ばすための『巨大な爆弾(兵器)』」として設計されていたのだ。
「そんな……! サヴァル様が、この街を……私たちの家を、爆弾として作ったっていうの……!?」
憧れていた天才の、あまりにも冷酷な悪意と狂気を突きつけられ、ニイナは図面を落とし、ドワーフたちと共に愕然と立ち尽くした。現場に冷たい沈黙が流れる。
だが、サトウだけは驚くどころか、冷めた目のまま胸のポケットから現場用のガムを一つ取り出し、奥歯でグッと噛み締めた。ヘルメットの顎紐をパチリと指で弾き、フンと鼻で笑う。
「だったら話は簡単だ」
サトウの声には、微塵の動揺もなかった。
あるのは、地べたを這いつくばってきた職人の、呆れるほどの頑固さだけだ。
「爆弾(クソ設計)だろうが何だろうが、一度引き受けた現場を途中で放り出せるかよ。最後まで安全に、頑丈に造り切る。それが下請けのプライドだ」
サトウは腰の道具袋を叩き、ニイナとバルド親方を交互に睨みつけた。
「おいニイナ、親方。図面をもう一回バラすぞ。この街の悪意を全部ハツり落として、本当の安住の地にするための『解体と再構築』の段取りを組み直す。サトウ工務店の第二工区(新章)の始まりだ。———全員、色気出してんじゃねえぞ、安全第一で乗り込むぞ!」
天才の悪意すら「ただの不良債権(欠陥物件)」と言い放ち、不敵にニヤリと笑う現場監督サトウ。
その圧倒的な頼もしさに、ニイナたちは涙を拭い、力強く頷くのだった。
第40話、楽しんでいただけましたでしょうか?
タイムリミットを無事に突破し、空中回廊の補強工事を「無災害」でやり遂げた一同。
現場に漂う心地よい達成感の中、リノちゃんの特製現場メシを囲んで種族の壁を超えた宴(一服)が始まる……という、ホッと一息つける展開でした。
しかし、そんな穏やかな空気から一転、ニイナが発見した魔導碑文によって明かされた、サヴァルによる意図的な『設計上の大罪(大バグ)』の存在。
ようやく現場がひとつにまとまったところで、まさかのとんでもない裏が発覚してしまいましたが、あの冷や汗が流れるようなラストの衝撃、皆様に上手くお届けできていましたでしょうか……?
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四天王の皆様(ブクマ4名様)もいつも本当にありがとうございます。
次の現場(更新)まで、ご安全に!
明日はキララ




