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【第三十八話】雲海のタイトロープと、ニコイチの突貫工事


ヒュゥゥゥゥッーーパタパタパタパタッ!


眼下に見渡す限りの白い雲海が広がる超高所。

空中回廊の「支持根音(土台)」と呼ばれるその現場では、遮るもののない遮断不可能な暴風が吹き荒れ、仮設の安全ネットが激しく叩かれていた。一歩踏み外せば、生死の確認すら不可能な虚空へと真っ逆さまである。


明日の正午という墜落のタイムリミットに向け、早朝から突貫工事の段取りが組まれていた。


「おい、そこのドワーフ。職人の意地で死んだら元も子もねえんだよ。命綱は二丁掛け(二本がけ)だ。構造物の踏み替え時は、必ず一本を掛けた状態で次のフックを回せ。一秒でも無胴綱ノーロープの時間を作るんじゃねえぞ。安全第一(施工ヨシ)だ」


「チッ、過保護な旦那だぜ。人間のくせにうるせえ……」

バルド親方は悪態をつきつつも、サトウのプロとしての徹底された安全管理の目、誠実な声音に宿る凄みに気圧されていた。バルドはすぐに振り返り、地べたの作業員たちに声を張り上げる。

「おめえら、旦那の指示に従え! 墜落災害(おっこちて死んだら)を起こしたら、サヴァル様の街に泥を塗ることになるからな!」


その横では、ニイナがきっちり切り揃えられた黒髪を強風に激しく揺らしながら、手元の図面(施工管理表)にサトウの指示を必死に書き留めていた。


不思議と、あの持病の胃痛は綺麗さっぱり消え去っている。目の前の男が放つ圧倒的な「現場を支配する力」が、彼女の不安を完全に上書きしていた。


「親方! 今だ、そこへ補強の魔法アンカーを打ち込め! そこが一番荷重を逃がせる!」

サトウの声と同時に、黄色い油圧ショベルのエンジンが激しく爆発的な咆哮を上げる。


空中に浮遊し、自重の不均衡でミシミシと歪んでいた巨大な結晶の梁。

それをサトウは、重機のバケットの鋼鉄の爪でミリ単位の精密さでガッチリとホールドし、磁気の歪みを力任せに固定ジャッキアップしていた。


「おうよッ! 野郎ども、旦那が最高の土台を作ってくれたんだ、これ以上ない頑丈な楔を叩き込めぇーッ!」

バルド親方の号令一閃、ドワーフの石工たちが一斉に大槌とタガネを振るう。


金属音がキィンと空中に響き、魔法の補強材が結晶の梁に次々と定着していく。


サヴァルの描いた「机上の美しい天才幾何学」に、サトウの弾き出した「現実的な補強の数字」、そしてドワーフの「寸分の狂いもない頑丈な施工」が合わさる。


それらが完璧な「ニコイチ」として噛み合い、結晶の梁から不穏な軋み音が消え去った。サトウが感覚器で捉える手応えは、完全に安定ゾーンへと入っていた。


 ———だが、工事がこの上なく順連に進んでいたその時、サヴァルが残した「安全率ゼロ」の設計が最悪の形で牙をむいた。


 ピキィィィィン……!!


脳髄を突き刺すような、不吉極まりない高音が空間に響き渡る。

直後、大霊脈の磁気圧が予測不可能な急変動を起こした。

「んっ!?」

コンソールを握るサトウの指先が、わずかにブレた。

いつも凍りつくほどに冷徹なサトウの目が、この時ばかりは驚愕に見開かれ、額から冷たい汗が一筋、頬を伝い落ちる。


ただの磁気の揺らぎではない。

サヴァルの設計は、磁気圧が一定以下に落ちた瞬間、残りの全構造体に負荷をドミノ倒しのように押し付ける「最悪のバグ」を内包していたのだ。


前世からあれこれと構造の知識を詰め込んできたサトウの『物好きの直感』を以てしても、この超高所での連鎖崩落を止める計算式が一瞬で弾き出せない。


スクラップ工場で金属やまだ使えるエンジンを眺め、その限界値を肌感覚で理解してきたサトウだからこそ、今目の前で起きている「崩壊の連鎖」がどれほど絶望的な状態なのかが分かってしまう。


「ガガガ、ギギギギギギ……!」


結晶の梁が断末魔のような悲鳴を上げ、バルド親方たちが乗っていた仮設の足場(岩盤)が、根元からバキバキと音を立てて砕け、雲海へと傾き始めた。


「そんな……!? サヴァルの計算になかった、突発的な磁気嵐バグよ!? このまだと親方たちが雲海の下へ真っ逆さまに!」


ニイナが絶叫し、ドワーフたちに一瞬で死のパニックが走る。

崩落まで、あと数分。


だが、サトウが動揺に呑まれていたのは、わずかコンマ数秒の間だけだった。

彼は即座に奥歯を噛み締め、冷めた目の奥に職人の強固な執念の火を灯した。


「慌てるなッ!! カレン、エルミア、リノ! 段取り通り、班ごとのタスクをこなせ! 現場ここで辻褄を合わせるぞ!」


サトウの怒号が風を切り裂き、サトウ工務店のメンバーが一糸乱れぬ動きで前線へ飛び出した。


すんっ!カレンが巨躯に似合わぬ速度で跳躍し、崩れ落ちる岩盤の「割れ目」にパッチワークの大剣を深く突き立てる。背筋の筋肉がはち切れんばかりに膨らみ、数万トンの岩盤の自重を、その規格外の怪力だけで物理的に繋ぎ止めて一瞬の時間を稼ぐ!


「サトウ、右から3番目の磁気結節点を潰せ! そこにエネルギーが集中している、そこを叩けば一時的に反発が収まるはず!」

エルミアが魔法幾何学の術式を空中に展開し、崩壊していく構造の中から、磁気嵐の複雑な波形を瞬時に解析して最適解を割り出す。そこへ、さらに助手席のリノの声が重なった。


「サトウさん、あと4.2秒で磁気が反転します! エルミアさんの言う通り、その結節点の『芯』をハツってください!」


リノはその超天才的な演算能力(理数系脳)で、磁気嵐の秒単位の挙動を完全に先読みしていた。

それと同時に、リノは道中に仕込んだ「即効性魔力回復の特製補給水」をサトウへ手渡す。


サトウはそれを一息に飲み干すと、限界まで乾きかけていた体内に一気に魔導の作動油が満ちるのを感じた。

「オラァッ! 現場のバグをそのままにして撤収できるかよ!」

サトウが油圧ショベルの左右のレバーを限界まで引き絞る。


凄まじい魔導の駆動音を周囲に響かせ、ショベルのアームが、エルミアとリノの指し示した磁気結節点の「芯」へと超高速でバケットを突き立てた。


「【万物再利用リユース・エクス・マキナ】! 暴走磁気の『仕様変更アップデート』を宣言する! 破壊エネルギーをすべて構造体の自己修復パッチへ回せッ!!」


『任せろ!』「任せてくださいっ!」

 カレン、エルミア、そしてリノの三人が力強く返事をする。その息は、寸分の狂いもなく完璧に揃っていた。


サトウの放った幾何学模様の残光が、暴走する磁気のエネルギーをガッチリと捕らえる。


その破壊的な磁気嵐バグは、サトウの定義の言葉通りに「空中回廊の自己修復エネルギー」へと強制的に再利用(パッチ当て)され、強固なリフォームの資材として結晶の構造体内へと凄まじい勢いで流し込まれていく。


 ———ズドンッ!!!


天地を揺らすような重低音と共に、磁気の暴走がピタッと嘘のように収まった。傾いていた足場が、空中でガチッと強固に再固定される。


ヒュゥゥゥ……と、

再びいつもの強風の音だけが現場に戻ってきた。


二丁掛けの命綱に救われ、あるいは重機の圧倒的なパワーに守られたドワーフたちが、呆然と自らの手足を見つめ、ハッと息を呑む。


サトウはショベルの操縦席の窓からひょいと顔を出すと、首のタオルで汗を拭い、フンと鼻を鳴らした。

冷や汗はすでに乾き、そこにはいつもの不敵な職人の顔があった。

「ふぅ……危ねえところだったな。全員、怪我はねえか?」


誰も声が出せない。

バルド親方も、ニイナも、ただただサトウを見つめている。サトウはいつもの冷めた目のまま、腕時計に目を落とした。


「———よし、全員無災害だな。じゃあ作業再開だ。明日の正午までに、あのサヴァルのクソ設計を完全に手直し(リフォーム)して、完璧な街にしてやるぞ」


一瞬の動揺すら驚異的な即応力と、リノとの完璧な連携でカバーし、明確な施工目的を叫んでねじ伏せてみせたサトウの背中。


ニイナとドワーフたちの心は、今度こそ完全に、その泥臭くも気高いプロの職人像に奪い去られていた。


第38話、楽しんでいただけましたでしょうか?


サヴァルの設計が引き起こした絶体絶命の「磁気嵐バグ」に対し、サトウ工務店が総力戦で挑んだ今回。

特に助手席から秒単位の先読みで現場を支えたリノちゃんの驚異的なサポートが、崩落を繋ぎ止める大きな鍵となりました。

あの雲海の上での緊迫した連携が、少しでも皆様に上手くお届けできていましたでしょうか……?

次回の第39話は、明日土曜日の【13:00】(職人の皆様のお休み時間)に投稿予定です。お昼のひと時にぜひ見届けていただけますと幸いです。


サトウ工務店の次なる現場が気になる方は、ぜひブックマークや評価で応援していただけると励みになります。


四天王の皆様(ブクマ4名様)もいつも本当にありがとうございます。次の現場(更新)まで、ご安全に!


明日はキララ


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