【第三十七話】頑固親方のプライドと、事務員の隠れた計算式+
すみません!21:00に更新したもののどうしても気になって大幅リフォーム施行しました!
既に既読の方も今一度目を通して頂けると幸いです。
雲海を見下ろす空中回廊の基部に位置する広場。
そこでは、筋骨隆々のドワーフの作業員たちが地面にどっかりと座り込み、大樽から直接酒をあおりながら完全にサボっていた。
彼らの傍らには、手入れの行き届いた巨大なツルハシや石工用の玄能が乱雑に転がっている。
その中心にどっしりと胡坐をかいて座っているのが、頑固一徹で知られるドワーフの現場親方、バルドだった。
「バルド親方! いい加減に作業に戻ってください! このままじゃ本当に街が墜落するって言ってるでしょう!」
案内役のニイナが仮設事務所から走ってきて悲痛な叫びを上げるが、バルドは分厚い髭に泡をつけながらガハハと鼻で笑った。
「ハッ! エルフのねーちゃん、何度も同じことを言わせるな。これはあの天才サヴァル様の設計だぞ? 多少の微振動くらい、大霊脈の神の力が勝手に相殺してくれる。人間が作った『工務店』だか何だか知らねえが、ヤスリもまともに握れねえヒョロい人間に、俺たちの聖域(現場)を触らせるわけにゃいかねえな!」
ドワーフたちが一斉に同調し、広場に下品な笑い声が響き渡る。
だがその笑い声を切り裂くように、重厚な金属の駆動音が近づいてきた。キチキチィッとキャタピラが岩盤を噛む音と共に、魔導トレーラーから降ろされた鮮やかな黄色い油圧ショベルが、静かに、しかし圧倒的な威圧感を放ちながら前進してくる。
「……おい、そこ退け。邪魔だ。職人なら口じゃなくて、道具で語れよ」
操縦席の窓からサトウが冷めた目を向け、ぶっきらぼうに言い放つ。
ドワーフたちは一瞬、その異様な威容に言葉を失ったが、すぐにヤジを飛ばし始めた。
「なんだあのアホみたいに黄色い鉄の塊は!?」
「目立ちすぎだろ! 玩具かよ!」
「おいっ! サトウさんの黄色い相棒を、ただの派手な鉄くずだと言うのか!」
重機の横についたカレンが、大剣に手をかけながら不敵に笑う。
サトウはドワーフたちの罵声を完全に無視し、ショベルの操縦レバーに手をかけた。
狙いを定めたのは、広場の中央付近に鎮座し、通路を完全に塞いでいた数トンの巨岩———設計士サヴァルが「景観用」としてそこに残した、浮遊結晶の残骸だ。ドワーフたちが「人力ではビクともしない」と諦め、何日も放置されていた代物である。
ブゥゥゥォォォォン!!
サトウがアクセルを一段上げると、黄色い重機が獰猛な唸りを上げた。
滑らかなレバー捌きによってブームが伸長し、先端のバケットの鋼鉄の爪が、巨岩の底へと容赦なく食い込む。
ドンッ……! と重々しい低音が足元を震わせた。
次の瞬間、ドワーフが百人がかりで押しても微動だにしなかった数トンの質量が、サトウの手元一つの操作で「ひょい」と軽々と持ち上げられた。
油圧シリンダーからシューッ!と高圧の駆動音が吹き出し、巨岩は宙を舞うようにして、一発で安全な資材置き場へと完璧に移動(片付け)させられた。ガシャーン、と正確に収まる。
広場が、水を打ったように静まり返った。
ドワーフたちは全員、顎が外れそうなほど口を開けて硬直している。
静寂に包まれた広場で、サトウはアイドリングを続ける重機の運転席から飛び降りた。そのまま無駄のない足取りでバルド親方の前に歩み寄ると、手にするサヴァルの青図を地面に叩きつける。
「パワーの次は、中身(数字)の話をしようか。親方、あんたさっき『神の力が相殺してくれる』って言ったな」
サトウは冷徹な声のまま、ヘルメットのライトのスイッチを入れた。
サトウの目に映っているのは、スキルによる解析画面などではない。
回廊の基部に走る微細なクラック(ひび割れ)、荷重に耐えかねて結晶が発する微かな鳴き———前世のスクラップ工場で、無数の廃材やエンジンの限界点を見極めてきたサトウだけの、異常に鋭い『物好きの審美眼』だった。
「じゃあ、このアーチの支持根音、大霊脈の磁気圧が『あと12%』低下したらどうなるか、職人の勘じゃなく数字で答えてみろ」
サトウが懐から取り出した赤チョークで、回廊の基部に一本の斜線を容赦なく叩きつける。そこは、構造上最も負荷がかかっている『致命的な破断線』だった。
バルド親方が「証拠もねえのにサヴァル様を愚愚弄するな! 数値の裏付けもねえ人間の戯言なんざ———」と怒鳴り散らそうとした、その時だった。
「あの……すみません」
サトウの後ろから、炊き出しの準備をしていたはずの事務員のリノが、メモ帳と魔導ペンを片手にトコトコと前に出てきた。
「サヴァルさんのこの図面、大霊脈の基礎術式と『変数の桁』が一つズレてます。ほら、この三次元幾何学の関数を、現在の気温と標高で補正して裏返すと……」
リノの魔導ペンが、バルドの持つ魔法図面の上で、見たこともないような超高速で動き始めた。空間に光の数式がバチバチと展開されていく。
「はぇ……!? ちょっと待ってリノ、あんた何その高等数理の展開速度!? 天才エルフの私でも三日はかかる、大霊脈の流体術式だぞ!?」
エルミアがスープのスプーンを落として絶叫した。
ニイナも、その光景に目を見開く。
「な、なんなのその計算……!? サヴァル様が図面の奥に隠した多重数式を、ただの事務員の女の子が一瞬で解読した……っ!?(ウッ、胃が……)」
カレンだけは、すんっ! 「よく分からないがリノは世界一凄いのだ!」とおにぎりを豪快に頬張りながらドヤ顔をしている。
サトウも一瞬、唖然とリノの横顔を見つめたが、前世のスクラップ工場であれこれと構造の知識を詰め込んできた『物好きの直感』が、リノの弾き出した数式の正体に即座に追いついた。
「———チッ、そういうことか。リノ、この座標軸、熱膨張の許容誤差を完全にハショってやがるな?」
「はい、サトウさん! 計算上のタイムリミットは、明日の正午です。そこまでに磁気コアの歪みを、正確に『三十二ミリ』右斜め上へ補正して定着させないと、磁気バランスが完全にバグを起こして、数万トンの岩盤ごと自由落下します!」
リノはいつものおっとりした声のまま、恐ろしい墜落の数値を、ミリ単位の精度で淡々と証明してみせた。
サトウはフンと鼻を鳴らすと、サヴァルの青図を指差し、バルド親方を鋭く睨みつける。
「サヴァルの設計は確かに天才だが、施工後の管理を1秒も考えてねえ机上の空論だ。明日の正午、リノの言った通り磁気のバランスが完全に崩壊して、この支持根音からへし折れる。これが、あんたらが盲信してる『神の領域』のリアルな結末だ」
一切の反論を許さない絶対的な数理データと、目の前に突きつけられた歪んだ現実。
建築のプロであるバルド親方は、その数値を一目見ただけで、サトウとリノの言葉が「事実」だと理解してしまい、息を呑んだ。周りのドワーフたちも、サトウの突きつけた「正論」の前に、誰も言い返せずに沈黙するしかなかった。
完全に論破された。しかし、バルド親方は拳を血がにじむほど強く握りしめ、悔しさに顔を真っ赤にしてガタガタと震えだした。職人としてのプライドが、どうしても素真面目になることを拒んでいる。
「……クソッ……! 分かる、分かるさ! あんたの言う数字も、その鉄の怪物の馬力も、全部本物だってことは、俺たちの目が一番よく分かってらあ……!」
バルドは地べたを激しく叩き、悔し涙を滲ませながら叫んだ。
「だけどな、サトウの旦那……っ! 俺たちはサヴァル様のあの美しい設計を信じて、命をかけてこの街をここまで組み上げてきたんだ! それを、昨日今日やってきた人間に『クソ設計』の一言で片付けられて、はいそうですかとヘコヘコ従えるかよ……ッ!」
それは、サヴァルへのリスペクトを捨てきれない、現場を支えてきた職人たちの純粋な意地だった。他の作業員たちも、悔しそうに下を向いたり、拳を握りしめたりして、広場には重苦しい空気が立ち込める。
ニイナが「親方……」と思わず口を開きかけた、その時。
サトウは相変わらず冷めた目のまま、フンと鼻を鳴らし、ヘルメットの顎紐を指でパチンと弾いた。
「誰もサヴァルの設計を全否定してねえよ」
その言葉に、バルドがガッと顔を上げる。サトウは静かに言葉を続けた。
「俺が言ってるのは、『あいつが描いた絵空事を、現場で本当に形にしてやろうって気はねえのか』って話だ。あいつの図面通りじゃ明日落ちる。なら、俺の施工管理と重機で土台を補強して、あいつのイカれた設計を完璧に成立させてやる」
サトウはドワーフたち全員を見渡した。
「サヴァルの天才に、あんたらドワーフの意地、そこに俺の技術。全部乗っけて、この空中都市を完成させる(ニコイチにする)。それじゃ不満か?」
全否定ではなく、自分たちのこれまでの苦労とサヴァルの夢を、現実の形として着地させるための補強。サトウの職人としてのスタンスに、バルドの胸のつかえがスッと取れていく。
バルド親方はまだ顔を真っ赤にしたまま、フンと顔を背けると、ぶっきらぼうに愛用の斧を地面に突き立てた。
「……チッ、口の減らねえ旦那だ。———おい野郎ども! ぐずぐずするな、道具の準備だ!」
親方の怒号に、ドワーフたちが顔を上げる。
「勘違いするなよ! 俺たちはサトウの旦那に屈したんじゃねえ! サヴァル様の街を落さないために、今回はあの黄色いバカ力(重機)に、少しだけ力を貸してやるだけだ!」
「お、おうッ! やってやるぜ!」
ドワーフたちが、まだ少し不承不承ながらも、完全にプロの顔つきになって一斉に動き出す。現場の心が、サトウの手によって一つに掌握された瞬間だった。
「サトウさん……凄い。あの頑固なドワーフたちを、プライドを傷つけずに動かすなんて……」
ニイナは胸を震わせ、サトウの横顔を呆然と見つめていた。最初の警戒は消え去り、そこには確かな信頼の芽が生え始めていた。
「よし、段取り通りだ。全員、安全帯を忘れるなよ」
サトウの指示が飛び、黄色い重機が再び咆哮を上げる。雲海に浮かぶ空中都市の、命懸けの難工事がいよいよ本格的に始動した。
第37話、楽しんでいただけましたでしょうか?
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明日はキララ




