【第三十六話】新規現場への乗り込みと、現場監督の苦悩
王都で盛大な竣工祝いと破格の施工報酬を受け取ったのも束の間、サトウ工務店一行は、隣国の使者が用意した最高級の「特級馬車」と、新予算で手に入れた大型の「重機運搬用魔導トレーラー」に分乗し、国境を越える険しい山岳地帯へと挑んでいた。
だが、その道中は絵に描いたような地獄のハードルートだった。
未舗装の急勾配な崖道、重機の重量に今にもへし折れそうな細い吊り橋。一歩間違えれば千尋の谷底へ真っ逆さまである。
「うっ、サトウ……この道は、昨日食べたせっかくのご馳走が、上部構造から逆流しそうな段取りだな……」
「カレンさん、バケツここです! 頑張って耐えてください!」
あまりの悪路の揺れに、あの屈強なカレンですら顔を青くしてシートに沈み込んでいる。
助手席のリノも激しい車酔いと戦いながら、現場野帳の地図を手に必死にナビゲートを続けていた。
その視線の先では、サトウが大型魔導トレーラーの巨大なステアリングを、神がかった精密さで淡々と捌いている。
タイヤが一ミリでもラインを外れれば崩落する崖の際を、サトウは何事もない顔で、完全な無災害のまま突破していく。
泥にまみれた数日間の強行軍を経て、一行はついに目的地である雲海を望む巨岩の山頂へとたどり着いた。
トレーラーのドアを開け、地面に降り立ったサトウたちの前に広がっていたのは、サトウの現代建築知識をすら混乱させる、あまりに異常な光景だった。
切り立った二つの巨大な岩山の狭間。
遥か上空の雲海の中に、まるで重力を完全に無視したかのように、幾何学的な結晶のアーチで繋がれた「未完の空中回廊都市」がそびえ立っているのだ。
構造計算上、柱の太さも重量バランスも絶対に足りていない。本来なら自重だけで内側にへし折れて墜落するはずの異形。
しかしそれは、大霊脈から発せられる「磁気反発」を絶妙に計算し、強引に自立させていた。
「なるほどね……魔法幾何学の極致だ」
エルミアが冷や汗をにじませながら、その異形を見上げる。
「建築の基礎ではなく、大気そのものを構造体(梁)として組み込んでいるんだ。サトウ、君のスキルを持ってしても、一瞬エラーを起こしたのも無理はない。これを設計した奴は、確かに狂気的な天才だよ」
「……チッ。大気を梁にするなんていう、安全率ゼロの超突貫力技を正規の図面に落とし込んでんじゃねえよ」
サトウはヘルメットのバイザーを上げ、冷めた目で異形を睨みつけた。
「現場(施工側)を舐めやがって。図面上で綺麗に収まってりゃ、それでヨシとでも思ってんのか、あのバカ元請けは」
一行が案内された現場の仮設事務所へと足を踏み入れると、そこは文字通り「修羅場」だった。
ドアを開けると、山積みの図面の後ろから、尖った耳を覗かせたエルフの女性が顔を上げた。
肩につかない位置できっちりと切り揃えられた黒髪は生真面目な印象を与えるが、その端正な顔立ちは完全に歪んでいる。
「……うぅ、胃が……」
緑色に怪しく光る魔導ポーションをラッパ飲みし、空になったボトルをデスクへ虚しく転がした彼女こそが、この現場の総監督———ニイナだった。
ニイナは、泥まみれで入ってきたサトウたちの作業服と、どこか垢抜けない「工務店」という佇まいを見て、すかさず鋭い警戒の目を向けた。
「あなたが……王都のインフラを救ったという噂の『サトウ工務店』? 冗談でしょう、国家資格を持つ高名な魔導建築ギルドかと思えば、そんな奇妙な鉄の塊(重機)を乗り回す、素性の知れない集団だなんて……。本当に、この狂った『空中都市』の手直しができるというの!?」
彼女はこの開拓都市の「総現場監督」としての重い責任を背負っている。だからこそ、噂だけでやってきたサトウたちをすぐには信用できないのだ。
だが、ニイナの精神的・肉体的な限界は、とっくに限界数値を突破していた。
ニイナは壁に貼られためちゃくちゃな幾何学構造の青図を睨みつけ、ギリッと奥歯を噛み締めて小さく吐き出す。
「……ハァ、また計算が合わない。サヴァルのヤツめ……!」
彼女の目から、ついに限界の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「『大気そのものを梁にする美しい新時代の建築だ』とか何とか言って、こんな特大の欠陥爆弾を私に押し付けたまま消えやがって……! 天才なら、せめて施工手順書くらい残していきなさいよ……ッ!」
怒りと激しい胃痛で震えながら、ニイナは頭を抱え込む。
「設計したサヴァルのせいで、大霊脈の磁気バランスがほんの少し狂っただけで、明日にも数万トンの岩盤ごと地上に墜落するのよ! なのに現地の作業員は『神の設計だから手を入れるな』って作業をボイコットして言うことを聞いてくれないし……もう、どうすればいいのよ……っ!」
現場監督の悲痛な叫びと涙を、サトウは慰めるでもなく、冷めた目のまま受け流した。
そして、手元に突きつけられていた「サヴァルの狂った設計図」の数値を、汚れた人差し指でトントンと叩く。
「あんたが俺たちを疑うのは勝手だ。だが、この図面の構造疲労の数値、もう限界だぞ」
サトウの声は、凍りつくほどに冷静で、そして圧倒的に現実的だった。
「元請け(設計士)がバカなら、下請け(現場職人)が現場で辻褄を合わせるだけだ。昔からどこの世界でも、そう決まってんだよ」
サトウは愛用の白ヘルを深く被り直し、顎紐を「パチン」とビシッとしめ直した。その一連の動作だけで、仮設事務所の空気が一気に「引き締まった現場」へと切り替わる。
「ニイナとか言ったか、これよりサトウ工務店がこの現場の『施工管理』に入る。あんたの信用は、口じゃなく仕事で勝ち取ってやるよ」
サトウはガレージに控える油圧ショベルへと鋭い視線を向け、不敵にニヤリと笑った。
「———まずは、言うことを聞かねえその頑固なドワーフどもを、俺の重機で黙らせる(分からせる)ぞ。カレン、エルミア、乗り込むぞ。段取り開始だ」
圧倒的なプロの風格と、有無を言わせぬ職人の正論。
泣き濡れていたエルフの建築士ニイナは、その泥臭くも強大な背中に気圧され、息を呑んでただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
第36話、楽しんでいただけましたでしょうか?
新章に突入し、魔導トレーラーに重機を積み込んでの初の本格的な「出張施工」の回でした!
隣国の山岳地帯でサトウたちを待ち受けていたのは、雲海にそびえ立つ常識外れの「未完の空中回廊都市」。
そして、設計者の無茶振りと崩落の危機に挟まれ、胃を痛めまくっている新キャラのエルフ、ニイナとの出会い。
このあまりにも無茶苦茶な新現場を前にサトウがどう動くのか、これからの展開を一緒に見守っていただければ幸いです。
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次の現場(更新)まで、ご安全に!
明日はキララ




