【第三十五話】盆休みの段取りと、職人たちの道具の手入れ
王都の一等地に構えられた、サトウ工務店の新事務所。
広大な敷地に建てられた真新しいガレージには、激戦を潜り抜けた油圧ショベルなどの重機が誇らしげに鎮座し、その奥のキッチンからは、夕暮れ時の風に乗って何とも食欲をそそる香ばしい匂いが漂っていた。
「よし、次の現場の段取りが決まるまで、数日間は完全休業(盆休み)だ。連日の突貫工事だったからな、お前らしっかり体を休めとけ」
そうサトウからお達しが出たガレージの裏手、真新しいキッチンでは、事務兼調理担当のリノがさっそく腕を振るっていた。挑むのは、昨日王宮の宴席で食べたあの高級魚介スープの再現だ。
「ええと、お肉の旨味をベースにして、そこにこの地生スパイスと……朝摘みのハーブをひとつまみ。よしっ、これで味がニコイチです!」
大きなお玉でぐるぐると鍋をかき混ぜ、リノは嬉しそうにアッシュグレーの耳をピコピコと揺らした。
完成した特製スープをテーブルへ運ぶと、待ちきれないとばかりにカレンがスプーンを差し入れる。
ふうふうと息を吹きかけ、モグモグと口に含んだ瞬間、カレンの目が丸くなった。
「んっ! これは……あの王宮の贅沢な味そのもの、いや、現場の体にガツンと染みるパンチが効いていて、さらに美味いぞ!」
「えへへ、魔導技師さんたちの横でメモを取って勉強した甲斐がありました!」
リノは頬を緩め、ハラペコだったお腹を満たすように自らもスープを頬張った。
事務所のテラス席では、リノが淹れた食後のコーヒーを手に、カレンとエルミアが並んで腰掛けていた。
地下遺構のゴーレム戦。
カレンがハツり(縁切り)を担当して防護壁を叩き割り、エルミアが冷気で足場をカチカチに固めて防衛線を維持した。
死線を共にした二人の間には、すっかり「現場の相棒」としての確固たる信頼が生まれている。
「君のあの大剣の切れ味……サトウのニコイチ再生技術があるとはいえ、あの巨岩の防護壁を一刀両断にするのは見事だったよ。一級品の技だ」
エルミアが静かに微笑みながら、普段の冷徹さを崩してカレンを称える。
カレンは少し照れくさそうに頭を掻きながら、木製カップを掲げた。
「何を言う、エルミア。お前が冷却魔法で、崩れる足場を完璧な段取りで固めてくれなければ、私は最大出力を出せなかった。お前の現場対応力こそ一級品だ」
「ふっ、お互い良い雇い主に恵まれたな」
カチン、と二つの木製カップが小さく合わさり、心地よい音が響く。戦友たちの穏やかな時間が、そこには流れていた。
その頃、ガレージの奥深くでは、静寂とは無縁の泥臭い作業が続いていた。
完全休業と言いながらも、サトウは額に汗を滲ませ、首にタオルを巻いた姿で油圧ショベルの下に潜り込んでいた。
泥や石粉にまみれた重厚な車体を隅々まで丁寧に洗車し、ドレンボルトを抜いて真っ黒になった古いオイルを抜き去る。そして、琥珀色の新しい作動油をじっくりと注ぎ込んでいく。
仕上げにグリスガンを手に取り、可動部のニップルへとガチッとハメてはレバーを握る。
「グ、グ」と音を立てて、金属の関節部に新鮮なグリスが充填されていった。
「やれやれ、せっかくの盆休みだというのに、また仕事かい?」
テラスから様子を見にきたエルミアが、呆れたような、どこか感心したような顔で声をかける。
サトウは潜り込んでいた車体の下から這い出すと、ウエスで愛用のスパナを丁寧に拭きながら、冷めた目をギラリと光らせた。
「何言ってんだ。道具の手入れを怠る奴は、現場に立つ資格がねえんだよ」
サトウはぶっきらぼうに言い放ち、油圧シリンダーの金属光沢を睨みつける。
「重機が悲鳴を上げてるのに気づかねえ奴は、いつか現場で取り返しのつかない事故(災害)を起こす。安全第一、これが職人の大原則だ。機械をいたわれねえ奴に、まともな施工なんかできるかよ」
そのブレないプロの背中と、徹底された現場倫理。エルミアは改めて胸の内で息を呑み、「なるほどね。だから君の現場では、誰一人として怪我人が出ないわけだ」と、深い敬意を込めて呟いた。
夕暮れ時。
ピカピカに整備された重機の金属光沢と、リノが作ったスープの温かい香りに包まれ、一同がこれ以上ない満ち足りた時間を過ごしていた、その時だった。
———ドンドンドンドン!!!
新事務所の分厚い木製のドアが、壊れんばかりの勢いで激しく叩かれた。
カレンが即座に大剣の柄に手をかけ、エルミアの瞳に緊張が走る。サトウが静かにドアを開けると、そこへ崩れ落ちるようにして一人の男が滑り込んできた。
見慣れない異国の、それも砂埃に塗れてボロボロに引き裂かれた衣服をまとった使者だ。
男は息を切らし、床に膝をついたまま、縋り付くようにサトウを見上げた。
「ここが……どんな崩落現場でも、完璧に手直しすると噂の、特級建築ギルド『サトウ工務店』ですか……!? 頼みます、どうか、我が国の命運がかかった巨大建造物を救ってください!」
使者が震える手で差し出してきたのは、古びて黄ばんだ羊皮紙の図面。
そして、命懸けで持ち込んできたのだろう、麻布に包まれた「奇妙に歪んだ結晶の破片」だった。
「おいおい、うちは今、盆休みなんだ……」
サトウはいつものように冷めた目でそれを一瞥し、追い返そうとした。
だが、その結晶の破片が放つ、不自然にねじ曲がった魔力の波形と、羊皮紙に描かれた信じがたい「構造」が視界に入った瞬間———
サトウの目が、ピクリと鋭く見開かれた。
「おい、この構造(図面)……どうなってやがる」
それは、チートスキルを持つサトウの予測をすら遥かに超える、狂気の未知なる欠陥建築の始まりだった。
第35話、楽しんでいただけましたでしょうか?
大きな節目を終え、王都の一等地に新事務所を構えたサトウ工務店のひとときの「現場休み」の回でした。
それぞれの休日を過ごす中、重機のメンテに黙々と没頭するサトウの職人らしい姿から一転、夕暮れ時に現れた異国の使者が持ち込んだ、あの不自然にねじ曲がった結晶と、狂気すら感じる謎の図面。
サトウの目がピクリと見開かれたあの瞬間、次の「とんでもない欠陥現場」の予感に、読者の皆様も一緒に息を呑んでいただけていたら幸いです。
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四天王の皆様(ブクマ4名様)もいつも本当にありがとうございます。次の現場(更新)まで、ご安全に!
明日はキララ




