【第三十四話】職人の引き渡しと、破格の施工報酬
重厚な鋼鉄のキャタピラが、ゆっくりと地下の斜坑を這い上がっていく。
薄暗い遺構から王都の地上へと躍り出た瞬間、初夏のまばゆい太陽の光がサトウたちの視界を包み込んだ。
油圧ショベルの操縦席、その特等席に座るリノは、眩しそうに細めた目をパチパチとさせながら、地上に広がる光景に息を呑んだ。
「お、お戻りになられたぞーーっ!!」
地上の仮設現場で待ち構えていたのは、治水関係の役人や、王宮お抱えの魔導技師たちの大群だった。
彼らはサトウの重機を取り囲むと、一斉に押し合うようにして地下へと続く流路へと駆け込んでいく。
そこは、つい先ほどまで王都を水没させかねない激流と、死霊の毒ガスが渦巻いていた地獄だ。
だが、恐る恐る地下遺構の底を覗き込んだ技師たちは、一瞬で彫像のように硬直した。
「あり得ん……何だこれは……!?」
「大結晶の傷口が、完璧に融着(溶接)されている……! 以前よりも遥かに安定した魔力が、まるで呼吸するように均一に微振動しているぞ!」
彼らの眼下に広がっていたのは、かつて王都を脅かした不法投棄(呪いの楔)が、結晶の亀裂を寸分の隙間もなく塞ぐ完璧な「補強パテ」へと生まれ変わった姿だった。ただの破壊ではない。
バグのエネルギーを構造材として逆利用した、あまりにも精密な現場修繕。
「呪いのエネルギーを組み替えて結晶の補強材にするなど、歴史上どんな大魔導師でも不可能な芸当だ……! これは神の領域の施工だぞ……!」
「フン、だから言っただろ!」
呆然と開いた口が塞がらない魔導技師たちの横で、カレンがふっと誇らしげに胸を張った。ツンと鼻を高くし、流れるような手つきで赤い髪をかき上げる。
続いてエルミアも誇らしげに顎をくっと上げ、
「サトウの積算と技術の前にどんな破滅的な欠陥建築も、ただの『都合の良い資材』に過ぎないのさ。少しはあの男の凄さが分かったか?」
「サトウ様ァァァァァーーーーッ!!」
役人たちの驚愕をかき消すような大音声と共に、建築局長のダムスが文字通りボロ泣きしながら猛ダッシュでサトウの元へ駆け寄ってきた。
立派な髭を涙と鼻水で濡らしながら、サトウの作業服の袖を掴まんばかりの勢いだ。
「あなた方は本当に、我が国の、王都の救世主だ! 予算がないだの、蛇のような蛇腹管だのと言っていた自分が、本当に恥ずかしい! まずは連日の不眠不休の突貫工事、本当にお疲れ様でした……!」
ダムスは一度大きく袖で顔を拭うと、パチンと手を叩いて背後の天幕を指し示した。
「職人の皆様方の飢えと疲れを癒やすため、王宮の料理人を総動員して、最高のご馳走を用意させましたぞ! さあ、中へ!」
案内された特設天幕の中には、これまでの泥臭い現場とは正反対の、目も眩むような豪華絢爛な光景が広がっていた。
大きなテーブルを埋め尽くすのは、見たこともないほど豪奢な料理の数々だ。
ジューッ、ジュワワワと香ばしい音を立てているのは、じっくりと炭火で焼き上げられた最高級魔獣の極上ステーキ。滴る脂がパチパチと爆ぜるたび、濃厚な肉の匂いが鼻腔を狂おしいほどに刺激する。
その傍らには、大運河の豊かな恵みである新鮮な大エビや魚介をふんだんに使い、サフランの黄金色に染まった濃厚なスープが湯気を立てていた。
「……生き返るな」
サトウの冷めた目の奥が、この時ばかりは少しだけ緩んだ。
カレンは自慢の大剣をそっと天幕の柱に立てかけると、ナイフを乱暴に突き立て、焼き立ての肉を豪快に頬張る。
あふれ出す上質な肉汁が、突貫工事で乾ききっていた身体の隅々にまで染み渡るようだ。
「現場の後の飯が、これほど美味いとはな!」すんっ!
口の中でとろけるような柔らかい高級肉を、幸せそうにモグモグと平らげていく。その食べっぷりは、まさに戦場を駆ける戦士そのものだ。
「んん〜〜〜っ! 美味しい……っ!!」
そして、魔力を使い果たしてハラペコだったリノもまた、頬袋をリスのようにパンパンに膨らませてご馳走を楽しんでいた。
だが、ただ本能のままに食べるだけでは終わらないのが、サトウ工務店の優秀な事務兼調理担当である。
リノは魚介のスープをスプーンで一口すするたび、ハッとその長い耳をピンと立たせ、目をキラキラと輝かせた。
「え、でもこのスープ、お肉の旨味だけじゃなくて……少しピリッとする地生スパイスと、朝摘みのハーブの香りが絶妙に『ニコイチ』になってます! なるほど、こうやってじっくり煮込めば、次の現場メシでもみんなの疲労が一発で吹き飛ぶような、スタンスの効いたスープが作れるかも……! すごく勉強になりますっ!」
リノは口の周りにデミグラスソースをべったりと付けたまま、おもむろに懐からクシャクシャの現場野帳(メモ帳)を取り出し、小さな手で一生懸命にペンを走らせ始める。
その健気な姿に、上品にグラスを傾けていたエルミアが、くすっと楽しげに目を細めた。
「ふふ、食べながら次の現場の仕込みを考えているなんてね。リノもすっかり、あの実利主義の男に染まってきちゃったじゃないか」
「むふーっ、サトウ工務店の胃袋は私が守るんです!」
リノは空元気混じりに胸を張り、再びスープへと食らいついた。
宴が一段落した頃、ダムスが何十人もの兵士たちに大きな木箱を運ばせて戻ってきた。
床にドン、ドンと重々しい音を立てて置かれたそれらは、これまでの苦労が一瞬で消し飛ぶほどの、破格の施工報酬だった。
バカッと蓋が開けられた特大の宝箱の中には、天幕の明かりを反射してギラギラと輝く、文字通りの「金貨の山」。
さらにダムスは、仰々しく巻かれた羊皮紙の束と、金色に輝く重厚な金属プレートをサトウの前に差し出した。
「こちらは王都の一等地にある、重機のガレージと資材倉庫を併設できる広大な敷地、および特級事務所の永年権利書です! そして———」
ダムスが恭しく掲げた金色のプレートには、国王直筆のサインと共に、力強い文字が刻まれていた。
――【国認可・特級建築ギルド・サトウ工務店】――
周囲の役人たちから、地鳴りのような拍手と感嘆の声が上がる。誰もがサトウを英雄として称え、その偉業を絶賛していた。
だが、どれほど周囲が熱狂しようとも、サトウは相変わらず淡々としたものだった。
肉を咀嚼する手を止め、ダムスから手渡された竣工届の書類に、慣れた手つきで領収書を添えてサラサラとサインを書き込んでいく。
「注文通りの緊急修繕だしな。工期内に無災害で終わってヨシだろ」
サトウはペンを置くと、椅子から立ち上がり、足元に置いてあった年季の入った工具箱を片手にカレンを振り返った。
「カレン、腹一杯食ったな? 動けるか」
「任せてくれ、サトウ! このくらい、美味しいご馳走を食べた後の腹ごなしにもならん!」
すんっ、と鼻を鳴らしたカレンは、自分の身長ほどもある大剣を背中に回すと、並べられた金貨の詰まった重い麻袋を、両肩に二つずつ、まるで羽毛布団でも扱うかのように軽々と担ぎ上げて不敵に笑った。
タフで頼れる、サトウ工務店自慢のパワー担当だ。
その後ろで、ようやくお腹がいっぱいになったリノが、まだ少しフラつく足取りながらも、嬉しそうに声を弾ませる。
「カレンさん、力仕事ありがとうございますっ! 私、新しい事務所のキッチンを片付けたら、すぐに皆さんに最高の一杯を淹れますね!」
「おう、頼む。……よし、飯も食ったし予算も入った。まずは溜まった重機のオイル交換とフルメンテだ。次の現場がいつ来てもいいように、足元固めるぞ」
サトウの言葉に、カレン、エルミア、そしてリノの三人が、新しい金色の看板を囲むようにして、ビシッと拳を胸に当てた。
王都を救った職人たちは、華やかな王宮の称賛を背に、自分たちの新たな「城」へと向かって、泥臭くも誇らしげに歩みを進めていくのだった。
第34話、楽しんでいただけましたでしょうか?
地下の激闘から無事に帰還したサトウ工務店を待っていたのは、王都上層部からの歓迎とお待ちかねの王宮特製ご馳走でした。
大霊脈を完璧に修繕したサトウのプロの技が評価され、破格の報酬や国認可の「特級看板」まで支給されるという、ひとつの大きな節目となる引き渡し回でした。
みんなで美味しいものを食べて贅沢を堪能する姿、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。
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次の現場(更新)まで、どうぞご安全に!
明日はキララ




