【第三十二話】強制換気と本丸ハツリ
ドクン、ドクンと歪な拍動を繰り返すゴーレムのコアから、どす黒い紫色の有毒ガス(死霊の魔力)が濁流のように噴き出した。
地下遺構の視界は瞬時にゼロへと叩き落とされる。
だが、次の瞬間には、リノが素早く配って回ったプロ仕様の防護マスクを、ダムスや兵士たちが必死の思いで顔に押し当てていた。
密閉されたゴムの感触とフィルターの安心感が、全滅寸前だった彼らの命を辛うじて繋ぎ止める。
油圧ショベルの操縦席で同じくマスクを装着したサトウは、インカムのスイッチを迷わず押し込んだ。
「リノ、ダクトの弁を全開にしろ! 魔導送風機の出力を規定値の百二十パーセントまで過給させろ。焼き切れても構わねえ、回せ!」
『はいっ! ……あまり多くはないですけど、私の魔力も全部使ってください! ——風よ、回れぇぇぇ!!』
インカムから響くリノの健気で、しかし気迫に満ちた叫びと同時に、坑道の奥に設置された魔導送風機が、キィィィンという鼓膜を刺すような超高音の風切り音を上げ始めた。
以前、建築局長のダムスに「何だこの蛇のような見苦しい管は」と鼻で笑われた、あのジャバラ状の送風ダクト。
リノの手によって寸分の狂いもなく連結され、現場の隅々にまで張り巡らされたそのインフラが、リノの限界ギリギリの魔力を注ぎ込まれて狂ったように振動を始める。
ゴオォォォォォォッ!!!
地下遺構の全域に、嵐のような強烈な吸気と排気の気流が発生した。
ダクトの吸引口が、視界を埋め尽くしていたドス黒い有毒ガスを物理的に、そして強引にズズズと吸い込んでいく。まるで大蛇が獲物を飲み込むかのような勢いで、汚染物質が地上へと強制排気されていった。
「リノだけに無理はさせん。……有毒の魔力ごと、大気を凍結させる!」
だが、それでも排気が追いつかない濃度のガスに対し、エルミアが冷徹な判断で追撃の魔法を放つ。
彼女の指先から放たれた極大の冷気魔法が、空気中に残留するガスを直接包み込んだ。バリバリバリ!と硬質な音を立てて、有毒ガスが瞬時に黒い氷の結晶へと変えられ、質量となって床へとバタバタと叩き落とされる。
リノの「チート換気」とエルミアの「精密冷却」、精度そして全員の迅速なマスク装着。
完璧な段取りにより、全滅必至だった地下の空気環境は、一気に見通しの良い「作業可能レベル」へと強制的に改善(環境クリーンアップ)された。
「視界確保! カレン、ラストスパートだ。あのバグの根元を包んでる防護壁をぶち抜くぞ!」
「待っていたぞ、サトウ!」すんっ!
霧が晴れた最前線で、カレンがパッチワークのような幾何学模様の大剣を大上段に構えた。
かつて死の茨のトゲを合金化し、サトウのニコイチ再利用技術によって打ち直されたその大剣。
普通の職人が鍛えた武器ならば、大霊脈の奔流に触れただけで魔力過多で爆散するか、自らの闘気に耐えかねて自壊している。
しかし、サトウが「資材の適材適所」を見極めて再生したこの刃は、新品時を遥かに凌駕する魔導効率を誇っていた。どれだけ手荒に扱おうが、持ち主の闘気を一滴も漏らさずに吸い上げ、極限まで威力を引き上げる。
「オオオオオオッ!!」
カレンの全闘気を宿し、眩いばかりに発光した刀身が振り下ろされる。
ズバァァァン!!!
放たれた全開の一閃は、ゴーレムのコアを守っていた超硬質の岩石防護壁を、まるで熱したナイフでバターを裂くように、綺麗に縦一文字に叩き割った。
ベキベキと音を立てて防護壁が左右に割れ、その奥から、諸悪の根源である「大霊脈を汚染する魔法の楔」が、ついに完全な丸裸となって露出する。
だが、追い詰められた違法建築のバグも、ただでは終わらない。最後の悪あがきとして、周囲の岩盤をメキメキと強引に侵食し、地下遺構の天井そのものをサトウの重機ごと圧殺しようと崩し始めたのだ。
ズガガガガッ! ドゴォォン!
頭上から、家一軒分はあろうかという巨大な天井の岩石が、容赦なく降り注ぐ。
防護マスクを抑えながら、誰もが「退避を!」と叫びかける絶望的な状況。
しかし、油圧ショベルの操縦席に座るサトウは、レバーを握る手を一ミリも緩めなかった。
冷めた目の奥をギラリと鋭く光らせ、油圧ブレーカーの照準を、むき出しになったコアのド真ん中へと完全にロックする。
「工期は一秒も遅らせねえ。……手抜き工事のツケ、ここで全部精算ってやるよ」
崩落する瓦礫の嵐がすぐ目の前まで迫る中、サトウはニヤリと不敵に笑い、油圧ショベルのアクセルダイヤルを限界まで回しきった。
ブゥゥゥゥォォォォン!!!
鉄の塊が咆哮を上げる。
エルミアが凍らせた強固な氷のステージを、鋼鉄のキャタピラが激しく火花を散らしながら蹴り、凄まじい推進力で重機が突撃を開始した。
———シューッ!と油圧シリンダーから高圧の駆動音が吹き出し、頑強な鉄のブームが、降り注ぐ瓦礫の雨を強引に弾き飛ばしながら真っ直ぐに突き進む。その先端に輝く、超重量の油圧ブレーカーが、今まさに明滅するバグの心臓部へ届かんと肉薄していく。
崩落する地下世界、そして迫るタイムリミット。
すべてを呑み込む土砂の嵐の真ん中で、職人の執念を乗せた重機の一撃が、ついに未知のバグへと牙を剥いた。
第32話、楽しんでいただけましたでしょうか?
ガスの強制排気から、カレンとエルミアが障壁をブチ破り、サトウの重機ブレーカーが最後の一撃を叩き込むまでの三位一体のスピード感、少しでも熱狂が伝わっていれば幸いです。
ついに本丸のバグを捉えたサトウ工務店、このまま王都大工事を無事に完了できるのか――!?
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明日はキララ




