【第三話】鉄の咆哮
「ガッ、……ルゥ、ギギッ……!」
崩れ落ちた盾の山。
その鉄と泥の隙間から這い出してきたのは、全身を赤黒く錆びついた甲冑で歪に覆われた、異形の化け物だった。
隙間から覗く皮膚は、生命力を失って土色に変色し、ひび割れている。
それ以上に俺の顔を顰めさせたのは、周囲の空気を一瞬で汚染した、その猛烈な悪臭だった。
腐った肉の饐えた臭いと、湿気た古い鉄の臭いが混ざり合った、かつて働いていたスクラップ工場の肥溜めでも嗅いだことのないような、強烈に鼻を突く死臭。
「……なるほど。テストの相手としちゃ、上等すぎるな」
俺は、先ほど組み上げたばかりの「ニコイチの鉈」の柄を、手のひらでぐっと握り直した。
普通の人間であれば、腰を抜かして逃げ出すか、その威圧感に震え上がる場面だろう。
だが、今の俺の脳内を占めていたのは、目の前の化け物に対する恐怖や生存本能ではなかった。
自分の右手が握る、このツギハギの「作品」が、実戦でどれほどのパフォーマンスを発揮してくれるのかという、狂気的なまでの期待と好奇心だけだった。
化け物が、身の丈ほどもある錆びついた大剣を両手で振りかざし、地響きを立てて突進してくる。
その突撃は、確かに質量と暴力の塊だった。まともに受ければ、人間の脆弱な肉体など骨ごと両断され、文字通りのスクラップにされるだろう。
だが。
「……遅い。あまりにも、軸がブレすぎだ」
俺は、ごく自然に左斜め前へと一歩、踏み込んだ。
工場の現場を舐めてもらっては困る。
数トンクラスのクレーンや油圧プレス機、不規則に火花を散らしながら暴れ回る重機の群れ。
あの狂気的な駆動音の中、一歩間違えれば指が消し飛ぶ「ミリ単位の隙間」に手を滑り込ませ、ボルトを締め直してきた日々に比べれば、この化け物の大振りの軌道は、あまりにも単調で、あまりにも予測しやすかった。
ドガァァァンッ!!
化け物が渾身の力で振り下ろした大剣が、何もない地面の鉄屑を叩き、激しい金属音とともに土煙が舞う。
完全にガラ空きになった化け物の側腹部。
その隙を、俺の職人としての肉体が逃すはずがなかった。
俺は腰の回転を乗せ、右手の鉈を真横へと一閃した。━━━━━━━━━キィィィィィンッ!!!
澱んだ戦場跡の空気に、鼓膜を劈くような、硬質で、しかし極めて澄んだ金属音が響き渡る。
俺が作り上げた鉈の積層刃が、化け物の胴体を強固に守っていたはずの、厚い鉄板の装甲へと吸い込まれるように食い込んでいく。
「……ほう」
その瞬間、右手に伝わってきた手応えは、驚くほどに「軽かった」
まるで、経年劣化でボロボロになったプラスチックの塊を、新品のカッターナイフで滑らかに切り裂いていくかのような、あるいは熱したナイフをバターに突き立てたかのような、あまりにも呆気ない感触。
スキルの【万物再利用】によって、異なる二つのジャンク素材は、分子レベルで完全に融和し、均一な強度へと再構成されていた。
さらに、俺の脳裏にあった現代の高度な研磨理論――刃の角度、逃げ角、そして積層によって生まれた均一な硬度――それらすべてが完璧に噛み合った結果、魔物の分厚い防具は、もはや「防御」としての機能を何一つ果たせず、ただの柔らかい粘土同然に成り下がっていた。
ズガァァァンッ……!!
一拍の遅れを置いて、化け物の巨体が上半身と下半身に真っ二つに泣き別れ、そのまま周囲の鉄屑の山へと激しく激突しながら沈んでいった。
切り口からは黒い体液が噴き出したが、それすらも泥に吸われて消えていく。
「……よし。切れ味と硬度、初期貫通力に関しては文句なしの合格点だ。だが……」
目の前で完全に事切れた化け物の死体には、一瞥もくれない。俺は即座に鉈を目の前に掲げ、その刃先を親指の腹で慎重になぞりながら、冷徹に検分を始めていた。
「やっぱりな。異なる金属を強引に繋いだせいか、衝撃の逃げ場がねえ。まともに硬いものを叩いた時、その微振動がダイレクトに柄を伝って俺の腕の骨に響く。このままだと、あと十何回か全力で振ったら、俺の打撃の反動で手首の腱がイカれるか、あるいは接合部からパキッとクラック(亀裂)が入るな」
実戦という究極のテストを経たからこそ見える、明確な設計上の欠陥、いわゆる「バグ」だ。
だが、それが分かれば話は早い。
対策など、いくらでも頭に浮かんでくる。
「接合部のクリアランスに、少し遊びを持たせるか……? いや、それよりは、あっちの壊れた乗り物の残骸に転がってる、あの廃タイヤっぽい質感の『合成魔ゴム』。あれを薄くスライスして、柄と芯金の間にクッション材として噛ませれば、衝撃吸収の問題は一発で解決するか」
灰色の空の下、冷たい風が吹き抜ける中。
俺の関心は、命を救ってくれた初勝利の余韻などには一秒たりとも留まらず、すでに「次の段階の改良」へと完全にシフトしていた。
確かにここは、まともな人間が暮らすには足場も治安も最悪の、呪われた死界なのだろう。
だが、俺にとっては違う。
手を伸ばせば、あらゆる特性を持った最高の「素材」が、誰に咎められることもなく、無限に、無造作に転がっている。
効率を強要する上司もいなければ、ゴミ扱いしてくる社会もない。終わりのない、最高の、俺だけの宝の山だ。
「さて……」
俺は、足元に転がっている化け物の残骸を見下ろした。
肉は腐り落ちて使い物にならないが、その体表に張り付いている『錆びた鎧』の数々。
「こいつ、ただの鉄じゃねえな。さっき刃を入れた時の粘り気……おそらく、未知の魔導金属が混ざってる。
引っぺがして、不純物を焼き飛ばして煮詰めれば……かなりいい感じの芯材用合金が作れそうだな」
俺は、無意識のうちに口角を深く、凶悪なまでに吊り上げていた。
片手にツギハギの鉈をぶら下げたまま、俺は「新たなお宝」のハギ取り作業を開始するため、歓喜に胸を躍らせながら、再びガラクタの山へと一歩を踏み出した。




