【第二十九話】阻む魔物は『障害物』として処理しろ
「ギチギチギチギチギチ……!」
送風ダクトが送り込む風の音と、油圧ショベルの重低音。その強烈な駆動音に引き寄せられるようにして、地下遺構のどこまでも深い闇の奥から、無数の不気味な鳴き声が響き渡った。
作業用ライトの強烈な光が捉えたのは、大霊脈のエネルギーを吸って異常発達した地下魔物の大群だった。
大人の胴体ほどもある超硬質の甲殻を持った大蜘蛛や、岩肌と同化した巨大なトカゲが、壁や天井を埋め尽くしながら津波のように押し寄せてくる。
「ひ、ひえぇぇ! 遺構の番人だ! 退避、退避ぃぃ! ここはかつて宮廷魔導士の連隊が全滅したエリアだぞ!」
案内役の兵士たちが腰を抜かして悲鳴を上げ、ダムスも己のヘルメットを押さえながらパニックに陥る。
だが、油圧ショベルの操縦席にいるサトウは、全く動じなかった。冷めた目のまま、魔物の総数、迫る速度、そして流動経路をプロの目で冷静に見計らう。
サトウは無造作に窓を開け、拡声器をガッと掴んで口元に当てた。
『ピーーーー』
けたたましいハウリング音が、魔物たちの耳障りな鳴き声を強引に圧殺する。
『こちらサトウ。野次馬は重機の後ろに下がれ。作業半径内に入るな。カレン、エルミア、前線で「一時受け」だ。……これは戦闘じゃねえ、ルート上の残土片付けだ』
「残土処理だな、了解だ! 」すんっ!
サトウのぶっきらぼうな指示を受け、カレンが一番槍として最前線へ飛び出した。
カレンはは跳躍しながら、背に帯びた無骨な大剣の柄にそっと手を触れる。
それはかつて現場に転がっていた「死の茨のトゲ」の超硬質特性を活かし、複数の異なるジャンク金属を複雑にパッチワークのように噛み合わせてサトウが打ち直してくれた、奇妙な幾何学模様を持つ大剣だった。
異なるパーツを組み合わせ、まったく新しい機能を持つ道具へと生まれ変わらせるサトウの無骨な手際。
今でもカレンの腕の延長線上にあるかのように完璧に馴染み、新品時を遥かに凌駕する魔力の通りを見せるその相棒の確かな重みを感じながら、カレンは心の中で深い信頼を再確認する。
(サトウの『再利用』の技術は、あの重機だけでなく、すでに私のこの剣でも証明されているのだな、すんっ)
瞬間、カレンの全身から爆発的な闘気が吹き荒れた。大剣を一閃。
凄まじい風圧と衝撃波を伴う剣風が通路を吹き抜け、突っ込んできた大型魔物の第一波を肉厚な甲殻ごと一刀両断に叩き割る。
飛び散る火花と紫色の体液。カレンは圧倒的な突進力で、重機の手前に「作業安全区域」を瞬時にキープした。
そのカレンの背後から、エルミアが即座に追従する。冷徹な双眸が、カレンの風圧で散らされた無数の小蜘蛛たちを捉えた。
「ふん、まとめて足場を固めてやる。――凍れ!」
エルミアが両手を地面に突き下ろした瞬間、地下遺構の空気が一瞬で結氷点へと叩き落とされた。
バリバリバリ!と激しい地鳴りを立てて、地表が白く凍りついていく。
散らばっていた魔物たちの足元が地面ごと一瞬で凍りつき、その肉体は鉄板よりも強固な氷の塊の中に完全に取り込まれた。
動きを完全に止められ、ただの「動けない障害物の山」と化した魔物たちの前で、エルミアは息も乱さず告げる。
「サトウ、一時受けは完了だ。流路上の障害物はすべて固定した。……いつでもいける」
前線が魔物を一箇所にガッチリと固めたその瞬間、サトウの油圧ショベルが咆哮を上げた。
金属の重い駆動音と共に、サトウは冷めた目を少しだけ細める。
「よし。動かねえなら、ただの『岩盤』と同じだ。……まとめてハツるぞ」
サトウがレバーを引き絞ると、先端に換装された巨大なチゼル(極太のノミ)「油圧ブレーカー」が猛然と位置についた。
━━━ドギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!
地下遺構全体が崩落するかと思えるほどの、凄まじい超連続打撃音と激しい震動が暗闇に鳴り響いた。
サトウの操作によって打ち込まれる一撃は、魔法も剣も通じないはずの、ボス格の超硬質甲殻を持つ大蜘蛛の「構造上の弱点(応力集中点)」を寸分の狂いもなく見抜いていた。
━━━━━ドババババォン!!ベキベキベキッ!!
一撃につき数百トンに及ぶ油圧の物理打撃が、毎分何百回という超高速で打ち込まれる。
いかなる魔力や頑強な甲殻を持っていようとも、建築物理の暴力の前には無力だった。
魔物たちはただの古くなったコンクリートガラのようにベキベキに粉砕され、肉片を撒き散らしながら一瞬で強制解体されていく。
飛び散る甲殻の破片がライトの光に反射してギラギラと輝き、濃密な粉塵が通路を白く染め上げる。それは戦闘というよりも、冷徹で徹底的な「破壊工事」そのものだった。
やがて、凄まじいハツリ作業の音がピタリと止まり、周囲に静寂が戻った。
かつて宮廷魔導士たちを震撼させた魔物の大群は、文字通り「粉砕された残土」の山となり、完全に処理されていた。
「サトウさん、お怪我はありませんか! 後方の資材、すべて無事です!」
白い粉塵が舞う中、リノが重機の後ろからすかさず駆け寄ってきた。彼女はサトウの安全を確認すると同時に、次の作業に備えて予備の油圧ホースや測定器のチェックを素早く済ませていく。
その的確なサポートにもサトウは目の色も変えない。
背後で見ていたダムスや兵士たちは、ガタガタと歯を鳴らしながら、開いた口が塞がらない。
「ま、魔物の大群を……まるで道路の岩でも砕くかのように、ただの残土として処理したというのか……」
サトウはコンソールのレバーから手を離すと、何事もなかったかのように拡声器を掴んだ。
『残土処理、完了。これより前進する。足元注意しろ』
重機が再び黒煙を上げ、粉砕された残土をキャタピラで容赦なく踏み潰しながら奥へと進む。
魔物の大群をブチ抜いたその先、地下遺構の最深部へと到達した瞬間、一同は息を呑んだ。
そこに姿を現したのは、王都のすべての魔力を供給し、都市の基盤を支える巨大な結晶、大霊脈の心臓部だった。
本来であれば神々しいまでの純白の輝きを放っているはずのその結晶。
だが、その美しい巨大結晶の根元には、見るからに不自然で、禍々しい「歪な魔法の楔」が、不法投棄のようにドス黒く突き刺さっていた。
メキメキメキ……と、楔の周囲から毒々しい亀裂が走り、結晶の地盤を内側から激しく侵食している。
それは、保身のために数々の隠蔽を重ねてきた王都の上層部が、大霊脈のエネルギーを不当に吸い上げ、その負荷をすべて地下へ押し付けた結果生まれた――王都崩壊レベルの、最悪にして致命的な「手抜き工事」の証拠だった。
エルミアの精霊視が、その絶望的な光景を映し出して鋭く曇る。
「な、なんて禍々しい……。大霊脈の根幹が、内側から完全に腐りかけている……。これほどのバグ、もう素人の手には負えない……!」
「もう手遅れだ……王都は、我が国は終わりだ……!」
ダムスたちが絶望のあまりその場にへたり込む中、操縦席のサトウだけは、違った。
サトウは窓からそのドス黒い魔法の楔をじっと見つめると、冷めた目をギラリと光らせ、不敵にニヤリと笑った。
「チッ……上等だ。これだけデカい『不法投棄』なら、いい資材が作れそうじゃねえか」
王都を滅ぼすはずの最悪のバグを、最高の「現場ジャンク」としてロックオンした、プロの職人の不敵な顔。サトウ工務店の本当の突貫工事が、いよいよここから始まろうとしていた。
第29話、楽しんでいただけましたでしょうか?
重機の騒音で魔物の群れが襲いかかる大ピンチの中、戦いではなくあくまで「残土処理」としてブレーカーで粉砕していくサトウ。
カレンとエルミアの頼もしい前線支えもあり、サトウ班の三位一体チームワークが光る現場でした。
そして最深部で直面した、王都を揺るがす「本物のバグ」の正体とは――!?
サトウの次の現場が気になる方は、ぜひブックマークや評価で応援していただけると励みになります。次回もお楽しみに!次の現場(更新)まで、ご安全に!
明日はキララ




