【第二十七話】激流を導く「三位一体」の誘導工事
────ドガァァァン!!!
崩壊した純白の魔法壁の奥から、数ヶ月分の水圧を溜め込んだドス黒い泥の激流が、凄まじい轟音と共に押し寄せてくる。
水利大臣や周囲の私兵たちは「ひぃぃ!王都が沈む!」と腰を抜かし、我先にと悲鳴を上げて逃げ惑う。
だが、油圧ショベルの操縦席にいるサトウは、その狂い狂う激流を前にしても冷静そのものだった。
サトウは無言で操縦席の窓を開けると、使い古された拡声器をガッと掴んで口元に当てた。
『ピーーーー』
バチバチとけたたましいハウリング音が現場の騒音を強引に圧する。
『こちらサトウ。予定通りの水量だ。カレン、エルミア、施工計画書通りに誘導しろ。施工開始』
ぶっきらぼうなスピーカー音の合図と同時に、まずは最初の相棒が獰猛な笑みを浮かべて現場へ飛び出した。
「ここがボトルネック(狭窄部)だな! サトウの計算を邪魔することは許さん、すんっ!」
流路の先には、大臣たちが不法に放置していた古い石造りの倉庫や、崩れかけた古いアーチ橋が立ち塞がっていた。
このままでは激流が堰き止められ、周囲の居住区へバックウォーター現象(逆流)を起こしてしまう。
だが、騎士団長のカレンが大剣を抜き、凄まじい闘気を爆発させて先行する。
大剣が石造りの肉厚な壁に叩き込まれた瞬間、凄まじい闘気の衝撃波が炸裂した。
まるで大型の油圧ブレーカーで超高圧の打撃を叩き込んだかのように、激しい火花と粉塵が舞い上がり、巨大な石壁が瞬時に細かく粉砕されていく。
すかさず、サトウの拡声器から怒号のような指示が飛んだ。
『カレン、いいハツリだ! だが破片を左に飛ばすな、民家に当たる! 右の空き地に蹴り出せ!』
「了解だっ!」
指示を受けたカレンは、飛び散るトン単位の瓦礫の巨塊を、まるでサッカーボールのように超人的な膂力で次々と右側へ蹴り飛ばしていく。
凄まじい破壊力と徹底した第三者災害防止(安全管理)。激流が流れるための圧倒的な「川幅(動線)」が一瞬にしてこじ開けられる。
カレンが力技で道を切り開いた直後、その後を追うようにエルミアが現場へ跳んだ。
ハツリ取られたルートの壁際から、周囲の路地へ溢れ出そうとする泥水を、エルミアが冷徹な目で見下ろす。
「……カレン、見事なハツリだ。そこから先は『進入禁止』だな。──凍れ!」
エルミアが両手を地面に突いた瞬間、
バリバリバリ!と地響きを立てて、地表から透き通った氷の防護壁がせり上がった。
それはただの氷ではない。鉄板よりも分厚く、高密度の魔力で固められた即席のガイドレールだ。
────ドゴォォォ!と濁った泥水が猛烈な勢いでその氷壁に激突し、白い水しぶきを上げるが、壁は微動だにしない。
「サトウの計算した流速なら、この厚みの氷で十分間は持つ。……カレン、手を休めるな。次のボトルネックが来るぞ」
エルミアは男前に戦況をコントロールしながら、激流の勢いを殺すことなく氷の滑り台のように誘導し、下流の運河へと水の流れを完璧に一本化していった。
二人が暴れ回って作った完璧な「氷と破壊の導水路」を通り、濁流は一本の矢のようになって下流へと流れ落ちていった。
その行き先は、サトウが重機でヘドロを綺麗に掻き出しておいた、あの広大な運河の底だ。
もし事前に泥を上げていなければ、王都は間違いなく泥水に水没していただろう。だが、サトウが巨大な「受け皿」を空けておいたおかげで、激流は綺麗に運河へと収まり、数ヶ月ぶりに勢いのある美しい水流が王都大運河へと戻っていく。
呆然とそれを見ていたダムスが、膝をガタガタと震わせ始めた。
「あ、あらかじめ泥を上げていたのは……このためだったのか……! すべては彼の設計通り、完璧な段取りの内だったというのか……!」
水が引き、王都を破滅させるはずだった危機が去った現場。
サトウは重機から降りると、待機していたリノが手際よく用意してくれた木製のカップを受け取った。
「皆さん、本当にお疲れ様です!」
カップからは、少しビターで濃い目のコーヒーの香りと、温かい湯気が優しく立ち上っている。サトウは泥と油のついた手でそれを持ち、フゥフゥとすすって短く息を吐いた。
「……生き返るな。やっぱり現場の後はこれだ」
張り詰めていた神経が、じわりと弛んでいく。
その隣では、同じく泥まみれになりながらも完璧に役割を果たしたカレンとエルミアが、互いの木製カップを軽くコツンと合わせ、乾杯していた。缶コーヒーを合わせるような、職人仲間としての無骨な絆。
そこへ、引き締まった表情のエルミアが、川底の地盤を精霊視しながらサトウに歩み寄ってきた。
「……サトウ、お前の言う通りだ。水が引いた川底の奥……さらに深い地下の『大霊脈』に、歪な魔法の楔が打ち込まれている。……人為的なものだ」
王都のメインインフラの最深部に潜む、未知のバグ。
サトウは死んだ魚の目を少しだけ細め、ニヤリと不敵に笑った。
「へえ、やっぱり本丸のバグ(不正工事)は地下深くか。……よし、次は地下の掘削工事に入るぞ。全員、ヘルメットの紐を締め直せ」
サトウは空になったコーヒーカップをリノに返し、再び黄色い重機を見上げる。
「安全第一だ」
王都崩壊の真実が眠る地下ダンジョン編へ。サトウ工務店の次なる突貫工事の幕が、今ここに上がろうとしていた。




