【第二十六話】手抜き隠蔽を剥ぎ取る
「止まれ! ここから先は宮殿直下の神聖なる管理区域である! 何者だ!」
一般人立ち入り禁止の重厚な関門。
守衛の兵士たちが、地鳴りを立てて接近する黄色い油圧ショベルの前に立ちはだかった。
だが、先導する魔導馬車から身を乗り出したダムスが、その怒声を完全に遮る。
「建築局長ダムスである! 緊急の調査につき、道を開けよ!」
「い、いくら局長の命令でも、このような泥まみれの鉄塊を無断で通すわけには……」
兵士たちが困惑した瞬間、重機の影から二人の女性が静かに歩み出た。
兵士たちの視線がその顔を捉えた瞬間、現場の空気が物理的に凍りつく。
「なっ、カレン様……!? 隣は、エルミア様だぞ……!!」
国の最高戦力たる二人が、黄色いヘルメットを被った小汚い作業着男の左右を、まるで専属ガードマンのように固めている異常事態。その事実だけで、背後にある事の重大さを理解するには十分だった。
兵士たちは己の不敬に顔を真っ青にし、血の気が引いた顔で直立不動の姿勢を取る。
「し、失礼いたしましたッ!!!」
大慌てで開け放たれる巨大な鉄門。サトウは視線一つ動かさず、死んだ魚の目のままレバーを握り、重機を最深部へと進めた。
宮殿直下の水利最深部。そこでサトウたちの前に現れたのは、見栄えだけが妙に美しい、純白の「魔法障壁」だった。
まるで全てが完璧に管理されているかのような、完璧な調和を装った壁。
「――ダムス様!? な、なぜここに……!」
私兵を連れて慌てて飛び出してきたのは、恰幅のいい豪華な法衣を着た男――この区域を管轄する『王都水利大臣』だった。
彼は建築局の長であるダムスの手下であり、この水利区域の管理を任されている部下の一人に過ぎない。
ダムスの突然の臨検に、大臣の目は明らかな動揺で泳いでいた。だが、背後の純白の壁を隠すようにして、必死に傲慢な笑みを作る。
「こ、ここは何の問題もございません! ご覧ください、この美しき魔法壁がすべてを守っております。上流の不具合など、何かの見間違いでございますよ!」
大臣は、自分の手抜き工事と隠蔽工作が最高上司であるダムスに露見するのを防ごうと、必死に汗を拭いながらドヤ顔を維持しようとしていた。
だが、その言い訳の途中、コツ、コツ、と金属の鈍い音が響き、大臣の言葉を遮る。サトウが油圧ショベルのバケットを、純白の壁に容赦なくぶつけていた。
「……おい。お前、お仲間から『水圧』って言葉習わなかったのか」
サトウは運転席から身を乗り出すことすらなく、低い声でボソッと言い放った。
「表面だけ魔法で綺麗に塗ったってな、裏側じゃ決壊した水がパンパンだ。裏に溜まった水の圧力を逃す『水抜き穴』が一つもねえじゃねえか。あと数日放置してたら水圧でここごと、王都の中枢が鉄砲水で消し飛んでたぞ。お前がやったのは修理じゃねえ、ただの『爆弾の信管の先送り』だ。……この素人が」
現場の物理法則を完全に無視した、保身のための隠蔽工作(パッチ当て)。
その致命的な大バグを冷酷に看破され、水利大臣はガタガタと目に見えて震え出した。
「な、何を馬鹿なことを……!」
「貴様、大臣!! サトウ殿の仰ることは本当か!?」
サトウの指摘を聞いたダムスが、文字通り鬼の形相で大臣を怒鳴りつけた。
手下の独断による手抜き工事のせいで王都が滅びかけていたのだ。ダムスの凄まじい剣幕に、大臣はついに言い逃れができないと悟り、顔面を蒼白に染めて崩れ落ちた。
「ひ、ひえっ……だ、ダムス様、これには深いわけが! 今すぐこれを壊せば、それこそ水が溢れて大変なことになるではないか!」
「だから、今ここで『制御決壊』させるんだよ」
サトウは重機の窓から顔を出し、すぐ下に立つカレンとエルミアへ直接声をかけた。
「カレン、エルミア。水が溢れたら一気に下流の運河へ誘導しろ。ルートは頭に叩き込んだな?」
その指示に、エルミアが静かに、だが深く得心したように口元を緩める。
「ふん。あらかじめ運河の泥を上げておいたのは、この水量を受け止めるキャパシティを作るためだった訳か。相変わらず段取りが良いな。任せろ」
「ルート上の障害物は私がすべて叩き割る! サトウ、合図を!」
カレンが大剣を引き抜き、凄まじい闘気を放つ。
すべては繋がっていた。あの猛烈な運河の泥の掻き出し作業は、この大決壊の水を受け止めるための「事前の準備」だったのだ。
「サ、サトウ殿……! すべてお任せいたします!
――おい、この愚か者を拘束しろ!!」
ダムスが泣きそうな顔でサトウに懇願し、背後でへたり込む大臣を衛兵たちに引きずらせる。
サトウはそんな騒ぎをノイズとして切り捨て、油圧ショベルのレバーを、ガチリと力強く引き絞った。黒煙が上がり、重機が咆哮する。
「よし。……手抜き工事のパッチ、剥ぎ取るぞ。安全第一だ!!」
━━━━ドガァァァン!!!
重機のバケットが、純白のハリボテ壁を容赦なく粉砕した。
刹那、遮られていた圧倒的な激流が、凄まじい白濁の波となって溢れ出す。
だが、完璧な誘導ルートと、事前の泥浚いによって作られたキャパシティにより、濁流は王都を損なうことなく下流へと流れ込んでいく。
爆音を立てて狂い狂う濁流の真ん中で、黄色い重機が力強くその場を支配していた。王都の闇を物理で暴き立てたサトウ工務店の、反撃の口火が切られた瞬間だった。
第26話もお読みいただきありがとうございます。
魔法で見栄えだけ良くしたハリボテの壁を、現場の物理(水圧)と重機の一撃でブチ抜いたサトウの容赦ない論破、スカッとしていただけたら幸いです。
第2章の開幕に伴い、なんとアクセス数が過去最高記録を大きく突破いたしました……!毎日スマホやPCから現場に直行してくださる皆様の熱量、本当にありがとうございます!
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サトウの次の現場が気になる方は、ぜひ応援よろしくお願いいたします。次回もお楽しみに!
次の現場(更新)まで、ご安全に!
明日はキララ




