【第二十話】聖域に刻む「境界線」
「立ち去れ、鉄の怪物を駆り、聖なる地に杭を打つ者よ! これ以上の蹂躙は———」
半透明の身体に木の葉の鎧を纏った、聖域の古参精霊兵たちが放つ殺気が、肌を刺すように現場を支配した。
しかし、彼らの放とうとする魔力の矢の輝きは、その中心に自分たちの最高指導者であるエルミアの姿を見つけた瞬間、激しく動揺してブレた。
「お、長!? なぜエルミア様が、人間の鉄の怪物と一緒にそんな場所に……!?まさか、人間に囚われて脅されているのですか!?」
侵入者を排除するはずが、偉大なる長が楽しげに(?)工事を手伝っているという異常事態に、弓を構えたままオロオロと大困惑する精霊兵たち。
一触即発というよりは困惑が極まった空気の中、エルミアが一歩、凛とした足取りで前に出た。
その気高き瞳には、同胞を前にしても一切の揺らぎがない。
「案ずるな、同胞たちよ。私は脅されてなどいない。この男、サトウに我が術理を貸し与えたのだ。これは森を侵す破壊ではなく、滞った地脈を未来へ繋ぐための、避けては通れぬ『大手術』だ!」
長としての絶対的な威厳に満ちた、エルミアの大演説。
その言葉の重みに精霊兵たちがさらに「大手術……? 工事……?」と混乱を深めた瞬間、その真横に並ぶカレンが、愛剣を大地の岩盤へと深く突き立てた。
ド、ンッ!
凄まじい衝撃波と共に、カレンの身体から漆黒の闘気が爆発的に膨れ上がる。普段の食欲旺盛な姿からは想像もつかない、王国最高峰の聖騎士としての圧倒的な武の威圧。
「エルミア殿の言葉を疑う者は、まず我が剣が相手になろう。このサトウの工事の行く手を阻む者は、何人たりとも容赦はせぬ!」
エルミアは堂々と工事を宣言し、王国最強の騎士は全力で威圧してくる。
「えっ、本当に味方なの……?」と完全に戦意を喪失し、ただただ圧倒される精霊兵たち。
シリアスで、神々しいまでに格好いい二人の背中を見上げながら、重機の影で待機していたリノが、目を輝かせてサトウの袖を引いた。
「サトウさん、見てください……! あの二人、めちゃくちゃ格好いいですね……! まるで絵本に出てくる伝説の英雄コンビみたいです!」
リノの純粋な称賛に対し、操縦席のサトウはレバーに手をかけたまま、いつも通り淡々と鼻を鳴らした。
「格好つけてる暇があるなら、早くそこをどいてろ。邪魔だ。アイドリングの燃料がもったいねえだろ」
サトウは冷淡にアクセルペダルを踏み込んだ。
重機のエンジンが咆哮を上げ、黒煙が吹き上がる。
精霊兵たちが息を呑む中、サトウは重機を彼らに向けるのではなく、彼らが「絶対に超えられない神聖な封印」だと信じ込んでいた不可侵の巨岩、そしてその周囲をびっしりと覆うおぞましい「死の茨」へとバケットを向けた。
それは、長年の地脈の詰まりによって腐食した魔力が具現化した、森の癌細胞そのものだった。
サトウの左手がミリ単位でジョイスティックを動かす。精霊銀で補強されたバケットの爪が、周囲の健全な木々の根や神聖な地盤を一切傷つけることなく、死の茨の「根元」だけを寸分の狂いもなく正確に捉えた。
――ズ、ズズズズズッ!
凄まじい力技、しかし外科手術のように精密な掘削。サトウがバケットを引き上げ、地中を蝕んでいた黒い塊を根こそぎ掘り起こした瞬間、せき止められていた純粋な清流と澄んだ地脈の魔力が、聖域の奥へと一気に溢れ出した。
ゴォォォ……という心地よい地鳴りとともに、澱んでいた大気が一瞬で霧散していく。
昼なお暗かった不可侵領域に、温かい木漏れ日が燦々と差し込み、木々が歓喜に震えるように葉を揺らした。五感が狂うはずの呪われた聖域が、サトウの「適切な環境改善工事」によって、本来の瑞々しい姿を取り戻していく。
「馬鹿な……我々が命がけで守っていた封印が、実は森を腐らせていたというのか……。それを、あの鉄の塊で……」
精霊兵の隊長は、あまりの衝撃に弓を落とし、サトウの駆る重機の前にその場に崩れ落ちるようにして膝をついた。
それは、偉大なる自然の法則を書き換えた「人間の技術」に対する、最大級の敬意の表明だった。
静まり返る現場で、サトウは平然と運転席から飛び降りると、肩にかけたタオルで汗を拭い、魔導測量機が示す正確な座標へと歩み寄った。そして、一本の木製の基準杭を地面にあてがい、ハンマーで思い切り叩き込む。
コン、コン、コン、と
小気味よい音が聖域に響き渡る。
「よし。これで不可侵領域の測量は完了だ。境界線は確定したぞ。これ以上の地盤沈下もねえ」
サトウはいつも通り淡々と告げた。
その様子を横で見ていたカレンは、腕を組み、いかにも「自分がすべてを解決した」と言わんばかりの満足げな表情で、胸を張ってフッと「すんっ」と澄ましてみせた。自分が格好よく威圧したからこそ、この偉業が成し遂げられたのだと、微塵も疑っていないドヤ顔である。
一方のエルミアは、そんなカレンの様子に内心で呆れつつも、一切表情を変えることなく、いつもの氷のようにクールな佇まいのままサトウを見つめていた。
しかし、その瞳の奥には、自然の神秘すらも上書きしていく男への、確固たる信頼が静かに刻まれていた。
「さて、リノ。腹が減った。今日のご飯は何だ? 予定の工期通りに終わったんだから、少しは豪勢なんだろうな」
「はいっ!昨日の美味しいスープ、実は少し残しておいたんです!それをマカロニグラタンにリメイクしました……あ、それだけじゃありませんよ?食後には冷た〜い果実のデザートまで付いてます! 」
サトウの問いかけに、リノが満面の笑みで応える。
先ほどまで大困惑していた精霊兵たちも、「リメイクグラタン……冷たいデザート……」という魅惑的な会話の響きと、目の前でふんわりと漂ってきた香ばしいチーズの香りに、思わずゴクリと喉を鳴らした。
境界線が引かれた新たな現場で、全員の胃袋が掴まれるのは、もう時間の問題だった。
第20話までお読みいただきありがとうございます!
サトウの技術の前に、過激派の精霊たちまで魅了されていく現場……スカッとしていただけたら幸いです。
そしてラストのグラタンとデザートの匂わせ、お腹が空いちゃいますね(笑)
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明日はキララ




