【第十九話】不可侵領域の「測量」
翌朝の現場は、森の誰もが畏怖する「不可侵領域」との境界線に達していた。
巨木が天を覆い、昼なお暗いその場所で、サトウは冷たい朝露に濡れながら三脚を立てていた。
その上に据え付けられたのは、金属の光沢を放つ魔導測量機だ。
サトウは慣れた手付きでネジを回し、気泡管を見ながら水平を出すと、片目を細めてレンズの奥を覗き込んだ。
「ここから先は、精霊の加護なき者が踏み込めば、またたく間に五感が狂い、底なしの迷路に囚われる聖域。森そのものが明確な悪意を持って侵入者を拒むのだ。……流石に、ここを強行突破するのは無謀と言わざるを得ない」
案内役として横に立つエルミアが、静かに、しかし重い警告を告げる。
だが、サトウはレンズから目を離すことすらなく、実にもそっとした調子で返した。
「座標さえ出れば、森の悪意だか何だかは関係ねえよ。目印が見えなきゃ数字が狂う。道がないなら、俺たちが通るための基準線を引くだけだ」
サトウが測量機のボタンを押すと、レンズの先から、鮮烈な赤色レーザーの基準光が暗い藪の奥へと真っ直ぐに照射された。それは神秘に守られていた不可侵の空間を、容赦のない「直線」という合理性で切り裂く光だった。
案の定、その無礼な光を感知した森の奥から、ガサガサと不穏な葉擦れの音が響く。
現れたのは、半透明の身体に木の葉の鎧を纏った、この聖域を守護する古参の精霊兵たちだった。
彼らは一様に敵意を剥き出しにし、魔力の矢を番えて立ち塞がる。
「立ち去れ、鉄の怪物を駆り、聖なる地に杭を打つ者よ! これ以上の蹂躙は、森の総意として命で償わせるぞ!」
一触即発の緊張感が現場を支配した、その時だった。
「待て、同胞たちよ! これは蹂躙ではない!」
エルミアがすんっと表情を崩さずに前に出る。
彼女の纏う威厳は流石の一言だった
――が、次の瞬間、なぜかその真横にカレンが並び、エルミアと完全に同じ角度でぐっと胸を張った。
「いかにも! これは聖域の蹂躙などではない! いわば、地脈のグレードアップ、神殿の劇的ビフォーアフターである!」
「……カレン、余計な例え話はしなくていい。黙っていろ」
エルミアが表情を変えないまま小声で嗜めるが、カレンの熱い暴走は止まらない。
「エルミア殿、案ずるな。異文化交流と外交は騎士の役目だ! さあ皆の者、よく聞け! このサトウという男は、確かに態度は最悪だし、愛想の欠片もない上に、すぐ『労災』だの『工期』だのと世知辛いことばかり言う! だが、彼が作る飯だけは、腰が抜けるほどに美味いぞ! 昨夜のスープなど、パイの蓋を割った瞬間に天国が見えた!」
「……話の論点が致命的にズレている。なぜ今、飯の評価をしているのだ」
頭を痛めるエルミアだったが、精霊兵たちが聞く耳を持たずに威嚇の矢の光を強くした瞬間、彼女の魔力の波長が、カレンの闘気と完璧にシンクロした。
二人は一歩も引くことなく、息の合った美しい連動で、同時に武器を構える。
エルミアの指先には白銀の魔導の光が、カレンの長剣には鋭い斬撃の軌跡が爆ぜた。
「……退け。この男の工期を遅らせることは、この私が許さぬ。地脈の詰まりを直さねば、結局この森が腐るのだ」
「その通りだ! 工期の遅れは、我々に提供される夕食の質の低下、およびリノ殿の特製デザートの取り消しに直結する! 我らの死活問題なのだ!」
どこまでもシリアスで気高いエルミアの決意と、どこまでも食欲と本能に忠実なカレンの熱意。
目的の動機はあまりにも噛み合っていないようでいて、その実、「サトウの工事の邪魔をさせるわけにはいかない」という一点において、二人は一糸乱れぬ完璧なコンビネーションを発揮していた。
そんな二人による、頼もしい(?)包囲網の後ろから、機械の駆動音と共にサトウの冷ややかな声が飛んでくる。
「……おい。お前ら、お喋りはそこまでにして早く道を作れ。奴らの魔力のせいで、レーザーの反射光の数値がさっきからブレまくってんだよ。早くしないと、今日の分の杭が打ち終わらねえぞ」
サトウの容赦のない催促に、エルミアは小さくため息をついた。しかし、その美麗な唇の端には、かつてない微かな笑みが浮かんでいた。
彼女は自分の誇りをかけて、そして次の「燃料補給」の時間を守るために、同胞たちを実力で説得すべく、最初の一歩を力強く踏み出したのだった。
第19話、初の日曜日お昼更新にお付き合いいただきありがとうございます!
緊迫した状況のはずが、カレンの的外れな説得のせいでどこかコミカルな現場になってしまいました。
エルミアとの(噛み合っていない気しかしない)コンビネーション、そして後ろから冷や水を浴びせるサトウの構図を楽しんでいただけていたら幸いです。
現場がますます賑やかになってまいりましたが、「面白い!」と感じていただけたら、ぜひ評価やブクマで応援をよろしくお願いします。
それでは、次回の更新までどうぞご安全に!
明日はキララ




