【第十七話】現場の『詰まり』を解消せよ
大気が、死の予感に震えていた。
重機のバケットが突き刺さった地表から、どす黒い魔力の奔流が噴き上がる。精霊銀の爪が激しく火花を散らし、金属が悲鳴を上げるたびに、周囲の空間が歪んで見えた。
「……馬鹿な、封印されていた『古の術理』が、精霊銀の魔力に反応したというのか……! 今すぐ退避しろ、サトウ! 精霊の儀式による鎮魂がなければ、この森ごと飲み込まれるぞ!」
岩の上でエルミアが叫ぶ。
その白い肌は青ざめ、かつてない動揺を露にしていた。だが、操縦席のサトウは、計器類が狂ったように針を振るのを横目で見ながら、冷徹に地表の挙動を観察していた。
「儀式だと? そんなもん待ってられるか。圧力が逃げ場を失って、この重機がスクラップになるのが先だ」
「貴公、何を……! これは呪いだぞ、人間の手に負えるものでは――」
「呪いだろうが何だろうが、この挙動はただの『噴発』だ。地中に溜まった高圧のエネルギーが、俺の掘った穴から出口を見つけて暴れてるだけだ。理屈は高圧ガスと同じなんだよ」
サトウの言葉には、超常現象に対する恐怖が一切なかった。彼に見えているのは、神秘的な災厄ではなく、制御を失った「流体」と、それに耐える「構造体」の力学だけだった。
「リノ! 前に試作した、魔力伝導率の高い薬液……『グラウト材』の代用になるやつを持ってこい!
カレン、お前は反対側の牽引フックにワイヤーをかけろ。重機が飲み込まれる前に踏ん張るぞ!」
サトウは左手のジョイスティックを繊細に操作し、
バケットを「あえて」引き抜かず、噴出孔を蓋するように深く押し込んだ。ブームの油圧シリンダーが限界近くまで伸長し、重機のエンジンが咆哮を上げる。
「エルミア! 突っ立って見てる暇があるなら、その呪いの噴出孔に、リノの薬液を流し込むための導線を作れ!」
「私に……『工事』を、手伝えと言うのか……!?」
エルミアの声が震えた。
数百年を生きる精霊の長である彼女にとって、土にまみれ、機械を助けるなど、想像の範疇を超えた提案だったはずだ。しかし。
「さっさとやれ! 専門家なら、自分の土地が壊れるのを黙って見てるな!」
サトウの怒号が、エルミアの動揺を射抜いた。
土地を守る専門家。
その言葉が、彼女の根底にある「長としての誇り」を真っ向から肯定し、同時に今の無力さを突きつける。
エルミアは唇を強く噛み締めると、迷いを断ち切るように両手を突き出した。
「……承知した。この地を穢す無体を止めるためだ。貴公の『工事』とやらに、私の術理を貸し与えてやる!」
彼女が紡ぐのは、【精霊統御・銀鎖の檻】
指先から放たれた白銀の魔力が、目に見えぬ幾千の鎖となって、暴れ狂うどす黒い奔流を「物理的」に締め上げ、一本の細い管へと強制的に圧縮していく。
それは破壊的なエネルギーを無理やり一点に集中させる、神聖にして残酷な術理だった。
「今だ、ブチ込め!」
サトウは右足のペダルを踏み込み、グラウトポンプを全開にした。精霊銀の爪の裏側に設けられた注入孔から、銀粉と魔導触媒を練り込んだ特殊薬液が、地中へと噴射される。
激突。
負のエネルギーを帯びた黒い呪いと、魔導触媒を含んだ銀の薬液が、地表下数メートルで真っ向から衝突した。
ド、ドォォォォン!!
真空が弾けるような衝撃波が現場を駆け抜ける。
薬液が呪いの魔力を「吸着」し、瞬時に結晶化を始めた。黒い霧と銀の飛沫が混ざり合い、凄まじい熱量を持って水蒸気が噴き上がる。
サトウは重機が転倒する寸前の挙動をレバー、一本で制御し、注入圧力を一定に保ち続けた。薬液が呪いの隙間を埋め尽くし、流動性を奪っていくのを、指先の振動から読み取る。
――ズ、ズズ……。
やがて、大地を揺らしていた狂乱が、嘘のように止まった。
呪いの奔流はリノの薬液によって無機質な「石」へと変えられ、地中に完全封鎖されたのだ。
あとに残ったのは、泥だらけになった重機と、立ち込める土の匂いだけだ。
エルミアは、泥に汚れた自分の手を見つめたまま、呆然と立ち尽くしていた。数百年もの間、精霊への祈りと儀式でしか抑えられないと信じられていた「災厄」が、鉄の塊と薬液、そして「力学」という極めて無機質な手法で沈黙したのだ。
「……終わったな」
サトウが操縦席から降り、泥まみれのバケットを一瞥する。そこには、精霊銀で補強したはずの爪が一本、無残に折れ曲がっていた。
「おいエルミア。想定外の地質で機材が損傷した。これ、当然『労災』で落ちるんだろうな? 修理費と、この特殊工法の追加報酬、きっちり請求させてもらうぞ」
死線を越えた直後とは思えないサトウの事務的な問いかけに、エルミアは力なく笑うしかなかった。
第17話までお読みいただきありがとうございます。
地中のトラブルに対し、魔法ではなく「現場の知識」で立ち向かうサトウ。
異世界の常識に真っ向から「労災」を突きつける彼のスタイル、いかがでしたでしょうか。
呆れながらも笑ったエルミアとの距離感も、少しずつ変化してきたようです。
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本日もどうぞ、ご安全に!
明日はキララ




