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【十六話】暁の食事パイ(あるいは現場の塩分補給)+

昨夜更新した第16話ですが、サトウとエルミアのやり取りにどうしても加えたい描写があり、本日朝に加筆修正を行いました。

昨夜お読みいただいた方も、よろしければもう一度覗いていただけると嬉しいです。


お騒がせしてすみませんorz


夜明け前の現場は、冷たい霧が重機を包んでいた。

サトウは無言で、昨日精霊銀で強化したバケットのボルトを締め直している。


その傍らで、リノが焚き火の上に鉄板を広げていた。


「サトウさん、今日はいつか別の料理で使おうと寝かせておいたパイ生地を持ってきました。甘いのもいいですけど、今日はこっちです」


リノが生地に包んだのは、厚切りのベーコンと、塩気の強いチーズ、そしてたっぷりの黒胡椒だ。

焚き火の熱でパイが膨らみ、ベーコンの脂が爆ぜる香ばしい匂いが立ち上る。


「……以前、あの林檎の入った菓子アップルパイを食べたが」

カレンが、食い入るように鉄板を見つめながら呟いた。


「まさかリノ、このパイというやつは……ベーコンの脂まで包み込んでしまうのか? 甘いものから、このような猛々しい塩気まで……この生地、底が知れぬな!」


騎士時代には縁のなかった「背徳の味」の予感に、カレンの喉が鳴る。


一方、岩の上に座るエルミアは、相変わらず「すんっ」とした無表情を崩さない。だが、その鼻腔は確実にベーコンの香りを捉えていた。


「……理解不能だ。だが、昨日の『ふいご』による筋力の摩耗を補填せねばならぬのも事実。……あくまで、今日の作業効率のための燃料補給だ」


エルミアはそう断じると、焼き立てのパイを「事務的」な手つきで受け取った。

指先に伝わるのは、生地に染み出したベーコンの熱い脂の感触。彼女は眉ひとつ動かさず、その黄金色の層を薄い唇で割った。


 サクッ、と。

 静寂の中で、小気味よい破壊音が響く。


何層にも重なった繊細な生地が弾けると同時に、閉じ込められていた燻製の香りと、チーズの暴力的な塩気が彼女の口腔を蹂躙した。

 

エルミアの長い睫毛が、微かに震える。

「すんっ」とした無表情を維持してはいるものの、咀嚼する速度は明らかに「事務的」な領域を越えていた。喉が細く鳴り、熱を帯びた脂が全身の細胞に染み渡っていくのを、彼女は冷徹に、しかし貪るように受け入れた。


言葉には出さない。だが、指先についたパイ生地の破片すら逃さず処理するその一連の動作の鮮やかさが、彼女の「敗北」を何よりも雄弁に物語っていた。




「ふふ……ふふふ。力が、腹の底からみなぎってきたぞ……!」

ベーコンの塩分と脂を摂取したカレンが、ギラついた目で立ち上がる。


と、同時だった。


隣にいたエルミアもまた、誰に指示されるでもなく、静かに、かつ淀みない動作で「すんっ」と立ち上がったのだ。


一方は戦意に満ちた騎士の顔。

一方は冷徹な超越者の顔。


性格も種族もバラバラなはずの二人が、なぜかこの瞬間だけは、同じ「獲物(現場)」を狙う獣のような鋭い波長を共有していた。


「サトウ! 朝飯(燃料)は食った! さあ、早く重機を動かせ、現場に入るぞ!」

カレンが咆哮に近い号令をかける。エルミアは何も言わず、ただ無言で弓を背負い直し、当然のようにカレンの半歩後ろについた。


「……お前ら、マフィンよりこっちの方が効くのかよ」

いつになく前向きすぎる女子二人の圧力に、サトウはわずかに引き気味で操縦席に飛び乗る。


精霊銀の爪が朝露を弾き、再び深層の岩盤へと突き立てられた。泥水とともに過去の堆積物が流れ出し、現場は昨日以上のスピードで進捗していく。


一日の作業を終え、泥にまみれたカレンを見ながら、サトウがふと尋ねた。

「お前、明日もこれ(ベーコンパイ)にするか?」


「……サトウ、愚問だな! 明日は今日より厚切りのベーコンを用意しろ!」


カレンが力強く宣言すると、それまで「すんっ」としていたエルミアも、微かに、本当に微かに頷いた。

その様子を見ていたリノが、弾んだ声で割って入る。


「ふふ、かしこまりました! 特注の厚切りベーコン、ばっちり仕込んでおきますね!」


サトウは「やれやれ」と肩をすくめ、重機の操縦席へと乗り込んだ。


狭いキャビンの中でレバーを握り、密閉された空間を作るためにハッチを閉める。

 ――はずだった。


サトウがハッチに手をかけた瞬間、

大地が「鳴った」。


それは重機のエンジン音でも、排水の流れる音でもない。もっと深く、森の根源から響いてくるような不気味な震動だ。


「……なんだ?」


サトウの視線の先で、異変が起きていた。


精霊銀の爪を立てたままのバケットが、まるで何かに拒絶されるように激しく火花を散らしている。バケットを通して伝わる振動は、これまでの「硬い岩盤」のそれではない。


何かが、重機の鉄を、そして精霊銀の装甲すらも「蝕もう」としていた。


岩の上にいたエルミアが、弾かれたように立ち上がる。その表情からは先ほどの「すんっ」とした静寂が消え失せ、見たこともないほどに青ざめていた。


「……馬鹿な。封印されていた『古の術理』が、精霊銀の魔力に反応したというのか……!?」

エルミアの叫びと同時に、バケットが突き刺さった地中から、どす黒い魔力の奔流が噴き出した。


計器類が狂ったように針を振る。

重機が、今まで聞いたこともないような悲鳴きしみを上げ始めた。


サトウは冷や汗を流しながら、必死にレバーを操作してバケットを引き抜こうとする。だが、重機はまるで深淵に飲み込まれるかのように、ピクリとも動かない。


「……おい、マジかよ。工期、大幅に遅れるぞ、これ」

死の危険よりも先に、進捗への絶望がサトウの口を突いて出た。

静寂は去った。

目の前にあるのは、現代土木と古代魔法が真っ向から衝突する、最悪の「現場」だった。



第16話までお読みいただきありがとうございます。


本編、どうしても描写したいシーンが溢れてしまい、大幅に加筆修正を行いました!

パイを堪能するエルミアの姿から、一気に「現場」が動き出す展開……。

カレンとの意外な(?)コンビネーションも相まって、サトウの現場監督としての腕の見せ所となりそうです。


面白いと思っていただけたら、ぜひブックマークや評価での応援をお願いします!執筆の大きな励みになります。

それでは、次回の更新まで。

ご安全に!


明日はキララ

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