【十二話】境界線の攻防(三脚無双)
「無知なる人間よ。ここは精霊の息吹が宿る聖域。我らが森が拒絶した杭を、再び打ち込もうとは……死を以てその罪を贖うか?」
深い霧の中から現れたエルフの斥候長が、鈴を転がすような声で冷酷に告げる。その背後には、抜き身の細剣と、弦を引き絞った弓を構えたエルフたちが並んでいた。
だが、サトウは怯むどころか、泥のついた境界確定図を広げ、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「精霊の息吹? 測定不能なエネルギー体に土地の所有権はない。この杭は、王国政府の都市計画に基づいた正当な境界標だ。抜いてこちら側の敷地に捨てたのはお前らだな? 刑法第二百六十二条の二、境界損壊罪の疑いで告発してもいいんだぞ」
「……サトウ、貴公。なぜ精霊の民を相手に、法律で殴りかかっているんだ……!?」
カレンの戦慄を余所に、交渉決裂と判断したエルフが指を鳴らす。
直後、地面から急速に伸びた茨の蔦がサトウの足元を狙い、鋭い突風が視界を遮る。
「リノ、レベル(測量機)を死守しろ。カレン、作業エリアの安全を確保(警備)しろ!」
サトウの非情な命令が飛ぶ。
カレンは反射的に腰の剣へ手を伸ばしたが
――そこには、昨夜から磨き続けていたワイヤーブラシしかない。
「……ええい、ままよ! サトウ、貴公は測量を続けろ。ここから先は、たとえ精霊であっても一歩も通さん!」
カレンは資材搬送中だった「アルミ製・伸縮式三脚」をひったくるように掴んだ。
(私は何をしている!? かつては聖騎士として龍を屠った私が、今は測量機材でエルフを追い払おうとしている……。だが、この三脚……重心のバランスが絶妙で、驚くほど手に馴染むぞ!)
シュッ!と、カレンが三脚を旋回させる。
襲いかかる蔦に対し、彼女は三脚の脚を瞬時にスライドさせ、間合いを伸ばして叩き斬った。
伸縮機能を利用した変則的な一撃は、エルフの剣士たちの予想を遥かに超える軌道を描く。
「な、なんだあの銀色の棒は!? 魔法も通じぬというのか!」
三脚の石突(先端の尖った部分)が、放たれた精霊の矢をピンポイントで弾き飛ばす。
カレンの動きは、もはや剣術の域を超え、完成された「三脚術」へと昇華していた。
「カレンさん、ナイスガードです! そのまま守りきれば、今夜のデザートに『揚げマフィン』作っちゃいますからね!」リノの弾んだ声が戦場に響く。
カレンが三脚で矢を弾き飛ばしながら
「揚げ……マフィンだと?」と問い返すと、
リノは魔導書を片手に、満面の笑みで「ヒント」を投げた。
「マフィンをラードでカリッと揚げて、シナモンシュガーをたっぷりまぶすんです! 外はサクサク、中はふっくら……サトウさんの現場で一番人気の、禁断のハイカロリーおやつですよ!」
「(……サクサク、だと? 昨日の重労働で、私の脳は今、糖分と脂質を何よりも欲している……!)」
「承知した! 現場の平和と、揚げマフィン……いや、サトウの背中は、この私が死守する!」
カレンの瞳に宿る、かつてないほどの決意。
彼女は三脚を天高く掲げ、魔力を込めて一気に薙ぎ払った。アルミ合金の剛性と魔力が生んだ衝撃波が、エルフの斥候たちを「殺さず」に吹き飛ばす。
「……よし。ポイント再固定、測量誤差ゼロ。打ち直し完了だ」
火花散る戦闘の真っ只中、サトウは微動だにせず、カレンが守り抜いた三脚の上にレベルを据え直した。その異常なまでの職人気質(プロ意識)に、生き残ったエルフたちが戦慄する。
その時、森の奥から圧倒的な魔力のプレッシャーが漂い出した。
霧を割り、長い銀髪を揺らして現れたのは、森の主たる「エルフの長」であった。
「……人間よ。この森の理を乱す対価、高くつくぞ」
だが、サトウは図面を畳み、ポケットからペンを取り出した。
「あんたがこのエリアの責任者か。ちょうどいい。不当占拠と不法投棄、及び公務(施工)執行妨害による工期遅延の賠償金……概算の見積もりを出しておいたぞ。話せる場所へ案内しろ」
サトウが突きつけたのは、請求書という名の宣戦布告だった。




