第一章 目覚め その5「特異体質」
神崎戦哉は、特異体質である。
彼は、他人の感情を感じ取ってしまう。
楽しいや嬉しいなどのプラスの感情、寂しいや悲しいなどのマイナスの感情、そして時に痛みや苦しみの感覚まで、彼は見るだけでその人が今どんな感情を抱いていて、どんな事を感じているのかなどを瞬時に読み取ることが出来る。
いや、正確に言えば、読み取ってしまう。
例えば、クラスで楽しく話す二人の生徒を見て。
片方はとても楽しいという感情、だがもう一方は少々苦しい、という感情。
例えば、イチャついてるカップルを見て。
片方はとても愛おしいという感情、だがもう一方はそうでもないという感情。
例えば、笑顔で接客している店員を見て。
その笑顔とは、正反対の苦しくてしょうがないといった感情など。
その人だけしか知らないはずの感情を、彼は感じ取ってしまう。
彼自身、いつからこんな体質になってしまったのかは分からない。
確か幼いころの記憶には、自分以外の他人のことをもっと知りたい、なんて望んでいた時期もあったはずなのに、気づけばこんな体質になってしまっていた。
そんな体質に、彼は日々苦労を強いられていた。
人が表に出さない感情、見えなくていいはずの感情が勝手に見えてしまう。それは、彼の中での人という存在に対して信頼感を下げると同時に、日々、心をすり減らす要因には十分すぎるという程になってしまっていた。
特に、強いマイナスの感情は本来の彼の感情を飲み込み、蝕んでしまうことがある。
恐怖、悲しみ、怒り、そして時に、強い痛みという感覚。
これまで、幾度となく強いマイナス感情に心を飲まれ、蝕まれ、病んできた。周りを巻き込んでしまった程の大事件にまでだって、なってしまったこともある。
しかし彼は、それをなんとかこれまで乗り越えてきた。彼は挫けず、腐らずここまで生きてきた。
彼自身の頑張りも、もちろんある。
しかし、彼がここまで挫けず腐らず生きてこれた最大の要因は、姉、ユリの存在であった。
ユリは彼がこの体質を発現させてからというもの、いや、それよりもずっと前から、決して彼の存在を否定せず、そばを離れず、ひたすらに寄り添い、時には喝も入れ、彼を隣で必死に支えてきた。
ユリの存在がなければ、彼の心はとっくの昔に朽ち果てていただろう。
だからこそ、当の彼、神崎戦哉は真剣に悩んでいた。
(う~ん、どうしたもんかなぁ~。……さっさとこの体質を克服して、独り立ち出来るようにしねぇといけねぇのになぁ~)
爽やかな青空の下。
そんな青空とは裏腹に、彼は学校までの通学路を、頭上に伸びる飛行機雲を眺めながら眉間に皺を寄せ、真剣に悩みながら歩いていた。
戦哉の脳裏に響くは家を出る直前の姉の言葉。
「何、心配すんな‼ その体質が克服できるようになるまで、姉ちゃんがずっとそばで面倒見てやるから。たとえ何年かかったとしても、一生かかったとしてもなぁ!」
(ん~、......ありえる。……あの姉なら冗談じゃなく、マジでありえる。このまま俺がこの体質を克服できなければ、おそらく無理やりにでも一生そばにいようとしてくる)
戦哉は眉間に皺をよせながら、頭を抱え込むようにして悩みこむ。
戦哉自身、姉には非常に感謝している。ここまで真っ当に生きてこれたのは姉のおかげだとしっかり自覚もしている。
だからこそ、戦哉は姉の幸せを望んでいるのだ。
面倒な、この体質に関わることなどから解放されて、姉に見合った人と一緒になって幸せを掴んでもらいたい。姉の人生の障害にだけはなりたくない。
それが戦哉としての今一番の望みである。
しかし、
(......むしろ、あの姉貴は、俺がこの体質を克服できてない現状を喜んでいる可能性すらあるんだよなぁ。そして一生、俺の面倒を見ることを大いに望んでいる節まである)
以前、戦哉は家で、仕事終わりにだらけている姉にさりげなく尋ねたことがある。姉は結婚などに興味はないのか、良い人はいたりしないのか、そのままだと婚期逃すぞ、と。
すると満面の笑みで、
「あたしにはあんたの面倒を見るという立派で大変な姉としての使命があるからなぁ~、知らん男にかまけてる時間は一切ないんだなぁ~‼ ああ、困った、困った、姉という役割は大変だなぁ~。
……もし、婚期を逃しても、次は、あんたが私の面倒を見てくれれば、それでバッチリ‼ そうすれば姉弟二人、生涯孤独になることはないZEッ!」
と、それはもう嬉しそうな笑顔で、サムズアップした手をこちらに向けてきやがった。
それを見て戦哉は思った。
(俺、姉貴が結婚しなくていい、免罪符にされてるな、これ)
そして、同時に
(この体質を早く克服せねば、俺は一生、姉に離してもらえなくなる‼)
戦哉はこの時、一刻も早く体質の克服を強く決心した。
ちなみに、その時ついでに
「あとお前、次、そんなことを姉に対して追求したら半殺しだからな!」
と、低めの声で、顔は笑っているのに、目が笑っていない顔でサラッと言われた。
(ホントに、どうしたもんかなぁ~~~)
戦哉の悩みは考えれば、考えるほどより一層深刻さが増すばかりだった。
しかし、結局のところ戦哉自身がこの体質を克服、それが出来なくても最低限コントロール出来るようになってからじゃないと解決策は見つからない。
独り立ちの話し合いの席に、ユリを着かせることすら不可能だろう。
(やっぱりとりあえずは、感情もってかれねぇように特訓するしかないか)
決意新たに戦哉は、ため息を吐きつつ、拳を握り、気合を入れなおした。
(よしっ、それじゃあ早速、早めに学校に行って、朝のホームルームまでスマホで適当なニュ-スでも見とくか)
そう思い、戦哉は学校へ向かう足を速めようとした、その時。
「おい、神崎‼」
後ろから、荒げた声が聴こえてきた。
早めようとした足を止め、後ろを振り返る。
そこにはいかにも不良です、といった風貌の4人組が立っていた。
「ちょっとツラかせや」
不良の片方の男が親指を後ろにクイッとしながらそう言ってくる。
(うげッ、めんどくさいのにつかまった‼)
戦哉は、何とか逃げれないかと後方を確認するも、いつの間に現れたのか、これまたいかにもな2人の男が立っていた。
全部で6人、戦哉は囲まれていた。
これではもう逃げるという手段は厳しい、ついていくしかないだろう。
(はぁ~~~~~~~、もう、めんどくさッ‼)
戦哉は、爽やかな青空の下、心の中で全力で叫んだ。




