行間 「忍び寄る影」2
「いや~この世界だと、こんな扉一枚、壊すのにも一苦労。めんどくさくてしょうがないね」
暢気に喋りながら、女性は右手で持ったライフルを右肩にポンポンとあてる動作で、こちらに近づいてくる。
引き金に指すらかかっていない、その様子には全くの殺意も攻撃意欲も感じられなかった。
銃を持った男はそれを油断と受け取り、今しかないとその手に持っていた銃の弾数全てをその女性に対し放った。
ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッと、部屋の中にいくども銃声が鳴り響く。
次第に銃は弾切れになり、カチャッ、カチャッ、としか音を立てないようになった。
部屋に充満する硝煙の匂い。
しかし、撃たれたはずの女性本人は1歩たりともその場から動かず、先ほどと変わったことと言えば顔の前に握り拳を掲げているだけだった。
「あ~、あ~、ダメダメ。私たち覚醒者に、この世界の銃弾なんか効くわけないでしょ。ここの研究員はそんなことも忘れちまったの?」
佇む女性の顔には呆れの色が浮かんでいた。
「……やっぱ、数十年はという年月は長いか。私なんかに撃つからせっかくの銃弾が、ほら、この通り」
女性は、顔の横に掲げた握り拳を開く。
そこからジャラリと潰れた弾丸が、男が撃った数だけ落ちてきた。
手袋一枚の女性の手のひらは火傷一つない無傷の状態だった。
銃を持っている男の顔が一気に真っ青になる。
「薬を打てッ‼ データ入力の時間を稼ぐんだ」
真っ青になった男が叫ぶ。そして同時に叫んだ男自信も首元に注射器をあてる。
「……ッ…」
蹲って怯えていた男も胸ポケットから注射器を取り出し首にあてる。
次の瞬間、二人同時に注射器に入った緑色の液体を自らの身体に打ち込んだ。
「あ~あ、また話も聞かず打ち込みやがったよ、こいつら」
女性がその光景を見て、ため息をついた。
「う、うごッぁぁぁぁあああああああああああああああああ」
「ぎ、ぎがぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ」
注射器を打ち込んだ2人は急にうめき声を発し、悶え、苦しみ始めた。
白目を向いて、全身を痙攣させる2人。身体中の血管を浮かび上がらせて苦しむ様子は、2人が今にもこと切れてしまいしまいそうな印象を与えた。
しかし、それとは逆に身体に変化が起き始める。身体中の筋肉がバクンッ、バクンッと音を立てて、だんだんと肥大化していく。彼らが来ていた白衣は筋肉の肥大化に耐えきれずビリビリに破けていった。
表に晒された上半身の肉体は筋肉隆々で、しかしその肌の色は正常とは言えず、薄緑色に染まっていた。
「グガァァァぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ」
「ギギガガガァァァァァァァあああああああああああああああ」
もはや人間とも思えないうなり声を上げる2人。
そのまま立ち上がった二人は、部屋の天井スレスレの3メートルを超す巨体へと変わっていた。
その顔も、毛は抜け落ち、眼球は充血、肥大化、輪郭すらも変わっており、どちらががどちらだったのかも判別できないほどの恐ろしいものへと変わっていた。
蹲っていたほうの方の傷も完全にふさがっている様子だ。
「私はただ、尋ねたいことがあっただけなんだが、どうして誰も話を聞かずに怪物化しちゃうかな~。やっぱり最初に銃持った状態で窓から突っ込んだのが悪かったのか?」
目の前で起きている異常事態に目もくれず、女性はただ思い出すように考えるそぶりをしているだけだった。
3メートルを超す怪物の目に女性が映る。
怪物は、その筋肉が肥大化した巨大な腕で女性のいる場所めがけ拳を放った。
ひょいッと後ろに距離を取りかわす女性。
ドゴンッ
物凄い打撃音が響いた後女性が先ほどまで立っていた地面は大きく抉れ、周りがひび割れていた。
「まぁ、こうなったら話も聞けないし、殺すしかないよなぁ~」
女性はそんな光景にも全く動じず。
暢気にまだ考えるそぶりを続けていた。
女性は顔を上げる。
「向こうはやる気みたいだし~、最後のお片付け、やりますか‼」
女性の目に怪物2体が映りこむ。
次の瞬間、女性の目はその髪の色と同じく、強く真っ赤に光りだした。
そしてそれは目だけではない。
女性は右腕の拳を握る。右腕全体にひび割れのような赤い痣が出来始め、それが強い光を帯びる。
「片腕だけで相手してやる、一撃では終わってくれるなよ」
女性は顔をニヤつかせながらそう呟いた。
数分後。
先ほどまで3人の男性たちが立てこもっていた部屋は緑色の血に染まっていた。
「…で、生き残ったのは、あんただけだけど…どうする?」
女性は片手でつかんだ怪物の頭をポイッと投げ捨てると。
ただひたすら、パソコンに何かを打ち込み続ける男に喋りかけた。
「何もしないってんなら、こちらの質問に答えてほしいわけだけど......この建物の研究員さん、皆、話も聞かずに怪物になって死んじゃったから、あんたが最後の頼りだよ」
女性は男の背中に話しかける。
が、全く聞くそぶりは見えず、キーボードを叩き続けるだけ。
「……ねー、ちょっとー、聴こえてる?もしもー「ついに打ち込み終わったぞー‼」ッ⁉」
女性が尋ね続けていると、急に大声を上げ、こちらを振り返る男性。
あまりの突然の行動に女性は身体をビクつかせてしまう。
「これで叶ったぞ、われらが悲願。作戦の要の戦闘隊長には裏切られ、もうダメかと思っていたが、ボスの指示のもと、ここまでやってきたことがやっと報われる」
両手を天井に掲げ、高らかに叫ぶ男に、若干引き気味の女性。
「……これでお前ら、覚醒者も終わりだ。お前らの探し物は見つからない。最後には俺たちの国が勝つ‼」
突然、人差し指を突き出し、謎の勝利宣言をする男に疑問を浮かべる女性。
しかし、
(探し物……?)
「おい、お前、何を知っている‼ あいつの居場所も分か「これで、終わりだ‼」」
探し物という単語について男に追及しようとしたところで、男は女性に突き出していた人差し指をそのままキーボードのエンターに叩きつけた。
すると次の瞬間、
「グガアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ」
どこからか先ほどとは比べ物にならないほどの威圧感のある獣の咆哮が建物内に響いた。
そして建物が物凄い振動で揺れだした。しかしそれは一瞬、まるで何かがこの建物からものすごい勢いで飛び出したかのうな、そんな一瞬の振動だった。
「……てめえ、今、何しやがった」
先ほどの暢気な様子から一変、凍てつくような剣幕で男に問いかける。
「ふっふっふっふ、獣を逃がしたのだよ、ある獲物を仕留めるためのね」
男は笑いながら言い放った。
女性は男に詰め寄ろうと、足を動かす。
しかしその前に、
「あとは頼みました、ボス!我らが、祖国は永遠なり‼」
男は注射器を取り出し、自らの首に打ち込んだ。
(チッ、お前もかよ‼)
案の定、目の前で怪物へと変わってく男。
(ここにいる奴の思考は全員同じ作りしてやがるなッ、たく)
女性は再び自らの腕を赤く光らせた。
(さて、あいつらはいったい何をしてたんだ)
男が怪物化して1分もたたず。女性は怪物の死体を蹴り飛ばし、男が残していったパソコンの中身を調べ始めた。
(チクショー、機械いじりは苦手なんだよ!)
女性はパソコンを壊さぬよう慎重に情報を探っていく。
すると、ある一つの資料で手が止まる。
その資料には、こんな一文が載せられていた。
『特別覚醒者抹殺生物 通称TAIGA』
女性はパソコンのモニターから目を離し、壁の向こうの遠くを見つめる。
(全く、超絶めんどくせぇもんを作り上げてくれたもんだ)
今日で何度目かになるか分からないため息をつきながら、女性は空っぽの研究所を後にするため壁に拳を放った。




