行間 「忍び寄る影」
神崎家が、騒がしい朝を迎えている数時間前。
まだ日の昇らぬ深夜のこと
山奥にある、とある企業の研究施設。
「おい、まだデータ入力は終わらないのか‼ いつ、ここがバレてもおかしくないんだぞ‼」
薄暗い部屋の中で怒鳴り声が響く。
「今必死にやってる‼ いいから黙って、お前は入り口を見張ってろ‼」
投げられた怒鳴りにさらなる怒鳴りで返す。
ここは明かりの一つもついていない、小さな会議室の中。
この部屋の光源は1台のパソコンのモニタ-から出るうっすらとした明かりだけ。
そんな部屋の中で白衣を着た男たちは、何かに怯えながら物凄い剣幕でお互いに向かって怒鳴り合っていた。
その顔には緊張と焦りが浮かんでいる。
現在、この部屋にいるのは3人。
一人は、この部屋に持ち込んだ1台のノートパソコンを必死に操作し、
もう一人は、この部屋の入り口を固く閉ざしている、鋼鉄で出来た分厚いシャッタ-扉に向かって、その手に持つ銃を、震える腕で必死に構えていた。
そんな緊迫した雰囲気でお互いを怒鳴り合う2人に対し、3人目の男は部屋の隅でビクビクと怯えるように蹲っていた。よく見れば、蹲る男の右肩からは血が流れ、来ている白衣の片袖を真っ赤に染め上げていた。
「もう終わりだ、俺たち。なんなんだよ、あの力の総・量・|は。あんなもん人間じゃねぇ、正真正銘バケモンだ」
痛む傷口を必死に抑えながら蹲る男は悲壮な顔で呟いた。
そんな絶望の滲んだ呟きに対し、
「何を言ってやがる、ふざけんな!こんなところで終わってたまるか。……このデ-タを入力し終えればやっとあれが完成する。俺たちがここに来てやってきた数十年は無駄じゃない。きっとあれが、俺たちの祖国の邪魔者を滅ぼしてくれるはずだ‼」
パソコンを操作する男は、その手を一切止めずに言い返した。
そして、それと同調するように銃を構える男も首を縦に振る。
「……そうだ、俺たちの目的はあれを完成させること。そのためにも、いざとなったら薬を使うぞ、いいな‼ お前らも今から覚悟を決めとけよ」
銃を構える男は、そう言うと胸ポケットから何かを取り出した。それは緑色の液体の入った、1本の注射器だった。
残りの2人の胸ポケットにも同じものが入っている。
銃を構える男の言葉に残りの2人も静かにうなずいた。
男達の顔には、3人共に大量の冷や汗が浮かんでいた。
バコンッ
突然、入り口を閉じていたシャッタ-扉が、物凄い音を立ててこちら側にへこんだ。
「「「来た‼」」」
男たちの身体が一斉に強張る。1人の男はもう一度銃を握り直し、もう1人の男はキーボードを叩く指をさらに早めた。
「ひぃぃぃぃぃぃ⁉」
蹲る男の口から悲鳴が漏れ出る。
3人共に、その表情には恐怖がありありと浮かんでいた。
バコンッ、バゴッ、バコンッ
立て続けに同じ音が響く。
そのたびに鋼鉄製のシャッタ―は見るも無残な形に変容していった。
3度目、4度目、そして5度目の打撃音の後。
「あ~もう、めんどくせえなぁー」
心底イラついているような女性の声が、シャッタ-扉の向こう側から聞こえてきた。
そして、
ボガァァァン
今までで、1番の轟音と同時に鋼鉄のシャッタ-扉がはじけ飛んだ。
あまりの衝撃に銃を構えていた男性は後ろバランスを崩し、しりもちをついてしまう
「ふぅ、開いた、開いた」
はじけ飛んだシャッタ-扉の向こうから、暢気に歩く人影が1人、こちらに向かってきた。
2メートル近い身長に、腰まで伸びる真っ赤な髪。
何も知らない人が見れば、そのモデルのような体型と整った顔立ちを持った女性に、何て美しいのだろう、という感想を抱いて魅了されるであろう。
しかし、彼女を前にした男性3人の顔はどれも絶望に染まったものになっていた。




