第一章 目覚め その3「騒がしい朝」
神崎家姉弟戦争、開戦から約2分後。
戦哉はリビングのソファの上で変わり果てた姿で転がっていた。
「あー、あー、情けない‼男だというのにか弱いレディに2分も持たないとは、これだから愚弟は!
これは今後も訓練が必要だな。
……あ、でも起こされた時のさっきの一撃目はよかったぞ‼、寝ていたとは言え久々に痛みを感じた、こんなありさまの愚弟でも一応は成長しているってことだな!うん、うん‼いやー、朝から良い運動が出来たな‼」
弟に対する鬱憤をこの一瞬で晴らしたのか、先ほどの気だるげな様子から一変、そこにはウキウキ気分で肩を回す、神崎ユリの姿があった。
姉弟戦争、弟・戦哉の敗北であっけなく終戦。
(……う~~~、おかしい、絶対におかしい⁉力やら、反射神経やら、まるで歯が立たない。反射神経はまだしも、力で勝てないってどうゆうこと⁉これでも俺、高校3年の男子なんですけど、うちの姉はゴリラの亜種かなんかなのか‼……というか酒瓶3本、空にした人間がなんで全く酔ってるそぶりなく取っ組み合いが出来るんだよ)
戦哉はソファの上で先ほどの戦いを思い返し、自分の姉の人間レベルに疑問を抱く。
「……なぁ、姉貴よ?実は空の酒瓶転がして、俺をからかってただけで、ホントは飲んでなかったりする?」
戦哉は、もしやと自分が導き出した答えを口にする。
「んにゃ…?いや、普通に飲んでたぞ、この通りちゃんと酔ってる。ほら、バランス感覚だってブレブレだし」
そう言って暢気に片足立ちで両手を左右に伸ばすヨガでよく見るポーズをとって見せるユリ。それに対し「あ、そうですか」とさらなる敗北感と同時に姉について考えるのをやめる戦哉。
思えば馬鹿みたいに飲んでいるところは見ても酒に潰れているところは見たことないと、これまでの生活を戦哉は思い返す。
(もうなんだっていいや、うちの姉は化け物なんだ。もうそれでいいんだ)
戦哉は思考を放棄することを選んだ。
「……それにしても理不尽だ。こっちは姉貴の身体を心配して、鉄槌を下したというのに。その姉に逆にボコボコにされるなんて……そもそも、今日の朝食当番は姉貴だぞ!不当な暴力だ!」
負け惜しみ半分で喚く戦哉だが、それを聞いて、
「何言ってんだい、言いがかりはやめんか。ちゃんと自分が当番なことくらい覚えているわ!朝食もちゃんと作っとる!姉ちゃんを舐めんな。ほれ、机の上見ろ」
心外だな、というようにユリは言った。
戦哉がソファから起き上がり、机の上を見ると、確かに朝食のおかずと思われるラップされたお皿が並べられていた。
(嘘、だろ……‼)
酒瓶3本転がして、だらしなくソファで寝ている朝食当番の姉、という光景をリビングで最初に目にした戦哉としては、当然のごとく朝食は作っていないんだろうなと思い込んでいた。
「でも、ふ~~ん……そうかい、あんた、周りが見えなかったくらいに、朝一で姉ちゃんのこと、心配してくれていたのかい。嬉しいねぇ~。ほら、大好きな姉ちゃんが撫でてあげよう。こっち来な。」
「うん、ごめん姉貴、今回は俺も謝る、って、臭ッ‼やっぱこの匂い、どちらにせよ、ちゃんと飲んでんじゃね-か‼‼や、やめろ!近づくな、酔っ払い!」
あまりの衝撃の事実に固まっていた戦哉に対し、顔を突然ポッと赤くさせ、嬉しそうにニヤニヤしながら近づいてくるユリ。
盛大な勘違いをした戦哉は、心に少し、申し訳ないという気持ちが湧き、謝ろうかな、などと悩んでいたのもつかの間、近づいてきた姉から漂ってくるアルコールの匂いを嗅ぎ、「あ、ちゃんとこの人酔ってる!」と認識を改め、結局酒瓶3本空にするほど飲んだ姉に対して、自分が言っていたことは何一つ間違ってないと気づき、謝るのをやめ、ソファから立ち上がりリビング中を逃げ惑った。
が、そんな抵抗もむなしく、結局は捕まり、一通り撫でまわされることになった。
姉弟の一通りの悶着を終え、2人とも席に着く。
目の前に並べられた朝食を食べようと、戦哉がおかずにかけられたラップを取ろうとしたところでユリが、「時間がたってるから冷めてるよ」、と言ってもう一度全てのお皿をレンジで温め直して、机にもう一度並べなおした。
(ラップかけてあったんだからそんなに気にしなくても、ある程度大丈夫だと思うけど……)
朝食のメニューはハンバ―グに添え物のキャベツ、みそ汁、白米といった。朝から食べるものにしてはかなりがっつりした食べ応えのあるものになっていた。
姉ユリが言うには、「男は肉を食わねば強くなれん、朝とか関係ない!肉を食え、肉を」とのことらしい。
ユリが当番の時は、大抵がっつりしたものを食わされる。そして残すことは許されない。おかげで戦哉も、食に関しては食べる量において他人より多い自信を持っている。
そんな訓練と並行したような食事を出すユリだが、出された朝食はちゃんと美味しいものになっていた。
(酒瓶3本空にして、なんでこんなちゃんとしたのが出てくるのか。……もはや恐怖なんですけど。何?朝食作った後で酒瓶3本分、空にしたの⁈それとも飲んだ状態でこれ作ったの⁈
……どちらにしても怖い!酒も姉もどちらも怖い!考えたくない!)
朝食を口にし、普通に美味しいという事実に、戦哉は戦慄して姉を見つめた。
「なぁ、姉貴よ。今度バカみたいに飲酒してるの見つけたら、一ヶ月間、禁酒な」
いくら潰れないとはいえ、これではダメだと、あまりの姉の酒の依存度に恐怖を感じた戦哉は、姉の身体(主に健康面)が水面下で危機に瀕しているのを感じ、今までは使わなかった禁酒という姉にとって最大のタブーを、決意をこめて口にした。
それを聞いた当の姉であるユリは顔を「は?何を言ってんの、私分からない」という間抜け面にした後、冗談じゃなくマジなのを察し、その顔を真っ青にして反論しだした。
「いやいやいや、まてまてまて!ね、姉ちゃんは悪くないぞ。悪いのは、ん~、えと、そ、そうだなぁ……そ、そうだ!あんたが起きてくるのが遅いから悪いんだ」
顔を真っ青にし、ユリはなんとか言い訳を考えるそぶりを見せたかと思えば、その口からはあまりに無理のある言い訳をのたまい始めた。
「はぁ?なんで俺が悪いってことになるんだよ。ふざけんな‼」
「あんたが遅いから、朝食を作った後、私は暇になって飲んじゃうんじゃない。あんたがもっと早く起きてこればそれで万事解決なの」
「はぁ!なんだそりゃ‼暇になったら飲むっていう姉貴の思考が明らか悪いだろうが‼しかも朝の7時過ぎが遅いって、それこそ、軍隊か!じゃあ、何時に起きればいいんだよ‼」
あまりに無謀な、衝撃の言い訳に驚愕と突っ込みが収まらない戦哉。…と、ここで、薄々感じていた疑問が口からこぼれ出る。
「…ちなみに姉貴は何時にこれ作ったんだ?」
「……朝、4時」
「早すぎだろ!アホか‼どうりでもう一回、温めなおさないといけなかったわけだ」
「だって、しょうがないだろ!目が覚めちまったんだから、私は暇なのは嫌いなんだ!」
「もう一回寝ればよかったじゃん。二度寝って言葉を知らんのか!」
「ああ、そんな腑抜けた言葉は私の辞書には無いね」
「さっき、酒飲んで、だらしなく寝コケていたズボラ女が何を言うか‼この脳みそ筋肉なんちゃって軍人女‼」
「なんだとてめえ、誰が、カチカチ全身筋肉女だ‼姉に不名誉なあだ名ばっかつけやがって‼さぁ、席を立て、もう一度、姉の威厳を分からせてやる」
「そんなあだ名は付けてね―‼」
朝食の途中で本日2度目の姉弟戦争が勃発しようとしていた。




