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第一章  目覚め  その2「姉・神崎ユリ」

 制服に着替え、1階に通じる階段を下りる。


 予定では戦哉の姉である神崎家長女・神崎ユリが朝食を作ってくれているはずである。

 そう、予定では。


 階段を下りた先の廊下を進み、リビングのドアの前まで来る。


(はぁ~~~~~~)


 そこで戦哉はドアを開けずにその前で立ち止まった。

 そして、長い溜息を吐いた。

 思い描いた嫌な予感が、的中したことがこの時点でほぼ確定したからである。


 鼻につく、つんとした匂い。


 戦哉はゆっくりとリビングのドアを開ける。

 すると、音が聴こえてくる。


「ぐがぁ~~~ふぅ~~~~、ぐがぁ~~~~ふぅ~~~~~」


 ドアを開いた先、まるで洞窟に鳴り響く空洞音のようないびきが聴こえてくる。

 彼の姉である神崎ユリが、リビングのソファでそれはもう無様な姿で寝コケていた。


 白いタンクトップにだぼだぼの苔色のズボン。

 タンクトップは片側がずり落ち、その下に着ている紫色の下着がチラリどころではなく、ほぼあらわになっている。

 あまりにもだらしなく品性のかけらもない姿。


 そんな姉のあられのない姿を見て、戦哉はその額に青筋を立てた。


 言っておくが、それは決して朝食当番であるはずなのに、ソファで寝コケているという姉の行動に対してのものではない。

 ユリは時たま、自宅に帰ってくるのが仕事でいくらか遅いことがある。時計のてっぺんを超えてしまうこともザラだ。いくら朝食当番といえども、それで寝過ごしてしまっていることに対して怒るほど、戦哉の器量も狭くはない。それに寝過ごしてしまうことは戦哉自身もたまにあるため、そこに対しての怒りはほとんどない。(寝姿をもっとどうにかして欲しい、あとリビングで寝るな、という気持ちは当然のごとくあるのだが)

 問題は姉がその手に持っているものと、ソファの下、床に転がっている物の方である。


 それは空になった酒瓶だった。


 昨夜は見なかった酒瓶。空っぽということは一晩で飲み干したということだろう。


 リビング中に漂うアルコ―ルの匂い。


(はぁぁ~~~、ふぅ~~~~)


 今にも怒鳴り散らかしたい怒りを抑え、深呼吸をする戦哉。

 彼はソファの真正面、寝コケている姉を横から見下ろす位置まで移動した。


(ふぅ~~~~~~、はぁ~~~~~~~~)


 そして先ほどの怒りを鎮める深呼吸とは別で、次は体の内に力を溜めていくかのような、起きてからのイライラを全て一つにまとめるような、そんな風に呼吸を整え始める。


 呼吸を整え終えた後、戦哉は腕を力いっぱいに振り上げた。


 むにゃむにゃとさぞかし気持ちよさそうな姉。その腹をしっかりと見据える。


(ふぅ~~~、ふんッ)「うおりゃッ‼」


 溜めた怒りを手とうに込め、それを思いっきり姉の腹へと振り下ろした。

 

ゴンッ


 まるで人体の部位同士がぶつかったとは思えない鈍い音が響いた。


「うッ…、うごわぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~‼」


 戦哉の手とうがもろに入った腹を抑え、ソファから転げ落ち、床を転げまわる姉。

 戦哉はジンジンと痛む、叩き込んだ手を必死にさすっていた。


(痛って~~~~‼、なんちゅう硬さしてんだ、この腹筋お化け⁉)


 まるでコンクリの壁に叩きつけたような感覚。めちゃくちゃ手が痛い。


 自分から叩き込んでおいて痛がっていることがバレると、絶ッッ対に弱味になるので、戦哉はなんとか姉から見られぬようその手を背に隠し、平然を装う。


「こんのバカ姉貴‼朝から馬鹿みたいに飲むなって毎回言ってるだろうが‼

そんなに早死にしたいのか!このアル中お化け!鋼鉄女‼」


 床を転げまわる姉に対し戦哉は怒鳴ると同時に手近にあるクッションを掴み投げ込んだ。


 シュッ……パシッ、ヒュッ   

 

「ぐェッ」

 

 しかし投げ込んだクッションは姉にあたることはなく、見事に片手でキャッチされ、即座に投げ返された。

 投げ返されたクッションは見事に戦哉の顔面に直撃、潰れたカエルのような声が出てしまう。


「う~~~、…痛ってぇ~なぁ~、なんだよ、人が気持ちよく寝てるっていうのによぉ~……。

 ……なぁ、愛しの我が弟よ、姉ちゃんは今、非常に悲しい気持ちでいっぱいだ、あんたという男が、まさかか弱い女性の寝込みを襲うような、そんなろくでもない男に育ってしまっていると知ってなぁあッ‼」


 サスサスと1発入れられたお腹を撫で、もう片方の手でポリポリと頭をかきながら、気だるそうに立ち上がり、大声で怒鳴り声をあげる神崎家姉、神崎ユリ。

 燃えるように明るいオレンジ色の短髪に、キリッと吊り上がった目。顔だけ見れば美少年に間違われてもおかしくないぐらいに端正で活気にあふれた顔つき、それ人が戦哉の姉、神崎ユリであった。

 ユリは寝起きの気だるそうな雰囲気にもかかわらず、戦哉を睨む目は燃えるようにギラついていた。


「うるせぇ、バカ姉!ナイフで刺しても、そのナイフが壊れそうな腹筋しといて何がか弱い女性だ!俺から見たら鋼鉄で出来たサイボーグだ、サイボ―グ」


 立ち上がったユリに、戦哉はさっきの痛めた手の感想も込めてそう言い放つ。


 すると、それを聴いたユリは寝起きでダルそうな動作から、ピタッと動きを止めた。

 目を瞑り、お腹をさすりながら先ほどまでの寝起きで緩んだ雰囲気をひっこめる。そして口からカッチ―ンと小さく声を漏らした。


 ユリはその顔つきも含め自身の女性らしくないことをとても気にしていた。


「……ほぉ~ほぉ~ほぉ~、寝込みを襲うだけじゃ飽き足りず女性に向かいサイボ―グとは、これまた、これまた。……なぁ愚弟よ、朝から早々なんだが、姉ちゃん、お前にもう一度再教育を施すことに決めたわ」


 気だるそうにしていたユリの雰囲気が変わり、戦哉から見て、その身にメラメラとオーラ的なものをまといだす。


 それに呼び方が「あんた」から「お前」に切り替わっていた。これは明確にキレ出したユリの合図だ。


(あ、ヤベッ!キレた)


 戦哉は即座に戦闘態勢を取った。


「……もとはと言えば、お前から姉ちゃんの腹ぁ、ぶん殴ってきたんだ。やったからにはやられる覚悟は出来てんだろぉ!お前には女性に対する接し方を一から姉ちゃんが、たっぷり教え込んでやる必要がありそうだぁ~」

 

 手首をポキポキ鳴らし、俯きながら近づいてくる自分の姉に対し、戦哉は先ほどの怒りも忘れ必死に打開策を考えようと頭を回す。

 しかし何も思い浮かばない。


(地雷踏んだの俺だけどッ、短気というにもほどあんだろうがよぉ、家の姉はぁ‼誰かぁ、助けてー‼)


 戦哉は心の中で叫ぶが、その声は誰にも届かない。

 そしてユリは、戦哉から3歩ほど離れた位置で顔を上げると、


「……ほら、これからのために、ちゃんと覚えておくんだZOッ‼」


 怒りの込もった無理のある笑顔で似つかわしくない小首傾げウインクを放った。


「えッ!何それ、キモッ‼」


 ほぼ瞬間的に無意識で戦哉の口から、その言葉が漏れ出ていた。

 

(はッ!!)


 やってしまったと感じた時には遅く、目で見て分かるほどに凄い青筋がユリの額に浮かんでいた。


「潰すッ‼」


 そんな声と共に戦哉に突進するユリ。

 それを開戦の合図に朝の神崎家、姉弟戦争が勃発した。


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