第二章 真実 その20 「青年vs虎」
ドゴォォォン
バゴォォォン
凄まじい轟音と共に砂煙が舞う。
その中を、赤い閃光を両手に纏う青年が、人間とは思えない俊敏な動きで飛び回っていた。
地面から校舎の壁、校舎の壁から地面へと、まるで跳弾し続ける銃弾のように青年は一切、場に留まること無く無限に動き続ける。
そんな赤い閃光を追って、緑色に光る巨大な物体が、周りのありとあらゆるものを破壊していた。
轟音と砂煙の原因。
赤い閃光のスピードに追い付けず、後追いの形で地面や壁を抉っていくそれは巨大な虎の手足であった。
「グガアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ」
敵を捕らえられないイラつきから脳を揺らす程の咆哮を放つ巨大な虎。
咆哮と共にその口から出てきたのは巨大な火の塊だった。
放たれた火の塊は、地面にぶつかり爆散し、あたりを火の海へと変える。
当然、虎の周りを動き回っていた青年にも炎の波は迫りくるのだが、青年は迫りくる炎に対し、その両手の赤色の光を突き出した。
炎とぶつかる瞬間、一段と強さを増す光。
青年を覆いつくす程の炎は、その光に触れた瞬間、吸収されたかのように青年の周りからさっぱりと消え去った。
火の海の中、青年の周りだけが燃えることなくぽっかりと穴が開いたかのように事で済んでいる。
青年は火の猛攻を乗り切った態勢のまま虎を見据える。
虎もまた、火の海ど真ん中に佇む青年に対しその鋭い眼光を向けていた。
「絶対に仕留めてやる」、そんな意思を虎の瞳から感じた。
青年は口をにニヤつかせる、奇しくもその表情の動作は青年にとっての最大脅威である赤髪の女性にそっくりであった。
「返すぜ、これ......」
そう呟いた青年は突き出した光る両手の照準を虎の顔に合わせる。
次の瞬間、突き出した両の掌から今まで灯っていた光の輝きとは別の光が漏れだす。
それは先ほど虎が吐いたのと同じ、炎の塊だった。
虎の緑色の炎に対し、青年の両手から放出されるは真っ赤な赤い炎。
突き出した両の掌から火炎放射器のように凄まじい火力の炎が虎の顔に向けて射出された。
ゴォォォオオオオオオオオオオオオ
迫りくる炎のッつ壁に、虎は驚愕し目を見開く。
真っ赤な波が緑色の虎を包み込んだ。
「グガゥゥゥガアアアアアアアアアアア」
虎は悲鳴に近い呻き声を上げ、真っ赤な炎に飲み込まれる前に、その身の原型を崩し、形ない炎となって空に舞い上がった。
舞い上がった炎が再び上空で凝縮すると、再び巨大な虎の形へと姿を変えた。
虎は空に浮いた状態から、炎を射出した青年を見下ろす。
「チッ……」
青年はそんな虎の視線を睨みかえしながら、忌々しそうに舌打ちした。
「なんて光景だ……これは、現実なのか?」
赤いジャージを着た女性は、赤い膜越しに見える巨大な虎と自分の生徒であるはずの青年の死闘を見て、自然とそんな呟きを口から零した。
「なんだ……全然、能力と力、使いこなせてるじゃん」
呆然とする赤ジャージ女性を他所に、感心するように勝手知ったる風な発言をする赤髪の謎の女性。
赤ジャージの女性は弾かれたように赤髪の女性に対して振り返った。
「なぁ、あんた!どこかの誰かは知らないが、何か知ってるんだったら教えてくれないか⁈あれは本当に神崎本人なのか⁈」
動揺と混乱でその表情を染めながら赤ジャージの女性は問いかけた。
赤ジャージの女性からすると到底信じられなかったのだ。今目の前で行われている現実離れした異常事態然り、まさかあんな鬼のような形相を浮かべた人物が、自分が普段接している気の抜けたような表情の、けれども優しい目を常に浮かべた青年とまさか同一人物だなんて。
赤ジャージを着た女性には、姿は同一でも、全くの別人のようにしか思えなかった。
問いかけられた赤髪の女性は赤ジャージの女性に目を向けると顎に手を当て、考えるように口を開く。
「神崎って……ああ、あいつの事か。呼び方複数あるの、分かりにくいなこの世界」
暢気に目を細め、うへ~~ッ、というような表情を浮かべる赤髪の女性。
質問の意図を理解した女性は淡々と答え始める。
「そりゃあ、当然、あれはあいつ本人そのものだ……むしろあれがあいつの本性に近いんじゃないか、おそらく。いままでこの世界に順応するためかどうにかこうにか抑えてたみたいだが、力の覚醒と共にタガが外れた様子だな、ありゃ」
それを聞いて、唖然として再び火の海の真ん中に佇む青年を見つめなおす赤ジャージの女性。
青年の凶暴性に溢れた顔つきに事態を飲み込めない混乱と同時に心配の気持ちを強く抱くが、常識の通じない埒外な戦闘を前に彼女はただただ事の成り行きを見守るしかなかった。
(……前よりも強くなってる)
柴崎は、青年の戦いを見ていてそう思った。
もはや人間の動きではない彼のそれを、見極める指標など普通の人間である彼女が持ち合わせているはずもないが、しかし見るのは2度目となる彼の戦い方を見て柴崎は率直に、特に根拠など無しにそう思ってしまった。
そして、それを証明するかのように青年の動きは虎を圧倒していた。
攻撃が一切当たらない。
決定的な一撃は青年の方も与えられてはいないものの、明らかに敵の動きを先読みし、翻弄しているのは青年の方だった。
決して虎の動きが遅いわけではない。
柴崎の目から見ても、あの巨体では信じられない程の霞んでしか見えないぐらいの攻撃スピードだ。
しかし、それを上回る青年の反射神経と回避行動は、あの病院で見た時よりも順応に身体を動かせているように見えた。
(逃げだけは一流……か)
柴崎はふと体育館裏で彼と対峙した時のことを思い出した。
こちらがどんなに猛攻を仕掛けてもひょろり、ひょろりと避けてしまう彼。
あの回避能力を体感した身であるからだろうか、柴崎はそこから、彼がやられる姿が一切想像できなくなった。
(あんな風に豹変していても、あれはちゃんと神崎……なんだよな)
彼女の弱り切った心にほんの少し安心という感情が宿った。
「よしッ……それじゃあ、あたしもいきますか」
呆然と虎と青年の戦いを見つめる二人を他所にディアは暢気に身体を伸ばす。
その声に反応し、赤ジャージの女性が振り向いた。
「行くって……この状況で一体どこに?」
問いかけてくる女性に対しディアは目の前の戦闘を指さしながら答えた。
「あの調子じゃ、たぶん、あいつ順調にそのまま勝つだろうし、私も仕事しないと。ちょっくら元凶仕留めに行ってきますわ」
準備運動のストレッチをしながら答えるディアは、最後にその腰から2丁の拳銃を取り出した。
その拳銃を見てこちらを見つめる赤ジャージの女性の額に冷や汗が浮かんだ。
「......ああそれと、この膜自体は残しておくから、あんたら普通の人間は絶対この中から出ちゃダメだからな、この中にいれば安全だから......分かった?」
ディアは手の中の銃をくるくると回し、残りの2人に言い聞かせる。
「わ、分かった」
赤ジャージの女性は上擦った声で答え、柔道着の少女も無言で首を縦に振る。
銃を見て、身体を強張らせる二人を見て、ディアは暢気に「面白れぇー」と笑った。
「それじゃあ、ちょっくら行ってきますわ」
そう言ったディアの前の赤い膜に人一人分の穴を開く。
そのままそこをくぐってディアは外に出た。
外に出た瞬間に再び閉じる膜。
ディアは歩き出た外の空間で笑いながら上空を見上げていた。
その視線の先には空を覆いつくす程の真っ黒なカラスの群れ。
ディアが出てくるのを待っていたかのように一斉に羽ばたき、「カァー、カァー」と喚き始めた。
2丁の拳銃を前に突き出すディア。
「......久方ぶりのシューティングゲーム、さぁ、楽しんでいこーか、雑魚ども‼」
その顔に楽しそうな笑顔を浮かべ、ディアは快活さが溢れる声音で真っ暗な空に向けてそう言い放った。




