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第二章 真実 その14 「教師の意地」

 一方、場所は変わって体育館。


「あ~~、あ~~......うがあああああああああああああああ」


 一部個所を炎の海に変えた体育館をフラフラと白衣を着た化け物が歩いていた。

 人の声とは思えない声を喉を震わせ、ひたすらに放つ。


 ズバンッ


 その時、突如として炎の向こう側の一角。体育倉庫の扉が勢い良く開いた。


「あ~~......」


 音に反応し、化け物の白目が体育倉庫の方向に向く。


 そこにはテントを立てる長い鉄のポールを使ってドアを開いた、赤ジャージの女性と空手着に身を包んだ黒髪の少女の姿があった。


「あ~~......うがあああああああああああああああ」


 白目の化け物はふたりに照準を合わせ突っ込もうとする。

 すると、体育倉庫から化け物に向かい黒い板ガ数枚投げ出された。


 それは折りたたまれた状態の車輪付きの卓球台だった。

 3台の黒い板が化け物の視界を覆うように迫ってくる。


 しかし、所詮人力で投げ出された車輪付き卓球台。化け物はすぐに向かってきた黒い板を素手で殴り飛ばし粉砕した。黒い板から視界が開かれる。


 開かれた視界、先ほどまで体育倉庫内にいた2人が、倉庫内から消えていた。

 視界の隅、赤ジャージを着た女性が鉄のポールを持ったまま、何かに向けて全力ダッシュしているのが見えた。


(ふっ、やはりあいつは知性のない獣と同じ、向かってくるものに対して回避するのではなくそのまま突っ込む!それが対処可能のものであったならなおさら!ならば、一度視界を卓球台で閉ざしてしまえば()()に手を伸ばす時間ぐらいは稼げる!)


 その女性が向かう先、そこにあったのは、体育館に常設されていた赤い色の消火器だった。


 女性は消火器を掴みどり、そして


「これでもくらいやがれッ」


 化け物の顔めがけて、思いっきり投げ込んだ。


「あ~~」


 飛んできた消火器に対し、化け物は先ほどの卓球台と同じく、その腕力で破壊しようと腕を振り上げ、そのまま思いっきり殴りつける。


 バンッ


 人間離れした力によって叩きつけられた消火器は破裂し、その中身を辺りへぶちまける。

 体育館内に白い粉が舞った。


 化け物の視界が白い粉によってふさがれると同時に、その周辺の炎の火力が一気に弱まった箇所が出来た。


「ッ‼」


 その瞬間、体育館倉庫の入り口の影に隠れていた柴崎が一気に出口に向け飛び出した。


 まだ燃えてる箇所はあるもののこれならば最短距離を全力で駆け抜けることが出来た。


 横合いを見れば、シルエットだけだが化け物が急に視界を塞がれ戸惑っているのが見えた。


(凄い‼これならそのまま、2人とも隙をついて逃げられるかも!)


 柴崎は突如として見えた希望を見失わないよう必死で走り、出口に向けて駆け抜けようとした。


 ふと視界の隅に何かが映る。

 立ち込める白い白煙の向こう。丁度化け物がいた辺りのところからこちらに向けて緑色の光が向けられていた。

 柴崎は瞬時に理解する、それが今まさに炎が噴き出されようとしている瞬間の光だと。

 単なる偶然か、はたまた何らかの方法で柴崎の位置を化け物が特定したのかは分からない、しかし確かに真っ直ぐこちらに向けて火の塊が発射されようとしていることを柴崎は瞬時に理解した。


(あ、終わっ――)


「うおりゃあああああああああああああああああ」


 緑の光が垣間見えた瞬間に、楠木教師は白煙の中に鉄の棒を持ったまま突っ込んだ。


 ボオオオオオオオオオオオオオ


 体育館が、緑色の光で包まれる。


 待っていた白い粉は全て吹き飛び、変わりに強烈な熱が周りに放出された。


 柴崎は自分の死を覚悟し、そのまま横に転がり込み、自分の顔を両手で覆った。


 しかし、どれだけまっても炎が迫りくることはなかった。


 柴崎はゆっくりと目を開ける。


 そこには背後から、鉄のポールを化け物の首に回し、無理やり口を上に向かせた楠木教師の姿が目に移った。

 上を見れば発射された炎が天井を焼いていた。


「……ぐッ、がッ、がぁぁぁぁぁあああああああああああああ」


 鬱陶しそうに身をよじった化け物はそのまま首には回された鉄の棒を掴む。

 ただの人間である楠木教師の力など簡単に引きはがされる。

 化け物は掴んだポールごと、楠木教師の身体を横合いへと投げ飛ばす。


「ぐふッ……かはッ」


 投げ飛ばされた楠木教師は壁に背中を打ち付け、苦しそうに悶えた。


「せ、先生!!」


 柴崎は苦しむ楠木教師に向けて手を伸ばす。


「……行けッ」


 しかし、聴こえてきたのは助けを求める声ではなく、その手を拒絶し、背中を押す声だった。


「そのまま走れッ‼」


「ッ……くッ!」


 その声を聞いて柴崎の心は全力で嫌だッと、否定した。実際に声に出してそう叫び返したかった。

 けれど分かっていた、自分が残ってもここから出来ることは何もないという事実に、そんなものは楠木教師の覚悟さえも無駄にする、ただの愚かな子供のわがままでしかないことに。

 柴崎は知っていた、あの人が生徒(じぶん)のために本気で命を張れる人だと、あの人の絶対的な願いは生徒(じぶん)を守ることなんだと、私が憧れたあの人はそうゆう人なんだと。だから柴崎は、伸ばした手を引っ込めるしかなかった。


「――う、うわぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ」


 溢れだす涙と共に立ち上がり、柴崎は走り出す。走り出すしか、もうなかった。

 出口はもう目と鼻の先、柴崎はごめんなさい、と心の中で何度も唱えながら体育館の外へと駆け出た。


 その背中を見送り、楠木教師は顔に笑みを浮かべた。


 正面に視線を向ければ、炎の発射を邪魔されたのが相当ムカついたのか、不気味な白目がひたすらにこちらを見据えていた。


「うぐぅぅぅぅぅぅぅ」


 人間のものとは思えない唸り声がひたすら耳に聴こえてくる。


 楠木教師は立ち上がろうと、地面に押し付けた自分の掌を見た。


 その掌は小刻みに震えていた。

 そしてそれは掌だけじゃなく腕、肩、足、口の中の奥歯に至るまで全身が震えていた。


「ははッ、おい、化け物!勘違いすんなよ、この震えはなぁ、歓喜の震えだ。……はぁ......はぁ……てめぇがどんな痛みや恐怖を私に与えようともな、生徒のために身体を張る、命を張れる、これ以上の喜びに勝る感情なんか教師にはねぇんだよ」


 何故か襲ってこない化け物を見据えながら、楠木教師は懸命に笑みをつくる。

 教師の誇りにかけて、自分がこの場に残ることを、自分の命より彼女の安全を選んだ選択に、後悔など絶対に、微塵もないと自分の心に言い聞かせながら震える身体を立ち上がらせた。

 そばに落ちていた鉄のポールををもう一度強く握りしめ頭上に振り上げた。


「感謝するぜ、化け物。こんな最後、私にとっては理想の最後そのものだ……だがお前は、私の大事な生徒を泣かせた、それだけは絶対に許さねぇ――教師の意地、なめんじゃねぇぞ!!」


「はぁあああああああああああああああ‼」という雄たけびと共に、楠木教師は化け物に渾身の勢いで飛び掛かった。


「うぐぅ……がぁぁぁぁぁあああああああああああああ」


 白目の化け物もそれに応戦するように唸り声を挙げながら腕を思いっきり振りかぶった。




(まただ!また……私は何も出来なかった!!)


 柴崎は、自分の無力さに涙を流し、歯を折れんばかりの力で噛みしめながら懸命に走っていた。


(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい)


 背後から聞こえる化け物の唸り声を必死に耳に入れないようにしながら、柴崎は心の中で何度も謝罪を繰り返した。

 憧れの人を置いて、1人走って逃げる。

 それは柴崎が生きてきた十数年の中で他の何とも比べようもない最大級の苦痛として襲いかかり、胸の中を蝕んだ。


(……弱くてごめんなさい、震えるしかなくてごめんなさい、逃げるだけしか出来なくてごめんなさい、恐怖に、自分の心に負けてしまって……ごめんなさい、何度でも謝るし、どんな罰でも受ける、なんでもするから!!だから――誰か、助けて……)


 柴崎は、せめてでも誰か助けを呼ぼうと、万が一でも楠木教師を助けられる奇跡が、億が一でもいいからそんな奇跡があってくれと願って走り続けた。


 自分で何でもこなす。出来るようになるまでひたすら頑張る。決して誰かにすがることなんかしない。そんな生き方を貫いてきた柴崎愛花が、初めて自分以外の何かに縋り助けを求めた瞬間だった。


 知らない誰かの、履きなれないボロボロの靴を必死に前へ、前へと動かす。


 涙で目が霞み、悔しさで下を向いていた柴崎はこの時、周りが良く見えていなかった。


 だから、自分が向かおうとしている校舎がどのような有様になっていたのか全く気付けていなかった。


 校舎に入る正面玄関を目指し、柴崎は角を曲がる。


 ボトッ


 角を曲がった瞬間、柴崎の目の前の地面に何かが落ちた。


 咄嗟に止まり、落ちたものに反射で目を向ける。


 それは、千切れた人の腕であった。


「う、うわああああああああああああああああああ」


 柴崎は驚き、後ろに尻もちをつくように倒れ込む。


 目線が自然と上へと向いた。


「ぁぁ……ぁぁ……」


 目の前に広がっていた光景に柴崎は絶望した。


 ほぼ全ての窓ガラスが割れた校舎の姿。

 その割れた窓から無数に飛び回るカラス達は全身血で濡れ、所々の割れた窓枠からは真っ赤な血で染まった生徒たちの死体がもたれかかるようにぶら下がっていた。

 その視界には地獄と化した校舎がありありと映っていた。


 視線を正面に戻す。

 生徒達の死体は、見れば正面入り口前の至る所にも転がっていた。おそらく窓から落ちてきたのだろう、その顔や身体はぐちゃぐちゃだった。


 思わず、後ろへと後ずさる柴崎。


 すると、


「あ~~、あ~~」


 耳にさらなる絶望の唸り声が聞こえてきた。


「嘘……でしょ……」


 霞んだ声で柴崎は呟く。


 目の前の正面玄関、そこから体育館にいたものとは別の人物。だけど同じように白目を向き唸る白衣を着た人間が歩き出てきた。


 先ほどの額に穴が開いた奴とは違って、今度はその頭蓋事、頭が陥没していた。

 体育館の奴と同じで、もうすでに死んでいるはずの傷跡。


 柴崎は大急ぎで立ち上がり、逃げようとする。


「痛ッ!!」


 しかし、そこで足に鋭い痛みが走る。

 見れば柴崎の、その両足首は先ほど走れていたのがおかしいほどのやけどを負っていた。

 気付いた途端に、感じてくる鋭い痛み。

 柴崎はそこから立ち上がることが出来なくなっってしまった。


「あ~~、あ~~~」


 2体目の化け物の顔が立てずに動けない柴崎の方を向く。


 ズドンッ


 物凄い音と共に、柴崎と化け物の距離が一瞬で埋まる。

 目の前まで迫った化け物の姿に柴崎はもう終わりだと目を瞑った。


「俺の知り合いに、触んじゃねぇぇええええええええええ」


 突如として、聞き馴染んだ声が頭上から聞こえてきた。


 ボガンッ


 ブシャッ


 強烈な打撃音、そして何かが潰れる音が柴崎の耳に響いた。


 ゆっくりと柴崎は目を開く。


 そこには昨日の病院と同じ戦う姿を眺めるしかなかった青年の背中が、そこには映っていた。


「大丈夫か!柴崎」


 青年は柴崎を見下ろし振り返る。

 その顔には心配の表情が浮かんでいた。


 見れば、柴崎に襲い掛かろうとしていた化け物は、その頭を半分地面にめり込ませて潰されていた。叩き潰された威力で頭蓋の中身がグシャッと辺りにはじけ飛んでいる。


「えッ……あッ……神……崎」


 心配の顔を浮かべ近づいてくる青年を見上げ、柴崎は固まる。

 そして、


「神……崎ぃぃぃぃ!!」


 再びその目に大粒の涙を溜めて、泣きだした。

 痛みで動かない足を引きずって青年の腰に縋りつく。


「え、ちょッ、柴崎、柴崎さん!!」


 普段では見られない黒髪少女の号泣姿、そして腰元に抱き着かれ、顔を涙に濡れた顔を押し付けられるというまさかの事態に青年は慌てふためく表情を見せた。


 そんな青年の様子などお構いなしに、柴崎は力強く青年の腰にしがみつき、その服を掴んで青年の顔を引き寄せた。

 青年の視界が黒髪少女の涙でぐちゃぐちゃになった顔でいっぱいになる。


 少しだけドキッとした青年であったが、次に聞こえてきた言葉で一気に真剣さを取り戻した。


「神崎ッ……私を......先生を......楠木先生を、助けてッ!!お願いッ!!」


 懇願に近い、涙で掠れた声が青年の耳に響く。


 必死に縋りつく少女はそのままある方向を指差した。


 青年がその方向に目を向けるとそこには、


 屋根にまで火が上り、激しく燃える体育館の姿が目に映った。
















































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