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第二章 真実 その12 「体育館からの脱出劇――再び巡り合う恐怖」

「おい、あんた!この学校の関係者じゃないだろ!どこの誰だ!場合によっては警察呼ぶぞ!」


 広い体育館に楠木教師の声が響き渡る。

 聞こえてないってことはまずありえない声量の声。

 しかし、言葉を投げかけられたはずの男は一切反応を示さなかった。


 黒いズボンに白衣を身にまとったその姿。

 柴崎と楠木教師、どちらとも学校内では見かけたことのない人物。

 怪しい人物であると2人の予感は警鐘を鳴らしていた。


 男の様子は明らかに傍から見て不審だった。

 フラフラとおぼつかない足に、ユラユラと揺れる身体。顔はずっと俯いた状態でこちらからではその表情が分からない。

 遠目からでも、何かかがおかしい、そう思わざるを得ない様子だった。


「柴崎、何かあったら私があの男を抑える。その隙にお前はそこの非常口からでもいい、全力で走って他の職員にこのことを伝えろ、分ったな」


 今まで聞いたことのない緊張感のある声音で楠木教師は背後の柴崎へと言い放つ。


「で、でも先生――」


「分かったな」


 柴崎の反論に対し、楠木教師は有無を言わさぬ声音でそれを遮った。


 遮ると同時に楠木教師は男の方へと歩み出す。


「おい!あんた!聞こえていないのか!」


 歩を進めながら男へ言葉を投げかける。

 少しでも意識をこちらへ向けさせるための方法。


 すると、男に動きがあった。


「あ~~~、あ~~~~~」


 まるで呻き声のような声が男の口から発せられる。

 それと同時に男はずっと俯いていた顔を挙げた。


「なッ、あんたそれ――」


 楠木教師、背後の柴崎、両方とも顔に驚愕を浮かべる。


 こちらを向いた男の顔はこの世のものとは思えぬほどおぞましいものだった。

 死人のように真っ青で、血の気が全く感じられない肌、どこを向いているのかも分からない白目を向いた目。そして、さらに顔を挙げた男の額には赤黒い穴が開いていた。まるで銃で撃ちぬかれたような丸い形の2センチ台の穴。その穴から血が零れ落ち、男の顔に真っ赤な一筋の線を作っていた。もはや生きている人間の顔ではなかった。


「あ~~~、あ~~~~」


 白目によりこちらを向いているかは定かではないが、こちらに顔を向け喚き続ける男。


 楠木教師はそんな男の顔を見て驚愕のあまりその身が固まっていた。


 だから反応することが出来なかった、男の次の動きに。


 ズドンッ


 とてつもない音と共に今までその場でふらつくだけだった男の身体が勢いよく前に飛び出した。


(しまッ――)


 気付いたときには腕を真っ直ぐに伸ばし突っ込んできた男の身体がすぐ目の前に迫っていた。


(くッ――)


 楠木教師の身体に衝撃が走る。


 しかしそれは正面からではなく、背後から捕まれ横に転げ落ちた際に床にぶつかる衝撃だった。


 バゴンッ


 先ほどまで楠木教師達が立っていた背後、体育館の舞台が大きな音を立て破壊される。


 楠木教師は、自分は何故無事だったのかと、床から起き上がり背後を見るとそこには自分の身体に必死にしがみつく柴崎の姿があった。


 男の顔を見て確かに驚いた柴崎、しかしその瞬間、頭の中に昨日のテロ事件の記憶が思い起こされた。

 あまりに非現実なものに対する恐怖心。それが柴崎の身体を、何よりも先に突き動かした。


(あの男は危ない、このままではまずい‼)


 危機感に身を任せ、身体を動かした柴崎は何とか間一髪で楠木教師を救うことに成功した。


「おッおい柴崎大丈夫か!」


「はい、何とか......」


 受け身も取れず床に身体を強打した柴崎は、その痛みに呻きつつもなんとか身体を起こした。

 お互いの無事を確認し合った2人は、そろって舞台に激突した白衣の男に視線を移す。


「あ~~~~~あ~~~~~~......うがぁぁぁぁぁぁああああああああああ!」


 突撃そのままに、両腕を舞台に突っ込んで破壊した男は、そのまま破壊された木材に両腕を突っ込んだまま大声で呻き始めた。


 ボンッ


 2人の視界が緑色の光で覆われる。

 突如として、両腕を突っ込まれた舞台の瓦礫から緑色の火柱が立ち上がったのだ。

 火柱はそのまま燃え広がり舞台全体を焼いていく。


 2人はその光景をただただ見つめる他なかった。


 バギゴッ


 白衣の男は燃えた舞台の瓦礫から両腕を引き抜く。

 その両腕も炎に包まれていた。

 おそらくその両腕の炎が舞台を焼いたのだろう。


 白衣の男はまだ床に膝をついたままの2人を見る。


「うがおぁぁあああああああああああああああぁあああああ」


 雄たけびを上げ、こちらに大きく開いた口を向けた。

 柴崎はその開いた口の喉奥が緑色に光るのを見た。


「先生!立って、あそこに!」


 2人は立ち上がり、急いで駆け出した。


 グボォォォォォォォォォォォォ


 その直後、男の口から緑色の火炎放射が吐き出された。

 男の眼前を、2人がいた場所を含めて緑色の炎が覆いつくす。

 そこは完全な火の海と化した。


 炎に包まれたように見えた2人。

 だが、間一髪で2人は鉄の扉のついた体育倉庫へと駆け込んでいた。

 2人は急いでスライド式の鉄の扉を閉める。


「熱ッ‼」


 しかし、外の熱で扉はすぐに熱され、完全には閉めきることは出来なかった。

 開いたドアの隙間から、白目の男が辺りを探っているのが見えた。

 どうやら自分が吐き出した火炎放射の光で、2人が体育倉庫に逃げ込んだ様子は見えていなかったらしい。

 白目をギョロギョロと動かし、首を振る。

「あ~~~、あ~~~~」と辺りを右往左往するその様子から、一度視界から消えたものを探し出せるほどの知能は男には無いと2人は見た。

 2人は急いで倉庫奥の死角へと身を隠す。


「なんなんだ、あれ!」


「私も知りませんよ!」


 2人は小声でお互いに言い合う。

 どちらも共に、顔は汗まみれで焦燥の表情を浮かべていた。


「チックショウ、分けわかんねぇよ!白目の男が⁉突然突進してきて火を噴いた⁉なんなんだよそれ!もしかして夢か⁉夢なのか、これは⁉」


 楠木教師は起きた状況の信じられなさにパニック寸前になっていた。


 一方の柴崎も、状況を整理しようと必死に頭を回そうとするが、


(分からない⁉分からない⁉分からない⁉……どうする⁉どうする⁉相手は火を噴く男、動きはもはや人間じゃない、この倉庫にいてもいずれ見つかるし、見つからなかったとしても直に火がまわってきて焼け死ぬ、いやそれよりも煙がまずい、吸い込みすぎると一酸化炭素中毒になる、どうする⁉どうする⁉――死ぬのか、私はここで)


 状況の整理など出来るはずもなかった。


 この体育館の設備は古いものになっており、スプリンクラーなどついていない。

 このままじっとしていれば火が、倉庫まで回ってくるのも時間の問題だった。


 外側で燃える炎で倉庫は熱気と煙に包まれている。

 それ以外にも、鼻に香る煙の臭い、パチパチと聞こえてくるる木材の燃える音。


 外部から伝わる情報全てが、迫りくる死への恐怖を柴崎の中で倍増させていた。


「うがあああああああああああああああああああああああ」


「ヒっ‼」


 聞こえてきた男の唸り声に柴崎は肩を揺らし、悲鳴を上げた。

 何時だって弱音は吐かない彼女。昨日のテロ事件でも、震えはしても強気の姿勢は絶対に崩さなかった。

 しかし、そんな彼女の心も昨日から続く予測の出来ない事態の連続に、すでに限界だった。


(ダメだ、無理だ、私には......私は弱い、死ぬのが怖い、私は――強くなれない)


 どうしても身体は震え、瞼から涙が溢れ頬を流れる。


「柴崎......」


 そんな、弱い部分など普段なら絶対見せない少女の涙を楠木教師は隣で見つめていた。


 パチンッ


「よし‼決めた、さっきの案で、そのままいこう」


 突然、両頬を思いっきり叩き、そう言い放ちながら立ち上がる楠木教師。


「……さっきの案って?」


 立ち上がった楠木教師を見上げ、柴崎は尋ねる。


「私があの男を抑えている間、お前は全力で走って助けを呼んで来い」


 聞こえてきた言葉に柴崎は目を見開いた。


「無茶です!見たでしょあの化け物の動き⁉先生が死ん――」


「柴崎‼」


 説得の言葉を遮り、柴崎を見下ろす楠木教師。


「知らないのか!お前は!教師って生き物はなぁ、普段頑張っている良い子の涙のためならば、どれだけでも最強になれる生き物なんだ!だから――」


 柴崎の視界に映った楠木教師の顔は笑っていた。


「――大丈夫だ、そんなに怯える必要はない!」


 そこにある笑顔はいつもの子供のような、無邪気な笑顔で、不安など消し飛ばすようなものだった。

 何故だかその笑顔を見るだけで心が包まれる。

 その笑顔を見て柴崎は言葉を放つことが出来なかった。

 思ったことはただ一つ、


(なんてまぶしいのだろうか)


 それだけだった。


 楠木教師は倉庫を漁り、使えそうな道具を引っ張りだす。


「それに、この場でじっとしているだけでは私ら2人とも直に死ぬだけだ、怯えて動けず生徒を死なせたとなれば、私は死んでも死に切れん......幸い、扉の隙間から見る限りまだ火が燃え広がってない場所がある、そこをお前は猛ダッシュで駆け抜けろ」


 楠木教師の指示を聞き、柴崎は横目で扉の隙間から見える外の光景を眺める。

 そしてゴクリと喉を鳴らした。

 確かに、先ほど直接火が噴射された位置から離れればそこまで火の高さは高くない。

 勢いで走り抜けられそうな場所はいくつかあった。


 しかしそれでも、赤く燃える床を全力で走り抜けなきゃいけないというのにはかなりの恐怖心と抵抗感があった。しかも柴崎と楠木教師は武道場からそのまま降りてきたため、その足は裸足の状態である。熱を放つ床を走ればどうなるかなど想像に難くなかった。


 柴崎は自分の足を不安そうに見つめる。


「……靴なら確か......ここに......ほら、あった!これを使え。どこぞの部活のOBが置いていった体育館シューズ。ボロいが裸足よりかは十分マシだろ」


 不安そうな柴崎に楠木教師は、そう言って黒く汚れた靴を一足柴崎に手渡した。


「私の分もある。今回ばかりは置いていった奴らに感謝だな」


 こんな状況なのに屈託のない笑顔で笑い続ける楠木教師。

 そんな様子を見て柴崎は、


「......ど、どうして、そんな暢気に!......先生、やはりこの案、無茶だ。問題は足だけじゃない」


 思わず弱気な心の声が漏れ出てしまう。

 柴崎はそう言うと、再び扉の隙間から外に目を向けた。


「火柱の高い場所を避けて出口まで走るとなると最短ルートではいけない、どうしても迂回していくことになる。その間、先生だけであの化け物を抑えるなんてやはり無茶だ」


 一度恐怖に折れれてしまった心は、どんどんとネガティブな考えをあふれ出させる。

 情けないと思いながらも、膝を抱き、縮こまりながら柴崎には否定の意見を出すしかなかった。


「ふっ、ふっ、ふぅー、私が、何の考えもなしに、ただ突っ込んでいくだけだと思うか」


 そんな柴崎に、楠木教師は自信満々な笑顔で腕を組みながら言った。


「大丈夫、私にもちゃんと秘策がある」


 サムズアップを作り、膝を床について座り込む柴崎に目線を合わせる。


「それに人生にはなぁ、こういった賭け事にも等しいことに挑戦しなきゃいけなくなる時が必ず来る、まぁ今回は異例中の異例だが、人はその恐怖を乗り越えて強くなるもんさ!お前はまだ強くなれる、確実に!だから自信を持て、お前は私のお気に入りだ、私の見る目を信じろ!なぁ」


 黒く長い髪に手を当て、その頭を撫でながら楠木教師は言う。

 口調は陽気に、けれども笑顔で、柴崎の目を真剣に見つめながらそう語りかけた。


 柴崎も両目から大量の涙を流しながらなんとかその言葉に頷いた。


「よし、それじゃあ立て、鍛錬の時間だ、私が必ずお前を強くして、ここから出してやる‼」


 差し出された手を掴み柴崎は立ち上がる。


 そして2人は鉄の扉の隙間の向こう、燃えさかる体育館へと目を向けた。





















































































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