第二章 真実 その11 「学校にて」
とある高校の昼休み
「……はぁッ‼ ……あいやぁッ‼」
校舎の隣に建つ体育館。
その2階に位置する武道場では、部活の行われてないはずの時間帯にも限らず覇気の籠った声と拳が空気を叩く音が鳴り響いていた。
(あの時……私は怯えて何も出来なかった)
柴崎愛花。彼女は自分の弱さを悔いていた。
先日巻き込まれた病院でのテロ事件。
その事件の渦中で彼女は、目の前で行われた犯人達による非情な行いに対し、怒りを抱きつつも恐怖という感情にその心を支配されていた。その場でどれだけ強くあろうと意識していてもひたすらに手足は震え続けていた。
けれど、それは当然の事である。ただの齢17歳の女子高生、いくら武道を学んでいるとはいえ銃を持った大人に対し怖いという感情を抱かないわけがない。彼女自身もそれは自覚していた。自分なんかがこの状況をどうにか出来るなんて到底思えない。恐怖で身が震えるのは当然の事だと、どこかでそう納得していた。
しかし彼女は見てしまった。自分と同じただの学生という身でありながら、その身を顧みず飛び出していった青年の背中を。
全てが終わり、別の病院に運ばれ目覚めた彼女が最初に抱いた感情、それは悔しいという感情だった。
自分が今まで学んできたものは何だったのか。武道という道を選んだのはああいう場面でこそ強くあれるためではないのか。
(私は弱い)
目覚め起きたベッドの上で真っ白なシーツを握りしめ、命を顧みず飛び込んでいった彼の背中を思い出しながら彼女は強く自分の弱さを歯噛みした。
(神崎戦哉、あいつは普通じゃない......でも重要なのはそこじゃなく、あの場で誰かを守れたか否か......私は私のやり方で強くなるしかない)
「はぁあッ‼」
今日一番、気合の籠っているであろう声が武道場内に響き渡った。
「病院明けなのによくやるね~うちの部長様は。そんなんじゃ、新入生がプレッシャー感じて、皆辞めちゃうよ~」
武道場の入り口、その扉前にいつの間に入ってきたのか1人の人影があった。
「楠木先生」
それは上下赤ジャージを着た、ボサボサ髪の女性教師だった。
「飯はちゃんと食ったのか?柴崎」
女性教師はそう言いながらこちらに歩み寄ってくる。
柴崎は構えの姿勢を解き、女性教師へ頭を下げる。
「はい、食事なら済ませました。先生は何故こんなところに?」
尋ねると楠木教師は大きくため息を吐いた。
「……テロ事件に巻き込まれたって聞いた生徒が、昨日の今日で昼休みに自主練してたら、教師として心配しないわけがないだろう......本音を言うなら私としては、学校自体も休んで欲しかったんだがなぁ......」
珍しい楠木教師の困り顔に柴崎は戸惑う。
「あ、いえ、この通り特段怪我をしているといったわけでもないので、学業を休むわけには......でも、そうですね心配をかけてしまってすみません」
再度頭を下げる柴崎。
それを見て楠木教師は再びため息をついた。
「真面目過ぎるのも考え物だな......神崎のやつなんて、今日は無断欠席してるぞ。昨日、あいつのお姉さんから怪我をしたので休むと学校に連絡があったらしい。2日も休むほどとは全くどんな大怪我をしたんだか。私の周りには心配をかける生徒が多くて叶わん」
神崎と聞いて肩をピクリと反応させる柴崎。
どうやら教師陣は神崎があの現場にいたことを知らないらしい。
運ばれた病院で柴崎は神崎の姿を探したが見あたらなかった。
他の所に運ばれただけなのだろうとそう自分に言い聞かせていたのだが、今日の無断欠席という彼の状況に柴崎は眉をしかめる。
(やはり、あいつの身にあの後何かあったのだろうか。断片的に記憶にある、あの巨大な虎......あれは現実ではなく恐怖心から来た夢のたぐいだと思っていたが......)
「うん?どうした、そんな険しい顔をして......」
何かを考えこむ柴崎に対し、楠木教師は疑問の表情を向ける。
「……あ、いえ、何でもないです」
あまりに非現実な記憶の内容を説明できる気のしない柴崎は、とりあえずその場は誤魔化した。
「......まぁいい、とりあえずお前ももう制服着替えて教室戻れ。他の教師たちも心配してるんだ。稽古なら部活の時間で私がたっぷりつけてやるから今は教室で大人しくしてろ.......ホントは部活も休んで欲しいんだがな」
「オ、オッス」
頭をかきながら言う楠木教師に対し、柴崎は、自分の行いが思いのほか周りに影響を与えていたことを知り少し戸惑った返事を返した。
(……自分の事ばっかりで周りが見えていなかったか、少し反省だな)
少し肩を落としつつ柴崎がその場を後にし、更衣室に向かおうとした、その時
バリン、バリン、バリン
「きゃあああああああああああああああああ」
武道場の外、校舎の方からガラスの割れる音と、複数の叫び声が聞こえてきた。
「な、何事だ?」
ただ事ではない音と声に楠木教師は驚きつつも急いで武道場から出て、一階の体育館に繋がる階段を駆け下りていく。
柴崎もそれに続く形で駆けだした。
階段を下りきると体育館の舞台横に出る。
そこから正面に体育館出口が見えるのだが、階段を下り切った位置で楠木教師は止まっていた。
「先生どうしたんですか?」
後から降りてきた柴崎が楠木教師の背中に尋ねる。
だが、返答の必要性はなかった。
階段を下りて正面、そこから体育館出口が見える。
体育館出口のその場所に、不審な男が1人佇んでいた。
数分前
学校の廊下を歩いていた女子生徒は窓の外を見て、眉を顰める。
「何、あれ?」
女子生徒の目線の先には一本の電信柱。
そしてその電信柱から伸びる電線。そこには大量の鳥がとまっていた。
全身真っ黒の鳥はおそらくカラスであろう。
カラスは電線だけではなく、そこら辺の木や建物の屋根にもとまっていた。
何十羽を越えるその鳥たちの姿に、その女子生徒だけでなく周りの生徒も興味を持ち始める。
「なんだあれ、スゲ~~~」
[めっちゃ集まってる、なんかそいう習性でもあるんかな~」
「あんなの初めて見た」
「写真撮ろうぜェ」
窓の近くに集まり、騒ぎ始める生徒達。
スマホを掲げ、写真を撮りだす者まで現れた。
スラッと並び集まるカラスたち、その目線は全て学校の方向を向いていた。
一羽のカラスがふわっと空へ飛び立つ。
すると次の瞬間、身体を回転させ物凄いスピードで飛び出した。
それは一直線に学校の窓へと突っ込んでくる。
バリンッ
学校の窓ガラスが割れた。
しかしそれだけではない。
カラスは窓際にいた何人かの生徒の身体をそのまま貫いた。
ブシャッ
ガラスの割れる音と同時に、鮮血が学校の廊下に飛び散った。
「う、うわあああああああああああああああああああああああああ」
廊下に響く叫び声、廊下はパニックになった。
何が起きたのか分からず身体を震わせながら女子生徒はもう一度窓の外へ目を向ける。
「……嘘、でしょ」
目線の先では数羽のカラスが先ほど突っ込んできた一羽のようにふわっと飛び上がっていた。
飛び上がったカラスたちは同じく身体を回転させ飛び出す。
多くの生徒のいる学校の窓ガラスに向かって。
バリン バリン バリン
「いやあああああああああああああああああ」
数えきれない数の黒い弾丸がその日、学校を襲った。
学校に突っ込んだカラスたちは生徒を逃がさず追い掛け回し、その身体を貫く。
学校内では生徒のパニックになった声で満ち溢れ。そしてその声が消えるたび学校中に鮮血が飛び散った。
学校はその日、地獄と化した




