第二章 真実 その10 「絶対的強者の理念」
「な、これで分かったろ。お前は騙されてたの」
仰向けに倒れ、涙を流す戦哉に対しディアはなんの気遣いもしようとする気配なくそう告げた。
「この世界に真っとうなお前の味方は存在しない。お前に残された道は1つ、私についてくることだけだ」
ディアが右手の指をひょいッと上にあげる。
すると戦哉を拘束していた赤い輪っかがフワッと息を吹きかけられたロウソクの火のように消え去った。
「さぁ、お前の真の味方は私だけ。分かったら、さっさとこの手を取れ」
倒れる戦哉にディアは笑顔を作りながら手を差し出す。
「くッ、ふざけんな‼」
差し出された手を戦哉は弾いた。
そのまま立ち上がり、飛んでディアから距離を取る。
「......ああ、確かに思い出したよ。姉貴は姉貴じゃなかった。俺は今まであの人に、なにかよくわ分からない力で騙されていたのかもしれない。それ自体はよく分かった......でも、あの人が俺にしてきてくれた事、それだけは変わらない。たとえ本物の姉じゃなくてもあの人は俺にとって大事な人だ!」
戦哉は強めた語気でそう言い放った。
手を弾かれたディアはそのままの姿勢で動かず固まっていた。
場を沈黙が支配する。
「......はぁ~、つまり何が言いたい」
敵意溢れる戦哉の視線に対しディアは静かに手を差し出した姿勢から元の姿勢へと戻る。
その顔から笑みは消え、目からはハイライトも消えていた。
「俺はあの人を傷つけたお前を許せないし、信用も出来ない‼」
戦哉ははっきりと断言した。
「……そうか、そりゃ残念だ......はぁ、じゃあもうめんどくさい、力技で進める」
イラつきの帯びた声。
戦哉の耳に静かな声でそう聴こえた瞬間だった。
目の前からディアの姿が消えた。
「はッ‼」
消えたと気づいた束の間、突如として戦哉の真横に現れるディア。
目に映ったその姿勢は戦哉の腹に横蹴りを入れる寸前の姿勢だった。
「ふッ!! ギィィッ!!」
今までのディアに対する危機感からか、頭で認識するよりも先に身体が動いた。
肘で腹をガードする。
しかし、ほとんど意味はなかった。
「がはッ‼」
肘の上から腹に向けて放たれる蹴り。
その衝撃は全く防がれることはなく、全身に駆け巡った。
肘がバキッと嫌な音を立て、強烈な痛みが走る。
蹴りを受けた戦哉の身体は、そのまま宙に浮いた。
が、しかし吹き飛ばされるようなことはなかった。
吹き飛ぶ前にディアに胸倉を捕まれていた。
掴んだ胸倉ごと戦哉を、まるで金づちを打つかのごとく真上へと振り上げる。
ガンッ
「ぐはッ......くッ!!」
浮いた身体をそのまま屋上のコンクリの地面に叩きつけられた。
屋上の地面には衝撃で亀裂が走る。
ガンッ ガンッ ガンッ
一度だけではない、二度、三度、コンクリの地面に、それこそ金づちで釘をうつ要領でディアは戦哉の身体を叩きつける。
地面にはそのたびに亀裂が入り、戦哉の口からは血が吐かれ続けた。
しばらくして、やっとのことで叩きつけるのを辞めたディアは痛みで声も出せない戦哉に問いかける。
「……で、何をどうするって?こんな弱っちいのに、私に逆らってどうすんのよ、あ?」
その声には今までのおちゃらけた感じは一切なく。
相手に威圧感と恐怖を与えることを目的としたものになっていた。
「本来、この世に強者が弱者の声に耳を傾ける道理なんか1つもねぇんだ。弱者は強者に従い、ひれ伏し、時に蹂躙される、それがこの世で生きる生物の絶対的な理ってもんだ」
雰囲気の変わったディアに驚き、目を見開く戦哉。
そんな戦哉にディアは、己が持つ世の理念を語りかける。
「......でも、私はなるべく優しい人間でありたいからよ~、力任せに無理やり連れて帰るなんて真似はしたくなかったんだぁ、言葉で説得して本人の意思の元っていうのが理想だったんだが、どうにも私にはその方法が向いてなかったらしい」
ディアは軽い笑みをつくる。
しかし、今度浮かべたその笑顔には温度と呼べるものが存在していなかった。
「で、どうする?私に静かに従うか、それともここで抵抗できないようになるまで痛みつけられるか」
「くッ‼……」
選択肢と呼べないような選択肢を突きつけるディアに、戦哉は必死に敵意の眼差しを向けて抵抗しようとする。
しかし、その圧倒的な力で抑えられた身体はピクリとも動きはしなかった。
ディアはそんな戦哉に対して追い打ちをかける。
「あと、ちなみにお前の偽物のお姉さん、あの女もまだ殺してはいない。でももし、お前がこのまま抵抗を続けるって言うんだったら、お前の目の前であの女の命を消してやることも、私には出来るぞ」
冷たい笑顔でそう言い放つディアに、初めて戦哉の瞳が揺らいだ。
自分だけの痛みなら、姉のために、目の前の敵をぶちのめすために、いくらでも耐えて見せる。その位の怒りが戦哉にはあった。
けれど言われて想像してしまう。
何も手出しできない自分の前で行われる、姉ユリに対する残虐的な行為、血を吹き、呻き声をあげる姉の姿、そして最後に転がる冷たい亡骸。それを笑顔で行う、行ってしまえるディアの姿を。
それだけはダメだ、と戦哉の中で激しく渦巻いていた闘争心が薄れていく。
変わりに、どうしようもない程の無力感と悔しさが心の中を満たしていった。
「……ち、チクショウッ」
自分が勝てる未来とディアの脅し、どちらが実現する可能性が高いかなど、考えるまでもなく明らかだった。
戦哉はやりきれない怒りに、悔し涙を両目に溜め、ギリッと音がなるほど歯を食いしばる。
抑えつけてくる腕に必死に抵抗しようと込めてていた力が一気に抜けていった。
「自分の身体よりも自分を洗脳していた女の命の方が大事か、全く気持ちの悪い絆が出来たもんだな」
言うとディアの戦哉を押さえつける手が再び赤色に光りはじめる。
戦哉は記憶を蘇らせてくれた時のような痛みが、また襲って来ると思い身を強張らせるが痛みが走ることは一切なかった。
数秒もしないうちに光はやみ、ディアは戦哉の胸倉から手を離した。
戦哉は身体を起こし、自分の身体を確認する。
痛みが一切なく、たった今受けた傷が嘘だったように全て無くなっていた。
(そういえば、この人の能力は治癒なんだっけ......本当に、生かすも殺すも全てこの人次第ってわけか)
ゴクリと戦哉は生唾を飲み込んだ。
戦哉は今になって、ディアという女性の恐ろしさを理解出来た気がした。
同時に、ディアに言われた弱いものという言葉を何も否定できずに悔しさで歯を嚙みしめる。
「全快したからと言って逃げようだなんて考えるなよ。お前の全力に追いつくのなんて私は軽くでも1秒かからないからな」
自分の身体の回復に驚く戦哉を見下ろしながらディアは告げる。
その誇張されているかのような言い回しでさえ、ディアには本当に可能なのだろうと思わざるを得えない。
逃げる気など戦哉には起きず、首を縦に振るしかなかった。
「分かった、俺はあんたにおとなしくついていく、だから姉貴にはもうこれ以上手を出さないと約束してくれ」
戦哉は、そのかわりに、と交換条件を提示する。
しかし、
「まぁ、私の気分次第だな」
そんな曖昧な返答をされた。
「なんだそれ!ふざ――」
「弱いものに何かを要求する権利などない」
思わず声を荒げそうになった戦哉に対して、ディアはしゃがみこみ、顔を近づけ言葉を遮るように言い放った。
「出来るとすればどうしようもない懇願ぐらいだ、覚えておけよ。今までお前の話に付き合ってあげていたのは、私の優しさによるものだということをちゃんと理解しとくんだな」
今度は冷たくはない、けれども明らかに格下のそれも心底愚か者に向けるような嘲笑の笑顔でディアは戦哉に対し言い放った。
言い放つと同時に頭を撫でられる戦哉。
その時、戦哉の内側で突如として渦巻いた感情、それは悔しさや屈辱などではなかった。
なんてものに自分は目をつけられてしまったんだというディアに対する畏怖の感情だった。
この人に逆らってはいけないという、屈服にも近い感情が全身を駆け巡り、心臓の鼓動を速め、唇を震わした。
「……さて、それじゃあ、そろそろ行きますか」
雰囲気を一瞬の内に元に戻し、ディアは無邪気な感じで立ち上がる。
戦哉はそんなディアを見上げたまんま身体を震わせ立ち上がることが出来なかった。
「どこから行った方が近いかなぁ~……ん?」
ディアは額に掌の側面を当て、遠くを見るようにあたりを見渡す。
すると、途中で動きを止めた。
目を瞑り、何かを聴き取っているかのように静かになる。
目を瞑ること数秒、
ゆっくりとを目を開け、ダルそうな表情をし始めた。
「スゥ~~~~~~~~、だぁぁぁぁあああああああああああ‼ もう‼ めんどくさいなぁ‼」
次の瞬間、息を思いっきり吸い込んだかと思えば同時に大声を上げ、片足で地団太を踏み始める。
突発的なディアの行動に戦哉の身体は思わずビクンッとはねた。
「チクショウ、関係のない一般人巻き込むとかありえねぇだろ、これだから人造人間ってやつは……」
何やらブツブツ呟いて、戦哉の方を見下ろすディア。
そしてうんざりした声音で戦哉に向かい話始めた。
「あー、お前、病院であった事件あるだろ、お前がボコボコの血だらけで倒れてて、それを私が回収したあの病院の……」
「え、う、うん」
話の先が読めず、とりあえず頷く戦哉。
「あれの首謀者が、今からな……」
その後、聞こえてきたディアの言葉に戦哉は訳が分からず思考が真っ白になる。
自らの耳を疑った。
「お前が通う学校とやらを襲撃するらしいんだわ」
「は?」
あまりの衝撃に口から思わず声が漏れ出てしまった。




