第二章 真実 その9 「解放される記憶――想起されし真実」
「うッ......ん?」
意識を取り戻した戦哉の視界に映ったのは流れゆく景色だった。
見下ろす形で、建物や道路が下から上へと流れていく。まるで空を飛んでいるかのような、それか建物から建物へジャンプして移動しているかのような景色。
頬には風を感じる。
そんな風と、だらりと何かにもたれかかる自分の身体の感触から自分は何かに運ばれ移動しているのだと分かった。
顔を横に向け、自分を運ぶ者の正体を確かめる。
視界に映ったのは風に靡く真っ赤な髪の毛だった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ」
「あ、あぶねぇ、あぶねぇ、馬鹿!暴れんな」
咄嗟に慌てる戦哉の身体をがっちりと掴みながらディアは目下の建物の上へと着地する。
「ふぅ~~、危ない、危ない、危うく落とすところだった......たくっ、飛び移る途中で急に暴れんなよな」
「く、クソッ、下ろせ、下ろしやがれ!てめぇよくも姉貴を、許さん、絶対に許さん」
ディアの肩に担がれた状態で、必死に暴れまくる戦哉。
その脳内には、気を失う前に見たボロボロになった姉を掴み上げるディアの姿が思い起こされている。
あの時、あの瞬間から戦哉の中でディアは確かな敵になった。
「最初会った時に味方だって言ってたくせに、よくも騙しやがってこのックソイカれ女‼」
戦哉は手足をばたつかせ、何とか拘束を解こうとする。
拳で背中を叩き、膝でわき腹を打つ、しかし何一つ効果はなくディアの身体はびくともしなかった。
戦哉の罵詈雑言を聞き、ディアはため息をつく。
「はぁ~、さぞ美しい姉弟愛なこって、へぇ~、へぇ~、今お望み通り下ろしてやるよ」
そう言うとディアは肩に担いだ戦哉を片腕で持ち上げ、現在2人がいる、どことも知れない建物の屋上に、そのままひょいッと放り投げた。
「ッ!ぐがっ‼」
放り出された戦哉は綺麗に着地することなど出来ず、屋上の地面に落下し転がる。
「あのなぁ、詳しい事情も知らんのにあれこれ言うのは人としてどうかと思うぞ」
「事情なんか知るか‼お前が姉貴にひどい事してたのは事実だろ、ぶっ殺してやる」
戦哉はすぐさま立ち上がり、ディアに突っかかろうとした。
「えいッ」
そんな声と共にディアは右手で何かを握る動作をする。
すると、飛び掛かった戦哉の周りに赤い輪っかが出現し、束の間に輪っかは縮小し、中心の戦哉の身体を拘束した。
拘束された戦哉はそのまま地面に落下する。
「な、なんだこれ⁉チクショウ、離せ‼」
輪っかに捕らえられ、両手を胴体から離せない戦哉はその場で芋虫のようにうねうねと身体を動かした。
「治癒能力だけって話も嘘か‼この嘘つき女め」
「一回黙れ」
「げぶッ‼」
拘束されてなお喚き続ける戦哉にディアは蹴りを入れる。
強烈な蹴りが腹に入った戦哉は、強烈な痛みに声が出せなくなった。
「この力は別に能力じゃねーよ、覚醒したお前もすぐに使いこなせる......さて、次はこちらからの質問、お前一体どこまで覚えてる?」
質問に対し、蹴りの痛みに堪える戦哉は何も答えられない、そのかわり敵意に満ちた目でディアを睨んだ。
「あ、素直に答えないと、いくらでも蹴り入れるからねぇ」
足を挙げて笑うディアに、(この女、マジもんの悪魔だ)と内心思う。
「覚えてるって、テメェに腹蹴られて吹っ飛ばされたとこまでしっかり覚えてるよ」
痛みがおさまって喋れるようになった戦哉は、ディアを睨みながら愛想悪く喋る。
「あ~違う、違う、そこじゃない。その前の気絶以前の記憶はどこまである?」
「その前って……あ!」
戦哉は唐突に襲ってきた頭痛の事を思い出す。
そしてそれと同時に、直前ディアに投げかけられた質問も思い出した。
――どうして、自分には親がいないのだろうなんて?
――なぜそれが姉には通じてないんだろうな?
ディアの声が脳内に響き渡る。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
瞬間、あの時と同じ電撃が走ったような痛みと、思考を全て打ち消しにかかる閃光に襲われる。
「チッ、新しくかけられた洗脳は打ち消せても、過去にかけられた洗脳はそのまま定着してんのか。改めてエグい能力だな……ちょっと待ってろ」
痛みに悶える戦哉を見下ろし、ユリの能力の厄介さに舌打ちするディア。
右手を赤く光らせ、蹲る戦哉に近づき頭に手をかざした。
「厄介な力は、絶大な力で外側からぶち壊すのが一番手っ取り早い」
戦哉の頭にかざした右手の光がより強さを増す。
それと共に、戦哉の呻き声も増していった。
「ぐ、ぐがッ、がああああああああああああああああああああああああああ」
「はい、はい、ちょっと頭おかしくなりそうなぐらい気持ち悪いと思うけど我慢してね~」
ディアの右手の光は、戦哉の頭を覆いそのまま脳内へと入り込む。
真っ白く染まっていた戦哉の思考が、今度は真っ赤に侵食された。
頭の中で、バチッ、ブチッ、と何かが引きちぎられるような音が鳴り響く。
まるで脳みそを直接手でかきまわされているような、そんな感覚が戦哉を襲っていた。
「……よしッこれでOK~」
悶え始めて約5分、ディアがようやく戦哉の頭から手を離した。
「はぁ、はぁ、はぁ」
痛みと苦しみからようやく解放され、仰向けで倒れる戦哉。
その脳内には安堵ではなく、混乱が広がっていた。
(なんだよ、なんだよこれ、なんで忘れてたんだよ……俺は)
激しい頭痛から解放された瞬間、脳内に様々な記憶がよみがえってくる。
それは忘れていることにも気づいていなかった、10年前以前の記憶。
両親のいない戦哉が孤独に過ごした7歳までの記憶だった。
そして、その中で、絶対に忘れられない、忘れてはならない記憶が1つ存在した。
それはある人との出会いの記憶だった。
ある雨の日、道端で傷だらけで出会ったその人。
自分と同じ、孤独に苛まれていたその人。
その人に、自分と一緒に家族にならないかと告げた日の記憶。
まだ小さかった手を差し伸べ、一緒に暮らそうと告げた日の記憶だった。
「嘘だろ……あの人は、姉貴は......」
信じたくない、と自分自身の中で何度も否定する。
この10年間記憶はなんだったんだと自分に言い聞かせる。
それなのに、それが事実であることをすんなりと受け入れてしまう自分がいた。
それが当たり前の事実であるということに簡単に納得してしまえる自分がひどく気持ち悪かった。
戦哉は今まで認識できていなかった、その事実を口に出す。
「俺の......本当の姉貴なんかじゃなかった......俺に家族なんて1人も......いなかった」
涙が一筋、戦哉の目から零れ落ちた。




