第二章 真実 その4「今後の方針」
「……」
戦哉は目の前の光景を何とも言えない表情でで見つめる。
自分の左腕だったものが、ぐちゃぐちゃ、バキッボキッと音を立てて食べられているのだ。
それもコンビニで買ったフライドチキンかのように平然と。
そりゃ、誰だってこういう表情になる。
「もぐもぐ……んぐッ……で、話は戻すが、結局お前が私の国に来るためには、その姉とやらに許可をもらう必要があるってことだったな」
戦哉の目の前で胡坐をかき、向かい合うディアは普通に話を始めた。
「あの~、俺、腕を千切られた理由とか、まだ何も聞いてないんですけど~」
戦哉は恐る恐る尋ねる。
「ん?ああ、それはだな、この左腕の傷からお前さんの身体全体に相手さんの力を流し込まれてたのよ。これだと、相手さんはいつでもお前に対して力を行使出来る状態になっちまう」
食べかけの左腕を掲げ説明するディア。
「そもそも、一度覚醒したっていうのに、それ以前の傷が治ってないってのは明らか不自然だからな。十中八九ただの傷じゃないってわけで……遠隔で何かされる前に私が気付いて良かったな」
言い終えるとディアは再び、左腕を食べ始める。
(……もしかして俺があの病院に行ったのって)
戦哉はそこで、自分があの場に誘導されていた可能性に気付く。
(つまりあのテロは俺個人を狙ったものだったのかもしれなくて、他の人たちはその巻き添えを喰らっただけ……くッ、このクソが!結局、俺のせいじゃねえか‼)
戦哉はコンクリの地面に自分の拳を叩く。
脳裏に泣き叫んでいた親子の映像が思い起こされ、その顔に悔しさが滲む。
(……俺がこの体質を克服しなけりゃ、また誰かが巻き込まれる。一刻も早くこの力を使いこなせるようにならねえと)
戦哉の気持ちがより一層強まった。
もぐもぐとそれを横目に見るディア。
「で、それで、どうすんだ?やっぱり私が会いに行くか、おめぇの姉ちゃんに」
「あ、いや、それはちょっと勘弁してもらえたらと」
「なんでだよ」
頑なに姉に会う許可を出さない戦哉にディアはジト目を向ける。
「なんでって、そりゃぁ……」
目の前に座るは、人間の食べかけの腕を片手に持ち、口を血で真っ赤に染める女性。
(こんな、見るからにイカれてるやつ身内に会わせられるわけねぇだろ‼)
戦哉は心の中で叫んだ。しかし、今度は恐怖が上回ってしまったためか、声にはどうしても出せなかった。
「……家族の説得にディアの力を借りるわけにはいかないかなと……姉にはちゃんと、俺の口から話して説得したいので」
「……ふ~~ん、家族ってそんなもんなのかね、じゃあ、分かった」
咄嗟に出た言い訳に、何とか納得してもらい戦哉は安堵する。
正直、普通に考えてこんな話、身内どころか誰に話したところで、理解される前にそもそも信じてもらえるはずがない。
あっさり了承してもらえたのは、おそらくディアの中で家族というものが、それぐらい話し合えるような絆を持つ関係性のあるものだと認識しているからなのか、それともそもそも家族というものの認識があまりはっきりと分かっていないからなのか。
とにかく戦哉は今から姉にどうやってこのことを説明するか、頭を悩ませることになった。
(……突然、留学の話が舞い込んだと嘘をつくか、最悪、置手紙をして家を去るか)
戦哉の中での優先事項はこの時、体質を克服することが最優先になっていた。
(このままだと、一生、姉貴に迷惑をかけることになる。それより少しの間、距離を取って体質を克服する方がお互いのためにもなるよな)
姉の自分に笑いかける顔を思い出し、戦哉は多少の心苦しさを胸にはらんだ。
「家族を説得し終えたら、またこの給水塔の下に来い。私はほぼ毎日ここで待機してるから、お前が戻ってき次第、私の国に向かい出発する。これでいいな」
聞こえてきたディアの説明に戦哉は首を縦に振る。
「タイムリミットは3日間。3日たったら私はお前の気配を追って、家まで迎えに行くからな」
(3日かー、少ないなぁ)
3本指を立て、こちらに突き出してくるディアに戦哉は何とか、分りました、と了承した。
「よし、それじゃぁ、今日の所は帰っていいぞ。なるべく早く、お姉さんを説得することだな……私はお前の腕を食べて腹いっぱいになったら眠くなってきた、もう寝る」
言うとデイアは、欠伸をしながらこちらに手首をクイッ、クイッとやり、横に寝転び始めた。
いつの間に食べ終わったのか、左腕だった物の影が微塵もなくなっている。
(え~~、マイペースにも程がありません。このままほったらかしはひどくないですか)
そう思いつつ、戦哉も立ち上がる。
そして、給水塔の端まで行ったところで、
(え?これ、俺どうやって降りるの?)
ようやく、自分が帰る手段がないことに戦哉は気付いた。
「あの~、これ、俺どうやって帰れば……」
「がぁ~~~~~~ッ、がぁ~~~~~~~~ッ」
振り返ると、もうすでにディアはいびきをかいてぐっすりと寝ていた。
(マジですか⁉)
戦哉はとりあえずキョロキョロと降りる手段がないかと辺りを見渡す。
外付けの梯子自体はあった。
しかし、梯子の上からの扉ははしっかりと施錠されていた。
戦哉は寝ているディアに近づき、肩を揺さぶる。
「ちょっと~、起きてください‼このままじゃ、俺帰れないんですけど‼」
「ん~、ん~~?」
声を放つだけで、微塵も起きる気配はない。
「すいませ~~ん‼連れてきたんだったら、最後まで面倒見てくれないと困るんですけど‼」
大声で耳元で叫ぶ。
すると、ディアから反応があった。
「ん~、うるさいなぁ」
(よしッ、これなら起きッ――)
その時、給水塔に突風が吹く。
「ん~寒い」
声と共にガシッと襟首をつかまれる。
「え⁉うわぁッ」
次の瞬間、とてつもない力で腕の中へと引きずり込まれた。
(ひ、ひぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええ)
「んふふふ、あったかい」
身体を拘束され、抱き枕にされてしまう戦哉。
今では密着のドキドキより先ほどのトラウマが蘇る戦哉。
恐怖のあまり声が出ず、心の中で絶叫する。
そして戦哉を襲ったのはトラウマだけじゃなかった。
(臭ッッッせぇぇぇぇぇぇ‼めちゃくちゃ血生臭えぇぇぇぇぇぇ‼)
鼻をつんざく、強烈な匂いがディアから漂ってくる。
それもそのはず、戦哉の血を浴び、千切れた腕を食べたのだ、血生臭いに決まっている。
戦哉は抱き締められる恐怖と、鼻が曲がるような臭いに襲われながら、一晩過ごした。
夜が明け、目を覚ますまで、ディアは決して戦哉を離しはしなかった。




