第二章 真実 その3 「イカれた救済者」
「あ、ちなみに言い忘れてたが私は別に他人の感情なんかこれぽっちも分かんねぇからな」
「え?」
それに対し戦哉は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして固まった。
ディアはその間抜け面を見て、また大声で笑いだした。
戦哉の顔が見る見るうちに絶望に染まっていく。
「あ、大丈夫、大丈夫、ちゃんとお前の能力は使いこなせるようになるから。私が持つ能力がお前とは違うってだけ!」
手を振りながら安心しろと笑うディアは戦哉の目の前まで近づいてくる。
身長がディアの方が大きい分、戦哉はディアの顔を見上げる形になってしまう。
「私の能力はこれだ」
そう言うとディアは戦哉の顔に手を近づけた。
頬にある、先ほどの銃弾が掠って出来た傷を指で撫でられる。
すると瞬く間に頬に感じていた鋭い痛みが無くなった。
「え?」
撫でられた箇所を自分で触ると、そこには、あったはずの傷が消えていた。
(え!え!スゲー!)
戦哉は驚きのあまり、声をださず、驚いた顔のままディアの顔を見上げた。
「アハハ!おもしれぇ顔。いい反応するなぁ、どうだスゲーだろ。私の”治癒”の能力。骨折なんかも一瞬で治せるぜ」
どうだ!といった顔で笑うディア。
そんなディアの能力に戦哉は、
「い、いいなー、めっちゃ便利。俺の奴とは大違い」
と、素直に感じたことを口に出した。
キラキラと輝く瞳がディアを刺す。
「ん?い、いや、そうでもねぇぞ、ありがちだし珍しくもねぇ」
言われたディアは照れているのか、頬を染め嬉しそうに顔を逸らした。
しかし、その表情はすぐに戻り、諦観じみた感じで「ふッ」と自嘲気味に笑った。
「……それに覚醒した人間は、力を使いこなせれば大半の傷は自分で治せる。お前だって、その服装見る限り、相当やられたんだろ?……でもほら傷1つねぇ」
笑いながら言うと、戦哉の身体をディアは指さした。
確かにそこには記憶にあるダメージとボロボロの服には一切見合わない、傷一つない自分の肉体がある。
力を使いこなせるようになった人間には無用の、何の役にも立たない能力だよ、これは、と悲し気に呟く声が戦哉の耳には聴こえた。
(俺の力は、何かに使えるんだろうか)
戦哉は思わず自分の両腕を見つめる。
「ん?」
ふと、ディアが何かに気付いた。
「お前、その左腕の包帯、ちょっと見せてみろ!」
「ん?あ、はい」
言われ、左腕を差し出そうとすると、半場強制的に掴まれ引っ張られる。
次の瞬間、左腕の包帯がビリビリに破かれた。
露になる、決して浅くはない赤黒い傷。
急に空気にあてられた傷がギリギリと痛みだす。
「この傷はどこで?」
傷を眺めながら、ディアが聞いてくる。
「え、えっと、昨日、下校中に……馬鹿げた話だけど巨大な虎に襲われて、それで」
引っ張られた勢いに驚き、戦哉はしどろもどろで答える。
それを聞いてディアは傷口に顔を寄せ、匂いを嗅ぎ始めた。
(え、何やってんの⁉この人)
唐突な行動に戦哉の身体が強張る。
「かぁ~~、獣くさい!こりゃぁ混じってるね!いや、混ぜ込まれたの間違いか」
ディアは傷から顔を外し、そんなことを言う。
またしても戦哉からすれば何を言っているのか分からない。
「こりゃあ一度、引き抜くしかねぇな、こりゃぁ……よいしょッと」
「え、引き抜くって何を、え‼」
不穏な発言と共に、身体を引き寄せられる戦哉。
引き寄せた身体をディアは、片腕で抱き締めるように受け止めた。
女性との急激な体の密着に内心混乱しまくる戦哉。
しかし、それも一瞬で終わる。
「よし、それじゃ、今から腕引き抜くから覚悟しとけよ」
予防注射を打つノリで言うディア。
その持ち手が左手の手首から二の腕に変わるのを戦哉は確かに感じた。
「は、ちょっ、あんた、何言って!ちょっと待ッ――」
「せーの!」
ブチッ ブチブチブチッ
「がああああああああああああああああああああああああ」
生々しい音と共に、夜空に絶叫が鳴り響いた。
二の腕が物凄い力で引っ張られ、肩から先が、音を立てて引き千切れていく。
血が噴き出し肉は裂け、骨も一瞬の内に折られた。
あまりの激痛に戦哉の意識は飛びかけ、視界の中がチカチカと明滅しだす。
完全になくならないのはおそらく覚醒とやらが原因なのだろう。
バキバキッ ブシャー
「よし、取れた、取れた」
辺りに血しぶきが舞い、戦哉の左腕が完全に個別の肉と化した。
千切れた腕をぶら下げ、揺らすディア。
片腕で抱かれたままの戦哉は、錯乱状態で必死にもがく。
「あー、あー、そんな暴れんなってすぐ治してやるから……ん?でもこれ、ちょっと全身にまわっちゃってんな、どれどれ、ほれッよいしょッと」
ディアは、戦哉の背中に回した手で、そのまま戦哉の背中の服を掴み持ち上げる。
戦哉の両足が地面から離れ、ディアに抱えられる形になる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ、あああああああああ」
必死にもがき続ける戦哉の抵抗をまるで顧みないディアはその身体をおもちゃのように軽々しく扱う。
もう片方の手に持っていた、戦哉の左腕だったものを足元に投げ捨て、空いた手を戦哉の腰に回した。
戦哉の身体が斜めに持たれ、肉の見える方の接合部分がディアの顔の位置に来る。
ディアはそのまま接合部分に顔を近づけた。
「あーーーむ」
戦哉の目にとんでもない光景が映る。
血の吹き出す接合部分だった場所をディアが口を空けてそのまま咥え込んだ。
「がッ‼」
あまりの衝撃に息が止まる。
ディアは咥えこんだままチューと音を立てて血と共に何かを吸い上げる。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ、うぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ」
身体の中にあった何かが確かに抜けていく感覚を戦哉は感じていた。
「……うぐぁ〜〜〜ペッ、あー血まで少し飲んじまった。まぁ、しょうがないか」
何かを吸い上げ、口を離したディアは口の中の血を地面へと吐き出す。
当の戦哉は魂が抜かれたようにぐったりとディアの腕の中で動かなくなっていた。
「よし、それじゃあ腕、治すからな~」
言うとディアは今度は腰に回していたほうの手を腕が生えていた場所へとかざす。
かざした手のひらが先ほどと同じ、淡く赤い光を放ち始めた。
「う、ぐッ、がッ」
引きちぎられた肩の部分から痛みではない謎の疼きを感じ始める。
力のない薄れた目で見てみれば、なんとそこから肉の塊がボゴッボゴッっと音を放ちながらぐんぐんと生え、伸びていた。
その肉塊はみるみる内に腕の形へ変わっていく。骨が生まれ、筋肉が絡み、皮膚が覆っていく。そして最後にその形を掌の形へと変形させると、そこには傷一つない元通りの左腕があった。
「ほれッ、これで大丈夫だぞ」
ドサッと音を立て戦哉は地面へと下される。
生え直した左腕を見つめ、放心状態のまま動けなくなる。
「ん~~この残った、左腕、どうしちまうかなぁ。めんどくせぇし、食っちまうか」
ディアの暢気でとんでもない発言が耳へと入ってくる。だが、もう驚く気力も残ってない。
戦哉はゆっくりとディアの顔を見上げる。
そこには背後から月明りに照らされ、影を作ったディアの笑顔が映る。
片手に、かつての左腕だったものをぶら下げ、こちらを見下ろし笑いかけるその姿に、戦哉は。
(本気でイカれてやがる、この女)
そう思うほかなかった。
「ハハッ……」
一周回って乾いた笑いが口から零れ出る。
(……体質を克服するには、この女と一緒にいるしかない)
戦哉は唇をかみ、拳を握りしめる。
自分の内に感じる、今までに感じたことのない恐怖を必死に抑え込み、覚悟を決める。
今まで探し求めていたものを得るにはそれしかないと。
戦哉の目に映っていた明るい希望の光は、いつのまにか強大で不気味な近づけば飲み込まれそうな光へと変わっていた。
でもそれが、確かに希望の光であると、戦哉は願う他なかった。




