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第二章 真実 その1 「彼女の呼び名はディア」

「う、う~~~~ん……ハッ!」


 目を覚ますと、視界には闇が広がっていた。

 それが、日の落ちた後の夜空だと気づいた戦哉は、急いで身を起こす。


(こ、ここは⁉あの化け物は⁉病院の人達はどうなった⁉)


 意識を失う前に見た、化け物が爆散する光景を思い出し、戦哉は焦燥に駆られながら辺りを見回した。


 靡く風に、目下に広がる町並み。

 目に映った景色に、自分がとてつもなく高い場所にいるということに戦哉は気付いた。


(え~~~!マジでここどこ⁉なんで俺、こんな場所にいるの⁉)


 そこは町の給水塔の上だった。


 自分の記憶とのあまりの脈絡性のなさにさらに混乱具合が増す。

 一瞬、夢だったのか?とも思うが、自分の着ている服はビリビリのボロボロで乾いた化け物の血の色で染まっていた。


 自分の身体を触って確かめる。


(……あれ、どこも痛くないし、傷もない)


 その身体は病院に行く前よりもまっさらで、左腕の包帯以外、傷跡の見当たらない健康体そのものだった。


「お、やっと起きたか、 待ちくたびれたぞー寝坊助さ~ん」


 背後から知らない声が聴こえる。

 振り返るとそこには、赤い長髪を風に靡かせた見知らぬ女性が胡坐をかいてこちらを見ていた。

 その顔にはニヤリとした笑みが浮かんでいる。


(え、誰なの、この人……? もう訳の分からん騒動は病院の化け物でお腹いっぱいなんですけど)


 戦哉は、明らかに女性から感じるただ者じゃない感に、これから起こるトラブルの予感をひしひしと感じていた。

 内心、もうやめてと今まで起きてきたことを含め、涙がちょちょぎれそうになる。


 見れば女性の服装は、黒いタンクトップにゴワゴワとした迷彩柄のズボン、足元には底の厚い黒いブーツというまさに軍人のようなもの。さらに腰には銃やら何やら見た目で分かる物騒な装備群がいくつもぶら下がっているという、絶対に普通に過ごしていて出会うような人の格好ではなかった。


(……もう嫌だ、おうち帰りたい……はやく姉貴に会いたい)


 涙が頬を流れていく感触を、戦哉はしっかりと感じた。


「……え、どうした急に、大丈夫か⁉」


 突然の落涙に赤髪の女性は困惑の表情を浮かべる。


「あ、だ、大丈夫です、気にしないでください。それよりあなた、誰ですか?」


 戦哉は手で涙を拭い、とりあえず女性が誰なのか尋ねることにした。

 すると女性は困惑した表情から、二カッとした笑顔に表情を変える。


「私の名は、ディアナ。ディアって周りからは呼ばれている……お前も私の事は、ディアって呼べ!な!」


(か、海外の名前だ!てことは外国の人間!......まぁ、見るからにそうではあるんだけど……いよいよただ事じゃない感が増してきたな、大丈夫かな、俺?)


 初めて耳にする、自国以外の人間の名前にちょっとした新鮮味を覚える戦哉。それと同時に、事が国を超える大きさの可能性に内心の不安感がより強まる。


 戦哉は必死にその不安を顔に出さないよう、女性を見据える。


 元々、人と関わるのがそんなに得意ではない彼にとっては、相手が外国の人という情報はいつもよりも緊張感を覚えてしまう。


「え、えっと、ディアナさんは――」

「ディア」


「えっ!」


「ディアって呼べ。さん、もいらん」


「え、でも初対面でそれは――」

「かまわん、呼べ」


「ええ~~……」


 笑顔で頑なにディア呼びを強要してくる女性に対し、戦哉は内心困り果てる。

 初のカタカナ名前に、相手は女性。気安い感じの、その呼び方は戦哉にとって、とてつもなく高いハードルだった。自然と目線が下がり、挙動不審になってしまう。


「じゃ、じゃあ、呼び捨ては無理なので、せめてディアさんで許し バンッ へッ⁉」


 照れながら、せめて、さん付けで、と打診を願おうとした所で、音と共に何かが頬の真横を通過したのに気付く。

 直後、頬に熱い液体が流れる感触を感じた。

 目線を自分の斜め後ろの下にやる。

 戦哉たちが座る給水塔のコンクリが砕け、煙が出ていた。

 続いて静かに目線を挙げる。

 するとディアナを名乗る女性の手には銃が握られ、こちらに銃口が向けていた。


「ディアって呼べ......な?」


 満面の笑みで言う女性だったが、その笑顔はもう恐怖の対象にしか見えなかった。


(あ、この人ヤベ―わ)


 戦哉は頭の中で瞬時に理解する。


「さんもいらない、ほら......SAY?」 カチャッ


 言いながらディア呼びを強制してくる女性は銃を再度構え直す。笑みを浮かべたその顔からは内面が一切分からず、ただただ得体のしれない恐怖だけが伝わった。


「わ、分かった‼分かりました‼ディアって呼びます、呼ばせてもらいます‼なので銃をしまってください」


 急いで、正座の姿勢になり、頭を下げる戦哉。

 悪いことはしていないが、身体が勝手にそうしなければならいと即座に反応した。


「……本当は敬語もやめろと言いたいが、......まぁ、今のところはいいか」


 ディアはそう言うと、まだ納得はしていないといった顔で銃を懐にしまった。


「それで、ディアは一体何者なんでしょう?な、何ゆえ私はこんな場所にあなた様といるのでしょうか?」


 出来る限りの低姿勢で戦哉は恐る恐る尋ねる。

 しかし、その低姿勢がまずかったのだろう、ギロリとした目で見られ、地の底から響くような声で「それ辞めろ、バカにしてんのか」と言われて急いで正座から今度は体育館座りへと移行する。

 生きた心地がしない戦哉であった。


「この場所には私が連れてきた。町を見渡すのに、ここはちょうどいいからな。あと単純に私が高い所が好きなのもある。だからここに連れてきた。……で、何者かって話だが、う~~んとそうだなぁ~。たぶんそのまま言っても分からんし、1から説明するとなると、どうしても長くなっちまう。……どう説明したらいいものか、う~~~ん……ダメだ、思いつかん、ちょっと待ってろ」


 そう言うとディアは目を瞑りじっと動かなくなった。


(え?何、瞑想?)


 待ってろって言って何もせず静かに佇むだけのディアに戦哉は疑問の表情を向ける。


 その顔からは一切何を考え、何を思っているのかが読み取れない。


 戦哉にとって、それがひたすらに募る不信感になっていった。


 目を瞑って数秒、ディアはその目を開いた。


「よしっ、OK!じゃあ、これから説明する」


「え、あ、お願いします」


 いったい今の数秒で何が行われたのか、戦哉は疑問に思いつつディアの話を聞くことにした。


「お前、周りとは違う力を持ってるだろ」


 いきなり指差しでそう言ってくるディア。


「え?あ、まぁ、はい、そうですね、確かに」


 急な物言いに咄嗟に頷いてしまう。


 あまりの即答に「フフッ、素直だな。すぐ、騙されそう」とディアに頭を撫でられ、「あ!しまった」となってしまった。


「……それで、そんなお前みたいな周りとは違う特殊な奴はいろいろな組織から狙われる。それを食い止め、回収、保護するのが私の役目だ。だから今日はお前を保護しに来たってわけ……これで分かったか、つまり私はお前の味方だ」


 これで、説明終わりとばかりに手を挙げるディアに戦哉は「はぁへ~~~」としか返せなかった。説明の雑さに加え、あまりに映画でよく見るような嘘くさい話に、ホントに信じてよいのかと疑問が湧く。

 確かに戦哉は周りとは違う体質であることは事実で、ほんの数時間前まで謎の薬を打ち、化け物と化した男と戦っていた。疑問が湧きつつも、信じてよいのか分からない現象が立て続けに起きている今、簡単に否定することも出来ない。

 説明雑すぎるだろ、と内心文句を言いたくなる気持ちでいっぱいの戦哉であった。


 と、ここでいくつか気になることを思い出す。


「あのー、そういえば病院の件って、ディアはご存じです?」


「うん、ああ、知ってるぞ。あそこから連れてきたの私だしな」


 それを聞いて戦哉は自然と前のめりになって質問を続ける。


「じゃ、じゃあ、病院の人たちって大丈夫でした?」


「うん、大丈夫だったんじゃないか、ほとんど気絶してただけだったし……あの後、警察?救急車?そんな奴らも来てたし」


「で、でかい化け物は?」


「化け物?ああ、あのぐちゃぐちゃの肉片か、あれお前がやったんだろ、大丈夫、ちゃんと死んでたよ」


 そこまで聞いて戦哉は良かったと、胸を撫で下ろした。とりあえず病院にいた人達は無事なようだ。


「そうそう、あいつらの目的もおそらくお前だから。このままじゃあ、あんな連中に狙われまくりなわけ。だから今すぐに、一緒に私の国に行こう、そうすれば安全だ。もうちょい詳しいことはそこで話す」


「うん、え?国?今すぐ!ちょ、ちょっと待ってください、そんなさらっと言わないで」


 あまりに平然と大事な今後の方針を話すディアに戸惑いまくりの戦哉。

 この人は本当に俺に説明をする気はあるのかと疑わしくなる。


「外国に行くなんて、急には無理です‼……学校もあるし!身内にも心配かける!」


「ん、身内?お前、家族がいるのか?」


「いますよ、そりゃあ‼」


「……親、ではないよな」


「はい、姉です」


「姉……ねぇ……そうか」


 戦哉の発言を聞き、急に黙り込み考え出すディア。

 家族がいることがそんなに珍しいのかと、戦哉は頭を捻る。

 すると、ディアは何かを思いついたかのように掌を拳に打ちつけた。


「よし、分かった。それじゃあ、その姉とやらに挨拶しに行こう、めんどくさいが私も誘拐犯にはなりたくないからな、それでお前を保護する許可をもらう。それで良いだろう?そしたら後ぐされなく私の国に来れる」


 納得したようなディアの様子に戦哉は、はッとした顔でちょっと待った‼と口を挟む。


「いや、会わせませんからね。……そ、そもそも俺、あなたの事一切信用してないですし。あなたの言ってることも信じてません。急に銃をぶっ放す人間を家族になんて会わせられるわけないでしょう」


 姉に迷惑をかけるもとい会わせるなど容認出来るはずもない、戦哉も恐ろしいがここは強気の姿勢でしっかりと断わりを入れた。


「え〜、じゃあ何?そのまま黙って私と行く?」


「いや、行きませんよ。信用してないって言ってるでしょう‼」


 姉に会うことを拒まれ、肩を落とすも、話を聞いているのかいないのか分からない発言をするディアに思わず声を張り上げ、突っ込んでしまう。

 肩を落とすその様子から、それがふざけているのか、本気なのか、一切分からない。

 なんなんだこの人、と思ったところで気付く、何故この人を一目見た時から、只者じゃないという不信感を抱いたのか。

 その物騒な格好も、あの戦闘の後、目を覚ました直後に出会ったことも理由としてはある。しかしずっと、それ以外の明確な違和感というものを戦哉は彼女に感じていた。

 それに今、ようやく気が付いた。


(この人、感情が読み取れない‼)


 戦哉にとって、読み取れる感情も人を判断する材料の1つ。それが読み取れなければ不信感を抱くのも必然だった。そしてそれは、道端で襲ってきたホームレス、あの病院の化け物と相対した時と同じ感覚。

 戦哉の頬に汗が伝う。


「すみません、ディア、もう1つ質問です……あんた、本当に人間?」


 その質問を受けてディアは口を曲げて、こちらを見ながら笑みを作った。





















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