第一章 目覚め その18「戦闘後――新たな介入者」
散々たる状態の病院のロビーは、静寂に包まれていた。
(一体、何が……起こっているんだ?)
先程まで繰り広げられていた、あまりに現実味のない凄まじい戦いの光景を思い出し、柴崎はへたり込んだ状態でその場から動けなくなっていた。
(……夢じゃ......ないん、だよな?)
未だにそう疑わざるおえないほど、”ありえない”で溢れた光景。
柴崎の目線の先には、そんな光景を作り出した人物の1人である、血だまりに沈んだまま倒れて動かない同級生の姿があった。
(神崎......お前は、なんなんだ?)
柴崎は自分の周囲を見渡す。
そこには柴崎と同じく、戦いを見て唖然として動けなくなっている者や眠ったように意識をなくし倒れている者達の姿があった。
皆、銃を持った男達によって集められた被害者達であり、柴崎と同じで何の事情も知らないであろう者達だ。
その中でも柴崎は、全体の半数を超える意識をなくし、倒れている者たちへと目線を向けた。
ゆったりとした呼吸に、穏やかな顔、意識のない者たちは、皆一様に恐怖など知らない赤子のような顔で眠っていた。
(……これをやったのは、間違いなく神崎の奴だ……奴が掌をこちらに向けた瞬間、まるで意識を吸い取られるように人々が倒れ始めた……それに一瞬だけ、奴の手に見えた紫色の淡い光、あれは一体……)
思考が混乱する中、必死に情報整理をしようとする柴崎。しかし、どれだけ情報を整理したところで出てくるのは、分からないだけ。
そしてもう一度、血だまりで沈んだままの同級生の方を見る。
(……本人に聞いてみるのが......一番早い......か?……生きてる……よな?神崎の奴)
柴崎は何とか立ち上がり、倒れる神崎へと歩みを近づける。
その手を伸ばし、生きているのか確認しようとしたその時。
「……それに触れられるのは少し困るな、一般人よ。もしそれが起きてしまったら、もう殺すしか方法がなくなってしまう」
無機質な声が病院内に響く。
その声に反応し、柴崎は急いで声のした方向に振り向く。
「なッ⁉」
柴崎は今日何度目になるか分からない驚愕の表情を顔に浮かべる。
そこにいつの間に現れ、そこにいつからいたのかは定かではない。
声のした方向には、黒いローブに身を包み、フードを目深にかぶった人物が1人立っていた。
そのフードのせいでその性別や表情も分からない。
しかし、1つだけ言えることがあった。それはその人物が確実に非現実側の人間であるということ。
何故なら、その人物が立っている場所は柴崎達がいるところよりもはるか上空、何も足場もない空中だった。
そして、それだけではない。
ずっと前からそこにいたとするなら何故気が付かなかったのだろう。
その人物の後ろに、寄り添うようにして巨大な光る虎が小さく唸り声をあげ、こちらを見ていた。
「グルルゥゥゥゥゥゥゥゥ~~」
「ひッ‼」
緑色に光る虎に睨まれ、柴崎は身動きが取れない。
同時に他の被害者たちも虎の存在に気付き、悲鳴を上げる。
「何の罪もない君達を巻き込んでしまったのには、本当に申し訳ないと思っている。それに関してはこの通り謝罪しよう」
そう言ったフードの人物はこちらが怯えるのもお構いなく、ゆっくりと頭を下げた。
まるで抑揚のない無機質な声。その声には人間らしい温度感というものが何一つとして存在していなかった。
フードの人物が、ローブの中から手をこちらに伸ばす。とても真っ白で、まるで子供のような手だった。
「さらに続けてすまないが、君たちには眠ってもらうことにする、これ以上は邪魔だからね」
「……ッ‼」
その言葉を聞いた瞬間、柴崎含めその場にいた全員の意識がパタリと途切れた。
黒いフードの人物は、その場にいる全員を眠らせた後、意識のない戦哉のすぐ横に降り立った。
倒れる戦哉の顔へと視線をおろす。
「……まさか昨日、君が遊んでいた一般人が対象者だったとは、とどめを刺す前に止めてしまってすまないことをしたねTAIGA君。覚醒前の対象者を発見出来るとは思ってなかったんだ、さすがは我らが国の研究者達が命を賭して開発した兵器。彼らが死んでしまったのは至極残念だ……でもあの場所じゃ、対象者を消す前に奴に見つかって、逆にこちらが消されていた。結果オーライという奴だ」
フードの人物はそう言いながら、後ろに降り立った緑色の虎の頭を撫でる。
その言葉とは裏腹に、声はまるで感情の読めない無機質な声。
(......それにしても話に聴いてた通り、強力な力だ。......覚醒していなかったとはいえよく今まで私の張った包囲網に引っかからなかった。......否、違うな。おそらく邪魔されていたか。TAIGAと融合して昨日までの感覚を共有していなければ永久に見つからなかった可能性も高い。覚醒するまで私も半信半疑だったからな、傷を通して病院に誘い込むことが出来たのも運が良かった)
フードの人物は物言わぬ肉片へと視線を向ける。
(適当なゴロツキを唆して、恐怖心や倫理観を麻痺させ投入したのは正解だったな。おかげでしっかりとこの青年の力を見ることが出来た......我らが国のためとはいえ、この力をただ殺すのではもったいない、私が取り込みさえすればより、我らが国のために尽力できる)
フードの人物は、その顔に笑みを浮かべながら戦哉の身体へと手を伸ばそうとする。
その時、
バリンッ
「……ッ‼」
ダダダダダダダダダダッ
窓ガラスが割れる音と共に、ライフル音が鳴り響いた。
戦哉の周りの血の池を弾け飛ばし、円を描くように床に弾痕の跡が出来た。
高速で後ろに飛び、銃弾を回避するフードの人物。それについてくるように虎も大きく後ろへ飛んだ。
「いや~、あぶねぇ、あぶねぇ、やぁっと見つけたと思ったら、先にあんたらに追い越されちまうとこだった。そしたらこいつ、殺されちまうよ」
フードの人物の目線の先に赤い髪を靡かせた長身の女性が地面へと降り立った。
「あ~疲れた......案外、こちら側の世界も広いねぇ、こいつの覚醒した波動を感じ取って、探しだすまでに、それはもう一苦労、一苦労」
銃を肩に担ぎ、まるで緊張感のない、暢気な口調で話す女性、その瞳はその髪と同じく真っ赤に輝いていた。
「……あなたのその容姿。赤い長い髪に、赤い瞳......先日から立て続けに我々のアジトを襲っている謎の襲撃者というのはあなたですね」
フードの人物は女性を睨みつけながらそう話す。
「いやいや、こちらは襲ってるつもりはないのよ、ちょっと話を聞こうと思ったら、そちらさんの従業員達が勝手に暴走しちまうだけでさぁ」
女性はわざとらしく手を横にフリ、心外だなというように告げる。
「でも、そうだなぁ……あんたらもこいつが狙いだって言うんだったら。そしたらそりゃあねぇ、もちろん……殺りあうしか、方法なくなっちゃうけどなぁ」
その真っ赤な目がさらに赤い輝きを帯びる。
「TAIGAッ‼」
フードの人物がそう叫ぶと同時に、虎が口から女性に向けて緑色の炎を吐き出した。
緑色の火炎放射が女性を覆う。
しかし、
グワンッ
女性を中心に空間が揺れる。女性に向かって放たれた炎は勢いよく爆散して消えていった。
「……なんだぁ、礼儀がなってねぇなぁ。開始の合図ぐらい出しやがれ」
フードの人物はそれを見て驚愕した。
「……あなた、その総量はいったい何です⁉……どうやったらこの世界でそんな力を……もはや人間じゃない」
「ほぉ、言ってくれるじゃん、まさかあんたらにそれを言われるとはね、人造人間さん」
そういわれたフードの人物は、かすかに見えるその口元をグッと悔しそうに噛みしめた。
「ここでやっても勝ち目はありません、出直します……TAIGA‼」
そう叫んだフードの人物の周りを、虎がその身を完全に炎に変え覆いつくす。
1つの火だるまになったそれはそのまま窓の外へと勢いよく飛び出しいき、この場から去っていった。
女性は窓から出ていくそれをつまんなそうな表情で眺め、その後、倒れた戦哉に目線を移した。
女性は戦哉の横まで来てしゃがみ込む。
「やっと見つけた。私の切り札」
そう言った女性の顔には優しい微笑みが浮かんでおり、女性はそのまま手を伸ばすと、戦哉の額にかかる前髪を優しく指で払った。




