第一章 目覚め その15「覚醒」
「おい、目を覚ませ!! 瞼を開けろ!! この雑魚が」
暗闇に声が響く。
どこか聞いたことのある声。
しかし誰の声なのか見当もつかない。
お前は誰だと、暗闇に問いかける
「俺はお前だ!......そんなことは良い!さっさと瞼を開けろっつってんだ、聴こえねえのか!、このクソ野郎‼」
何故か罵倒交じりの声で訴えかけてくる自称自分の声に、自分にはそんな力は残っていないと言い返す。
「甘えてんじゃねぇぞ、はなたれ坊主。やろうともしてねぇことに無理だとか抜かしてんじゃねぇ‼、さっさと目元に力を入れやがれ‼てめぇは愚図るイヤイヤ期の赤ん坊か!」
あまりの言われようにとりあえず目元に力を込める。
すると段々と、暗闇だった視界に光が入り込んでくる。
視界いっぱいにぼやけた風景が映り、それが段々と鮮明になってきた。
そこに映っていたのは、こちらを絶望した顔で見つめる病院で集められた人々と、こちらに背を向けてそんな人々のもとへと歩いていく金髪の男の後ろ姿だった。
映った光景は何故か静止画のように止まっている。
(あ、そうだ。俺、銃弾撃たれまくって、死んだんだ......でもあれ?まだ視界が動いてる......てことはまだ生きてる?あれだけ撃たれたのに?)
人間の身体って案外しぶといんだなぁ、と心の中で感嘆する戦哉。
(でも、もうダメだ......力が入らねぇ、これだけ血が流れているんだから当然か……)
戦哉は、自分の目線の下の真っ赤な床を見て、もう自分は助からないなと勝手に悟る。
止まって動かない風景にこれが死ぬ寸前の目線なんだなと納得していた。
すると、またどこからともなく声が聴こえてきた。
「……本当にそれでいいのか?俺よ?それを本気で言っているのだとすれば俺は俺であることを最大限恥じることになるぞ」
首に力は入らずとも何故か目線だけは動かせる。
声が聴こえたほうに目線をやれば、床に胡坐をかいてこちらを見下ろす自分と瓜二つの姿をした人物がそこにはいた。
その眼差しには軽蔑の色が浮かんでいる。
(……いいのか?って言われてもこれから死ぬんだ。もうどうしようもない……体を動かす力もない俺には何をすることも出来やしない)
口は動かせず、心で思う。
だが目の前の自分には伝わっているようで、失望したようなため息をつかれる。
「……それならばあれを見ても同じことが言えるのか?」
もう1人の自分はそう言ってどこかを指さす。
(……あれって何が、ッ!)
指さした方向を見て、戦哉は息を飲んだ。
そこには先ほど助けた男の子とその弟、そのどちらともを抱きかかえて涙を流し怯える母親とその母親を庇うように佇む柴崎愛花の姿がそこにはあった。
その佇む姿には、いつもの戦哉に対するような迫力はなく、怯えて今にも逃げ出したい気持ちを必死で抑え込んでいるのが見て取れた。
「なぁ俺よ?あの子ら、これからどうなると思う?……それはもう悲惨な目に合うよな、おそらく」
もう1人の自分が放つ言葉に押し黙るしかない戦哉。
「……そして、それは果たして誰のせいだ?......あの金髪の男か……いいや違うな」
もう1人の自分が何を言いたいのかもうこの時点でほとんど分かってしまう、それでももう1人の自分は言うのを辞めない。冷たいナイフを突きつけるように淡々と言い放ってくる。
「......全部お前のせいだ。お前が弱いから、お前がこんなもので死んでしまうから、あの子たちはこれからひどい目に合うんだ」
もう1人の自分の言葉に戦哉は歯を食いしばる。
「......悔しいか? 憎いか? 許せないか? 幸せを恐怖に染めた、あの男が! こんな惨劇を招く、この世界が! 未来が。そして――それに負けた自分が!!」
(う、うぐぅぅぅぅぅぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ)
全く力の入らなかった身体に無理やりにでも力を入れる。
「ならば、立て!死んでしまうからしょうがないだと、ふざけるなよ!!甘えるのも大概にしろ‼ お前に、俺に、死んでいる暇などない!! ……お前はあの笑顔が、感情が、温かみがあふれる世界を、未来を望んだのだろう、ならば立ち上がり、そして殺せ!それを壊す存在を、恐怖に染める存在を、痛み、苦しみ、悲しみを生む存在を全て、その手で叩き潰して、恐怖を何倍にも返してやれ!!」
(う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああ」
雄たけびは心の中から声へと変わる
動かなかった手足、指先、全てに力を流し込んでいく。その源は、あの時に願い、そしてそれを叶え、守ると誓った意思だった。
だが、それでは足りない。そんなものでは勝てないと、戦哉は思った。
武器が必要だった。奴らに思い知らせる武器が。
戦哉は思い出す、恐怖を、苦しみを。自分が与えられた痛みを。
あの男に対する憎しみを。
与えられた感情を最後に武器として手足に流し込んでいく。
手足は赤い光を帯びていた
「……では、もう一度お前に聴く。お前は、本当にあの子たちを見捨ててこのまま死んだままでいいのか?」
「……良いわけが......ない!!」
「……ならばどうする?」
「守る‼」
「そのためには?」
「壊す!......全部……壊す!! 害あるもの全てを壊しつくしてやる‼」
その瞬間、もう1人の自分は光の粒子へと姿を変え、戦哉自身の中へと消えていった。
病院内は絶望へと染まっていた。
目の前には血だまりに沈む青年の死体。惨劇に対し誰もが声を発することすら出来なかった。
「……チクショウ、まだイライラが収まらねぇ……おい、誰か銃を貸せ!腹いせだ、あのガキが守ろうとしたガキを、いや、母親も一緒にむごたらしく殺してやる」
金髪の男は蹴られた顎をさすりながら、抱き合いながら怯えている親子を睨んだ。
仲間の1人が男に向かい銃を渡す。逆らうことなど、先ほどの光景を見てできはしないだろう。
男はゆっくりと親子に近づこうとした。
すると目の前に人影が立ちふさがる。
それは黒髪長髪の若い女だった。
「こ、この親子には指一本触れさせん」
立ちふさがった女は言葉とは裏腹に、目じりには涙を溜めて手足は恐怖で震えていた。
「......あ?」
金髪の男は心底ウザったらしそうに女を睨んだ。
「……なんだぁ、嬢ちゃん、さっきのガキに触発でもされたか?いいぜぇ、だったらイライラの腹いせにとことん痛ぶって殺してやる」
「くッ……!」
女の瞳から涙が一筋、流れる。勝てる気配など一切しなかった。
その時、
「……ぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ‼」
男の背後から耳をつん裂くのような唸り声が上がった。
「あ?今度はなんだ?」
ゆっくりと男は振り向く。
「なッ……嘘だろ⁉」
男は驚愕に顔を染める。
男と相対していた女もその光景を見て、口を押さえ、その場にへたり込んだ。
目元からはいくつもの涙が流れていた。
その場所に病院中の視線が集まり、そして等しく皆、唖然としていた。
そこには信じられない光景が広がっていたから。
先ほどまで血だまりに沈み二度と起き上がらないと思われていた青年の身体が、起き上がって2本の足でその場に佇んでいた。
身体からは大量の血を流し、とても生きているとは思えない状態。
けれども、その目はしっかりと金髪の男を見据え、睨みつけていた。
病院内がまたもや沈黙に包まれる中、血だらけの青年の口が微かに動き始める。
「つぶ……す」
その動きは次第に大きくハッキリしたものになり始め、その声も小さなものから段々とその音量を上げていく。
「こわ……す、ころ……す、潰す、壊す、殺す、潰す!壊す!殺す!潰す!壊す!殺す!潰す‼壊す‼殺す‼潰す‼壊す‼殺す!! つぶす!! こわす!!ころす!!潰す!!......」
物騒な単語を壊れたように繰り返すその姿は、もはや人間には見えなかった。
そして、その場にいた誰かが震える声で呟いた「……あれは悪魔だ」と。




