第一章 目覚め その14「始まる蛮行――鳴り響く銃声」
「うわあああああああああああああああああん」
病院内に幼い子供の泣き声が鳴り響く。
受け付け前の広いロビー。
その場所には、病院内にいた人々が、銃を持った男達によって集められていた。
密集する人の中で、戦哉はその顔に大量の汗を浮かべる。
(耐えろ、相手は銃を持っている、今吞まれれば確実に殺される!)
恐怖と緊張、2つの感情が渦巻く中、戦哉は必死に負の感情に呑まれないように自分自身を抑えていた。
得体のしれない、銃を持った男達に怯える人々。
他人に自分の命を握られている状況で、負の感情を抱かない者なんていない。
隣に座っている、あの柴崎ですらその身を恐怖で震わせていた。
戦哉が感じる、今までにない量のマイナス感情。
いつ呑まれてもおかしくなかった。
戦哉はじっと一方向を睨む。
その視線の先には大声で喋る金髪の男の姿があった。
受付台にもたれかかりながら、どこかへと電話をかけている。
病院に入ってきたときに警備員を撃った、先頭に立っていた男だった。
「……でよ~、ちゃんと、あんさんの指示通り、病院に侵入して立て籠もったわけだけどよ~。ここから本当に1人ずつ順番に殺っていくだけでいいんだよなぁ~。それでちゃんと報酬はもらえるんだよなぁ~」
見るからに品のないガサツな声と喋り方。
発せられた”殺る”という言葉に周りからは少なくない悲鳴が上がった。
電話の内容を聞く限り、この男たちに指示をだす黒幕が他にいるらしい。
(……身代金が目的じゃないのか?)
戦哉は電話する内容を聞いて思った。
聞いた内容の通りだと人を殺すこと自体が目的だと、そう言っているように聞こえた。
(それが本当だったら、どのみちこのままだと全員殺されちまうじゃねーか、チクショウ)
戦哉はここを切り抜ける方法を探して、必死に頭をまわすが何も思い付きはしない。
「……ちなみによ~、ここにいる全員殺しちまったら人質いなくなっちまうんだが、逃げる際の手助けもそちらさんはしてくれんのかね?……はい、りょ~か~い。
……おい、てめーら!俺たちはとりあえずここにいる奴1人ずつぶっ殺せばそれでいいらしい、それで大金が手に入る」
金髪の男の話を聞いて「おおー!」と声を上げる他の男達。
だが、その声から伝わってくる感情は喜びよりも戸惑いの方が多かった。
唯一喜びの感情に溢れているのは金髪の男だけ。
(……ん?こいつら、プロとかそういうわけじゃないのか?感情の波を見るに揺らぎまくりだ!とてもこのまま人殺しが出来るような奴らだとは思えない……もしかしたら、誰も殺せずに終わるかも)
戦哉はかすかな希望を抱いた。
「おい、お前、そこら辺の奴適当に連れてこい」
金髪の男が、指示を出す。
指示を出された男は「わ、分かった」と震える声で言って白衣を着た医者の1人を立たせ、金髪の男の前に連れて行った。
連れていかれた医者は目隠しと耳栓をしてその場に座らせられる。
「よしッ、それじゃあ、その銃でこいつを撃て、出来るな?」
「お、俺が撃つのかよ⁉」
命じられた男は露骨に嫌な反応を見せた。
それに対して、金髪の男が「あ?」と、声に出し睨みつける。その目の奥は淡く緑色に光っていた。
「わ、分かった!やるよ、やればいいんだろ、だからそんな目を俺に向けないでくれ」
命じられた男は震えた手で銃を医者に向ける。
「くッ、あいつら、金のためなんぞに人の命をッ......」
隣の柴崎が、恐怖よりも怒りが上回り思わず飛び出そうとする。
柴崎の腕を戦哉は掴み、止めた。
「な、何を、「大丈夫!」……ッ!!」
「あの人は、人を殺せる人じゃない」
柴崎に小声で訴えかける。
医者に銃を向ける男、その手はとてつもないほどに震えていた。
「う、うわあああああああああああああ」
叫び声をあげながら引き金を引く。
バンッ
銃声が響いた。
しかし、銃から放たれた弾丸は医者には当たらず、その隣に直撃し、床にめり込んだ。
銃の反動でしりもちをつく男。その顔からは血の気が引いて真っ青になっていた。
戦哉と柴崎は同時に安堵の息を吐いた。
あれだけ動揺していれば銃なんか当てられない。戦哉の読みはなんとか当たった。
(よし、まだ希望はある‼ ほかの奴らも人を殺せるような状態じゃない、このままあの金髪を説得してくれればなんとか……)
バンッ バンッ
戦哉がさらに希望を持ち直したところで、さらなる銃声が2回響いた。
座らされていた医者と、銃を外した男の頭から血が噴き出し、床に倒れこむ。
金髪の男が持っている銃の銃口が倒れた2人に向いていた。
病院内にさらなる悲鳴が、そこかしこから響き渡る。
ロビーに集められた人々はほとんどパニック状態に陥っていた。
(あいつ、仲間まで撃ちやがった‼)
戦哉は驚愕の表情を金髪の男に向けた。
その男の感情はほとんど揺れ動いておらず、その内心は呆れの感情で埋め尽くされていた。
「たくよ~~、使えねぇなぁ、こんなことでビビりやがって、後ろが使えてんだからサクッと殺らなきゃ日が暮れちまうだろうが。なぁ、おめぇらもそう思うよなぁ?」
金髪の男は周りの他のメンバーを見渡す。
他のメンバーは感情を読むまでもなく、一様に怯えていた。
「あ~~~、なんだぁ⁉、これはもしかして俺が全部殺らきゃならねぇ流れかぁ、めんどくせぇなぁ、この腰抜けどもが……あ、そうだ‼」
何かを思いついたように金髪の男は集められた人々の顔を見渡した。
「……てめぇら、腰抜けどもの尻を蹴り上げるのに、丁度良いこと思いついた」
男はゆっくりと怯える人々に近づいていき、その中の1人を掴み上げた。
「や、やだ!痛いよ、お母さん!助けて!」
「あ、あの男......」
隣にいる柴崎と共に戦哉の瞳孔も開いた。
男が集団から引っ張り上げたのは先ほどの母親と遊んでいた男の子だった。
「お願いします。やめてください、どうかどうか、お願いします‼」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」
母親が必死に子供を掴み、懇願する。その横ではその子の弟が泣き叫んでいた。
「あ~~、鬱陶しい、黙ってろッ!」
しかし、男が懇願を聞くはずもなく、母親の横腹を思いっきり蹴り上げた。
母親は、「うっ!」と息を詰まらせ倒れこむ。横の弟の泣き声がさらに勢いを増した。
「くっ、この外道めッ......」
柴崎があまりの怒りに思わず立ち上がる。
しかし、それより先に隣の影が動き出した。
「安心しな、お母ちゃんよ、あとで同じ所に送っ――ぐはッ!!」
目にも止まらない、まるで閃光のような飛び蹴りが男の顔面に直撃した。
男はそのまま横へと吹き飛ばされる。
男の子は、蹴りをかました人物の手元に抱き上げられ、何が起こったのか分からず呆然としていた。
男の子をそっと地面へとおろす。
抑えられなかった。
いや――抑えられるわけがなかった。
怒りの感情に呑まれ、その目を血走らせた神崎戦哉がそこには立っていた。
「か、神崎......」
柴崎含め、助け出された男の子と同じで、周りの人間も何が起きたのか理解できていなかった。
ただ目の前の脅威を吹き飛ばした1人の青年の背中を何も声を出せず、ただただ見つめているしかなかった。
(殺す‼、この子に味合わせた恐怖、いや、その倍以上の恐怖をこの男には味合わせてやる‼)
目の前が真っ赤に染まる。
その感覚は、忘れていた5年前の事件と同じ、上級生10人以上を血だらけにした時と同じ感覚だと戦哉は思い出す。
身体の全てが自由自在に操れる感覚は、目の前の男を痛ぶるのに最適だと、戦哉は拳を握り倒れこむ金髪の男へと近づいていった。
戦哉は頭に血が上っていた。怒りで視野が狭まっていた。
だから忘れていた。自分が何故、周りの感情に呑まれぬよう自分自身を抑えていたかを。
目の前に倒れた男が勢いよく腕を戦哉に向けて突き出した。
バンッ、と音が響く。
「は?」
男の手には銃。
腹部から流れる血。
戦哉は自分の腹に穴が空いたことに気づくのに数秒かかった。
初めて感じる腹部が熱に覆われる感覚。全身から力が抜けていくのが分かった。
「調子に乗ってんじゃねぇぇぞガキが!!」
傷に気を取られてるうちに男は起き上がり、思いっきり戦哉に対して蹴りを放った。
まともに受けて、床を転がっていく戦哉の身体。
「神崎ッ!!」
柴崎の声が響く。
男はそんな戦哉の身体に向けて銃身に残った弾を全て撃ち込んだ。
バンッ バンッ バンッ バンッ バンッ
立て続けに響く銃声、数十発。何発もの銃弾が、戦哉の身体を穿つ。
倒れこむ戦哉の身体の周りには大量の血だまりが出来ていた。
銃声がやんだ後、ロビーから音が消えた。
その光景を見ていた誰もが、戦哉自身でさえ自分が死んだことが理解できた。
血だまりに沈む戦哉の瞳、その中に光はもうすでに存在しなかった。




