第一章 目覚め その13「病院にて」
「神崎さんですね、番号が呼ばれるまで席でお待ちください」
にっこりとした笑顔で番号札を渡され、戦哉は後ろにある席に向かう。
(……へ~~、看護婦さんって仕事も大変なんですね~……あの状態で、あんな笑顔を保ててるのはさすがのプロって感じだな)
にこやかな笑顔とは裏腹の忙しくて荒んだ看護師の感情を読み取りながら、戦哉は席に着く。
ここは、この辺りの市街地で1番大きいとされている病院。
戦哉は渡された番号札と受付脇のモニターを眺めながら息を吐いた。
(……約1時間待ちか……もっと小さい病院にいくべきだったか?)
キョロキョロと辺りを見渡せば、平日の昼間だというのにそれなりに混みあっていると言える人の数が待合室には見受けられた。
(……人が多いなぁ、病院っていつもこんな感じなの?世の中物騒過ぎない?……今から、医者に対してゾンビになりかけてる話し、しに行くのなんだか申し訳なくなってくるんだけど)
座席の椅子にもたれかかり、天井を仰ぎ見る戦哉。
蛍光灯の光に左腕をかざし、じっと眺める。
包帯の下には確かに黒く映る傷が見えた。
(……あれは本当に現実だったのんだよなぁ?)
未だに昨日起きたことに対して現実味の湧かない戦哉は腕の傷を眺めながらそんな疑念を抱いた。
「な、何故、貴様がここにいる⁉」
ボーッっと腕を眺めていると、昨日ぶりに聴いた声が隣から響いた。
それと共に感じるのは驚愕の感情。
顔を横に向ければ、そこに立っていたのは昨日壮絶な勝負を繰り広げた同級生、柴崎 愛花だった。
その服装はいつも感じるバチバチっとした格闘家女子って感じの雰囲気とは真逆の、ふわっとしたお上品さの溢れる格好だった。白色に、黒のレースの入った足元まである長めのスカート。戦哉の目からしていかにも女の子だなって感じの服装だった。
「あら、可愛いらしい」
思わず率直な感想が口から洩れてしまう戦哉。
そんな戦哉の感想を聞いて、戦哉に向けられる感情が驚愕の感情から、一気に怒りの感情に変わる。
「貴様、喧嘩を売っているのか、さては昨日の勝負に勝ったからと言って私を舐め腐っているな」
拳を握りだし、その表情までもが般若のように変わるのを見て戦哉は慌てて弁解する。
「な、舐めてない、舐めてない、喧嘩も売っておりません、率直な、本当に素直な気持ちを口にしただけです。私はあなた様のことをそれはもうお強い方として尊敬しております」
怯えながら早口で捲し立てる戦哉の姿を見て、柴崎は呆れたようにため息をつく。
「昨日の勝負にあれだけ圧倒的に勝利しておいて、その態度……やはり私に喧嘩を売っているだろう、貴様」
般若の表情を解き、戦哉から1席分空けた席に不機嫌そうな感じで座る柴崎。
その目は相変わらず鋭く戦哉のことを睨みつけている。
「......で、貴様は何故ここにいるんだ?学校はどうした?まさかサボりとでも抜かすつもりじゃあるまいな?それか、またどこぞの不良とトラブルでも起こして、怪我でもしたか?」
睨みつけながら、そんなことを聞いてくる柴崎に戦哉はとりあえず左手の包帯を見せた。
「......ま、まぁそんな感じかな?喧嘩ではないけど、逃げたときにちょっとやらかして……アハハ」
(本当のことを言っても、たぶん信じてもらえないだろうからなぁ、とりあえず、これで乗り切ろう)
戦哉は適当な作り話をしつつ、から笑いを浮かべた。
「はぁ~~~、なんて下らん、その実力があって喧嘩など。楠木先生の誘いをあれだけ断って置きながら、不良などとの喧嘩に、そのポテンシャルを無駄に使うとは。そんなことをして一体なにが楽しいんだか。私はお前のそうゆうところが気に食わん」
その発言を聞いて戦哉は少しだけムッとする。
「……いや、向こうが絡んでくるんだから仕方ないだろ。外出るたびに追い掛け回される身にもなったら、理屈とか関係なく、ぶっ飛ばしたくなるんだよ……俺だって、好きでやってるわけじゃねぇんだ」
「そんな奴らとなんか絡むから同じような奴らに絡まれるんだろ、貴様は」
「いや、絡んでねぇよ、話聞いてた⁉向こうから勝手に絡んでくるの。俺、何もしてねぇのに!」
「なぜ、何もしていない貴様をわざわざ狙う、何もしてこない奴に喧嘩を売る奴があるか!お前から何かしたから狙われるんだろ」
「......何ってお前……まさか」
そこで会話に違和感を感じる戦哉。
「......ねぇ、柴崎さん、血みどろ事件って知ってる?」
そんな質問を柴崎に向かい投げかける。
「血みどろ事件?……ああ、名前は聞いたことがあるな。確か、どこかの中学校で1人の1年生徒がいじめを行っていた3年生徒に天誅を下したってやつだったか。それでそれ以来その1年は悪魔と呼ばれ、周りから恐れられるようになったという……ふんッ、行動できなかった者たちが、行動できる強き者を恐れ、遠ざける……実にくだらないことだ、その1年は本来称えられる側であるはずなのにな」
その発言を聞いて、戦哉は頭を抱えた。
そして、それがどうした?と、こちらを見てくる柴崎の顔にどうしたものかと頭を悩ませる。
「......あの~言っちゃなんなんですがね、その1年っていうのが……俺……だったりするんですよね」
そう言った、戦哉の顔を、何言ってんだこいつ?という表情で見てくる柴崎。
しかし、戦哉の、マジマジ、嘘じゃない!、という表情を見て、その顔を驚愕に染めた。
「はッ、な、おい、嘘だろ!じゃあ、お前が、あの10人以上の上級生を病院送りにした、悪魔と恐れられた1年生だったのか‼」
「まぁ、はい、そうなりますね。まさか知らなかったとは俺も驚いたけど……クラスの誰かから聴いたり、しなかったのか?」
「他人の噂話など、クラスメイトから話されても、くだらんと私は一蹴してたからな。噂の内容も楠木先生に聞かれされて、どう思うかと尋ねられただけだったから……」
それを聞いて戦哉は、あの年中ジャージ女教師のニヤニヤ顔が目に浮かぶ。
(……噂の話するんだったら、全部話せよ、あのお節介教師)
衝撃の話を聞かされて、見るからに狼狽えている柴崎に戦哉は話題を変えるように、気になっていた別の質問を投げかけた。
「そういや、柴崎こそ何でここに?……もしかしてお前の方がサボりだったり?」
「するものかッ、バカ者‼……私は年に1回の定期投与だ」
「定期......投与?年に1回の?……なんだそれ?どっか悪いところでもあるのか?」
初めて聞いた単語に戦哉は首を捻る。
そんな戦哉の様子を見て、またもや驚愕を顔に浮かべる柴崎。
「は⁈もしかして貴様、薬を投与してもらっていないのか?……これまで、一度も?」
「え、薬?うん、一度も受けたことねぇけど……病院に来るのだって何年振りかって感じだし……受けなきゃまずいのか?それ」
「あたりまえだ!まずいに決まってるだろ!貴様は今、生きているのが奇跡だ!」
「え、そこまで⁉」
「ああ、定期投与は7年ほど前にある企業が始めた取り組みだ。海外で流行している殺人ウイルスに対抗するため、年齢10を超えたものは1年に1度、誕生日から2ヶ月以内に薬を打ち込まなきゃいけない。......じゃなければウイルスに感染し死に至る……そんなの、今や誰もが知る常識だろう」
「ええ、……俺は......今、初めて聞いたんだけど......」
「それは、貴様がおかしいんだ!!……学校やニュースでも普通に話されているだろう?」
(……ニュースは家では姉貴に許可ないと見れないし、学校での友達はそもそもいないからなぁ、あと、教師の話はたぶんほぼ聞き流してる......)
真剣な目で説明した後、柴崎は頭を抱える。
「……たく、今日は貴様に驚かされてばっかりだ。もしかして貴様の家族は全員、受けていないのか?」
「た、たぶん、家の姉は病院嫌いだし、年に1回なんて行くわけないと思うけど」
「病院嫌い⁉なんなんだそれ!貴様の親は⁉」
「お、親?俺に親なんか............」
(あれ?そういえばなんで家には親が......)
ビリッ
「痛ッ‼」
突然、そこで戦哉の頭に電気が走るような頭痛が生じる。
「お、おい、急にどうした⁉」
「……いや、大丈夫。収まった、収まった......たまにあるんだよね、突然の頭痛。まぁ何か問題が発生したことはないから心配しなくて大丈夫」
「大丈夫なわけあるか。やはり今からでも定期投与はしてもらった方が良い」
「アハハハ~......でなんの話だっけ?」
「……もう良い……何でもない」
柴崎は疲れたようにぐったりと座席に身体を預けた。
そこに、
「うん?」
柴崎の足元に片手でつかめるぐらいの子供が遊ぶ用のゴムボールが転がってきた。
「すいませ~~~~ん、そのボール、とってくださ~~~い」
転がってきた方向を見ると、5歳児ぐらいの男の子がこちらにトテトテと歩いてきていた。
その向こう側には子供を遊ばせておくコーナーと、その中でこちらに頭を下げる2歳児ぐらいの男の子を抱えた母親が、こちらに申し訳なさそうにお辞儀していた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
優しい顔でボールを渡す柴崎と、ボールを受け取ってペコリと頭を下げる小さな男の子。
両者から伝わってくる穏やかな感情につい微笑んでしまう。
「何をニヤついてるんだ貴様」
「いや、あんな表情もするんだなぁ、と」
「やはり、貴様喧嘩を売っているだろ……ふんッ、悪かったな、いつも不機嫌な女で」
(あ、自覚あったのね)
戦哉は特に否定せずアハハ~と、から笑いで誤魔化し、視線をそらした。
目線を子供が走っていった方へと移動させる。
そこでは母親と先ほどの男の子、そしてその弟と思われる2歳児ぐらいの子供がボールを転がして遊んでいた。
笑顔の溢れる、あまりに幸せな光景。伝わってくる感情も温かなものに溢れていて思わず目を細め、じっと眺めてしまう。
(……世界があんな光景で溢れかえればいいのに……)
思わずそんなことを思ってしまうぐらいには顔の緩む光景だった。
「……なぁ、神崎、武はなんのためにあるのか、考えたことはあるか」
ふと、隣からそんなことを聞いてくる柴崎。
「私は、あんな光景を守るためにあるものだと、そう心から思っている」
笑ってしまうようなくさいセリフ。
しかし、それを言った、柴崎の表情は真剣そのもので、戦哉もゆっくりと決して笑うことなく頷いた。
「そして、それを教えてくれたのが楠木先生だ。……あの人は私が最も尊敬する人で、そんなあの人に目をかけられているのにも関わらず、それを鬱陶しそうに相手をしている貴様は、やはり私は気に食わん‼だから私は貴様が嫌いだ」
(やっぱり、あの人が原因かよ!しょうがねぇじゃん、だって本当に鬱陶しいんだからよ‼)
はっきりと言ってくる柴崎に対して、戦哉は、もうどうしようもねえじゃん、と心の中で叫んだ。
その後、「だいたい、あの人に対して貴様は~」と長ったらしい説教が続き、そのまま楠木教師はすごいんだぞ話を延々と聞かされる羽目になった。
それから5分後
スマホを昨日の出来事で完全に壊してしまい、部屋に置いてきた戦哉は時間を確認するため時計を探して辺りをキョロキョロと見回していた。
すると、病院の入り口から見るからに怪しい5人組の男が自動ドアを通って入ってきた。
その身なりは5人とも統一して黒いダウンジャケットに青ジーパンという格好で頭にはニット帽、口元にはマスクを着けていた。あまりの不審者ぶりに警備員さんが何やら話をしている。周りのお客さんも訝しげな眼で5人を見つめていた。
(なんだ、あいつら……?)
5人から読み取れる感情は先頭に立つ男以外、とてつもなく緊張していると言った感じだった。
先頭の男は逆になんだかワクワクしている。
「なぁ、あいつら、ちょっと怪し――」
隣に座っていた柴崎に話しかけようとしたその時、
バンッ
と、大きな音が病院内に響いた。
視線を男達に向けて戻す。
先頭に立つ男の手には何か黒いものが握られ、その目の前には警備員さんが血を流し倒れていた。
「き、きゃああああああああああああああ」
病院内に看護婦さんの悲鳴が響き渡る。
先頭の男の手に握られているものが銃だと認識するのに、時間がかかった。
先頭の男がマスクを外し、その口の端を吊り上げる。
「さぁ、皆殺しタイムの始まりだ‼」
男は大声で、高らかにそう宣言した。




