第一章 目覚め その10「30秒勝負」
「え~~、それではこれより、神崎戦哉選手vs柴崎愛花選手の30秒間1本勝負を行う。それでは両選手、フィールド内へ入場してください」
(え!そんな、もう始めんの。こちとら、なんの心の準備も出来てないんですけど)
急に形式ばった言い方で、強引に試合を開始させようとする楠木教師。
それに対し、戦哉は、この人マジか!、という視線を送る。
地面には直径約5メートルほどの円がひかれ、楠木教師はそのすぐ外側に立っている。
この円の中が、どうやらフィールドらしい。
「どうした、入らんのか?この腰抜け。まぁ安心しろ、打撃の加減ぐらい私にだって出来る。素人相手に本気になったりはしないさ」
見れば当の柴崎は、もうすでに円の中に入って自分の立ち位置に立っていた。
(なんでそんなノリ気になってるんだよ。......ッたくよ~~、どうせ俺に拒否権はないんでしょ)
戦哉はそう思いながらしぶしぶ円の中に入り、柴崎の対面となる位置に立つ。
「よ~~~しッ、2人とも位置についたな。それではこれから30秒間、柴崎は攻撃を一発でも入れたら、神崎は攻撃を全て避けきったら勝利だ。うしッ、じゃあ始めるぞ。それでは、よ~~「ちょっと待ってください!」……お、なんだ、柴崎?」
今にも始まるというところで柴崎からストップがかかった。
「開始前に、1つだけ。......楠木先生、あなたはこの勝負、本当に私がこの男に万が一でも負ける可能性があると本気で思っているのですか?」
「ああ、思ってるよ。私が勝負ごとで嘘をついたことがあるか?」
柴崎が尋ねた質問に飄々と、けれども真剣な声音で楠木教師は返した。
その瞬間、戦哉は確かに感じてしまった柴崎の感情にかすかに悲しみが、悔しさが入り混じったことに。
(そうか、そうだよな、柴崎からしたら、自分が尊敬する人に自分は素人に負ける程度って思われてるってことだもんな、悔しいよな)
「そうですか、分りました。進行を邪魔してすいま__、おい、貴様!!その表情はなんだ!!」
「えッ?」
強烈な怒りと共に鋭い眼光がまたもや戦哉を刺す。
「もしや、今のやりとりを見て、私に同情したとか言うんじゃないだろうな!......ふざけるなよ、素人が!素人にしてもらう同情など、この世で最も屈辱!!それが今から相まみえようとしている奴からなど、なおさらだ!!......もし、この勝負、わざと攻撃に当たってやろうなどと貴様が考えているのであれば、私は本気で貴様を殺す!本気でやれ、それ以外許さん!!」
感情を読み取ったことが顔に出ていたのだろう、柴崎の今までにない気迫に、戦哉は一瞬ビクリとしてしまう。
「わ、分かった、本気でやる」
戦哉の返事は多少震えていた。
そんな光景にさらに楽しそうに笑みを深める楠木教師。
「よし、それじゃあ準備は整ったな、それではよ~~~い、開始!!」
楠木教師の高らかな声と共に30秒間の勝負が始まった。
始まったと同時に柴崎が地面を踏み込み一気に距離を詰めてくる。
そして繰り出される拳の雨。
しかし、それを間一髪のすれすれで全てを避けていく戦哉。
拳の猛攻を避けきった後、地面を横に蹴って、円の線に沿うような形で距離をとる。
(何が、打撃の加減は出来るだ。全部の攻撃、本気の本気じゃねえか)
いったん距離を取って柴崎の後ろ側に回り込んだ戦哉は額の汗を拭う。一撃一撃の重さに内心ではヒヤヒヤだった。
「貴様、本当に素人か?」
振り向きざまにそんなことを言う柴崎。
「......武道はしたことねぇけど、鬼みたいなトレーニングを課してくる、まさに鬼が身内にいるもんでねぇ」
戦哉は柴崎を見据えながら笑顔で言った。
最初の攻撃を受けて、あまりの勢いに内心ヒヤヒヤはしていたものの、戦哉はこの時点でこの勝負勝ったと確信した。
柴崎の繰り出す打撃はとてつもなく鋭く、素人の戦哉から見ても一流のものだが、繰り出される瞬間に柴崎の感情が高まることに戦哉は気づいた。おそらく気合いという奴だろう。
だからその感情の高ぶりを読み取ってしまえば攻撃するタイミングを事前に察知することが出来る。
そうすれば攻撃は当たらない。
そして何より、姉のユリの攻撃の速度よりは断然遅い。
これならば戦哉の反射神経なら避けきれる。
円の線に沿いながら、一定の距離を保ち、逃げていく。
急激に距離を詰められても、その攻撃を最小限の動きで避けきっていく。
そして、もう1つ戦哉には勝利を確信した要因があった。
あまりの戦哉のすばしっこさにイライラし始める柴崎。と、ここで咄嗟に今までは使ってなかった足技を繰り出してしまう柴崎。
上段蹴りからの続けて後ろ回し蹴り。そこで柴崎は気づく、自分が今着ているのが普段部活で使っている空手着などではなく、下に履いているのがスカートである制服であったことに。
蹴りの勢いにスカートが翻る。
それに気づいた柴崎は一瞬顔を、赤く染めた。
「大丈夫、俺にはギリギリ見えてないから」
そんな柴崎の羞恥の感情を読み取って、蹴り技を避けつつフォローの言葉を放つ戦哉。
「死ねぇぇぇぇ‼」
柴崎の攻撃の勢いが増す。しかしそれと同時に怒りと羞恥の感情が増すことで攻撃のタイミングがより分かりやすくなった。
足技も少なくなり、拳技が攻撃の主体になる。
(これならいける!)
戦哉はさらに勝利に対する確信を強めた。
「終~~了~~~~!」
そこで楠木教師から、30秒たち試合が終了した合図の声がかかった。
「「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」」
戦哉と柴崎、どちらもともに息切れしてその場で膝に手をつき立ち尽くしていた。
「勝者、神崎戦哉~~~!」
円に入ってきた楠木教師が戦哉の片腕を持ち上げ、宣言する。
(この宣言の仕方、空手じゃなくてボクシングのとかのやり方だけどいいのかな?......別にいいのか、そもそも空手の勝負じゃないし)
戦哉は片腕を持ち上げられながらそんなことを思った。
勝負に勝った、しかし戦哉に喜びの感情はない。
それよりもいち早くこの場から逃げないと、という恐怖の感情がその内心を占めていた。
何故なら、
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
その身を怒りと羞恥に震わせ、今にも襲い掛かってきそうな女子生徒が視界の隅に映っているからである。
その息切れは疲れによるものなのか、怒りによるものなのか、もう分からない。
「貴様‼、私の女としての羞恥心を利用するとは。このゲス野郎め‼ ......見たのか?本当は見たんだろ、貴様ー!、正直に言え!」
真っ赤になった顔を上げ、睨みつけながら迫ってくる柴崎に後ずさって距離を取る戦哉。
柴崎の目は涙目になっていた。
「いやいやいや、見てない、見てないよ俺、マジで見てない。ちゃんと翻ったスカートが隠してくれてたから。大丈夫、安心して。それに勝手にスカートで蹴り技出したのそっちだからね、俺、今回1ミリも悪いことしてないから!」
戦哉は慌てて、早口で捲し立てる。
しかし、おそらく柴崎の耳には届いていない。そのせいで柴崎はとんでもないことを口に出し始めた。
「......いか」
「え、なんだって?」
目を俯かせながら、小さな声で何かを言う柴崎に、戦哉は後ずさりながら聞き返す。聞き返してしまった。
「私みたいな女が真っピンクの下着を履いてたら悪いのか!!」
大声で自分の下着の色を暴露する柴崎。
それに対し戦哉は、
「......え、ピンクなの⁈」
と、思わず柴崎の履いているスカートに目線を吸い取られてしまった。
場に沈黙が落ちる。
「こ、殺すッ!絶対に殺すッ!そして私も死んでやるー!」
「自分で言ったのそっちだろーー! ぎゃああ、誰か助けてー、殺されるー」
「アハハハハハハハハ、お前らホントに仲良いよな」
「「仲良くないですッ!」」
全力で追いかけまわる柴崎に全力で逃げ回る戦哉。
それを横で見ながら大笑いする楠木教師の放った言葉に2人は全力で否定した。




