第一章 目覚め その8「血みどろ事件」
5年前
「きゃあああああああああ」
教室に女子生徒の悲鳴が鳴り響く。
そこは3学年の教室。
教室に並べられていたはずの椅子や机は、乱雑に教室中に散らばっておりそんな机たちに交ざって普段から教室を使っている3学年の男子生徒たちが転がっていた。
転がっている生徒たちの顔からは一応に血が流れ、教室中を真っ赤に染めていた。
教室の中心に立つのは1人の生徒。
その制服を血で汚し、真ん中で震えていた。
この教室の男子たちを転がした張本人だ。
その教室では陰湿ないじめが横行していた。しかも、その教室の男子全員が関わった、生徒1人に対する凄惨ないじめ。
身動きを取れないよう抑えた1人を、殴る、蹴る。落書きをして、笑い飛ばすのやりたい放題。
教師すら手が出せない、そんな状態にいじめを行っていた男子達は油断しきっていた。
だから見られてしまった、1人の学生に、入学したばかりの1年生に。
いつものように行っていた教室での暴力行為に1人の新入生が飛び込んだ。
いじめられていた生徒の怒りと苦しみを受け取り暴力の化身と化した生徒が。
そこから始まる地獄。
血しぶき舞う圧倒的な一方的暴力。
拳がめり込む鈍い音が教室中に鳴り響き、机に叩きつけられた男子の口からは血が噴き出す。
噴き出した血がどんどん床を染めていった。
次第に泣き出し、誰かに助けを求める声も響いたが、すぐに打撃音によってかき消される。
たった1人、怒りに荒れ狂う1年生を止められるものは誰もいなかった。
気づけば血だまりの中に佇む新入生と、死んでもおかしくないほどに流血し倒れている10人を超える3学年生徒達。
周りに集まった野次馬生徒や教師陣の中の誰かがその光景を見て震えた声で呟いた、「あれは悪魔だ」と。
その場において彼に声をかけられるものなどは誰1人としておらず、その場に響くは、あまりに悲惨な光景に悲鳴を上げる女子生徒の甲高い声のみだった。
神崎戦哉、その光景を生み出したその生徒に、それ以降近づこうとするものなどは誰もいなかった。
幸い、警察沙汰になるようなことはなかったが、その事件は『血みどろ事件』と呼ばれ、噂は瞬く間に広がった。
それ以来、神崎戦哉に向けられる感情は全て恐怖一色となった。
元々体質柄、人と付き合うのが好きなタイプではなかったが、楠木教師と出会うまで姉以外の人間と戦哉が関わりをもつことはなかった。
そして戦哉は恐れた、自分はいつか取り返しのつかないことをしでかすのではないかと、あの時あの血に染まった光景を作り出すまでの記憶がほとんどない自分を、無自覚にあの光景を作り出した自分を戦哉は恐れた。
「やっぱり、無理ですよ、部活なんて......それに友達だって、あと半年ちょっとしか高校生活残ってないし。俺なんか、他の人からしたら恐怖の対象でしかありませんって」
戦哉は諦めたような笑顔を浮かべながらそう言った。
「そりゃぁ、誤解を解こうとする努力をお前がしねぇからな。いつもスカしたように単独行動ばっかしやがって、人の印象はなかなか簡単には変わらんぞ、でもそんな紆余曲折があってこそ本物の友情ってのは生まれる」
諦観したような戦哉の発言に眉を顰める楠木教師。
次第には拳を挙げて独自の友情論を語りだした。
「いいんですよ。そもそも俺は友達なんて欲してないですし。孤高ってやつなんですよ、俺は」
「けッ、かわいくない奴。言っとくけどな、ある程度生きてると孤高なんて生き方、ダサく見えてくるからな。人間関係の作り方だって立派な生きるための力なんだ、周りをハッピーにして自分もハッピーにする、それが一番かっこいい生き方ってもんだ。そういや、お前は進路のほうはどうするんだ?」
「うッ!、絶賛悩んでるので出来れば聞かないでください」
戦哉は苦虫を潰したような顔をする。
体質のことを含め、戦哉の進路選びは難攻中である。
どうしようと姉に相談し、「私が養うので、大丈夫!」と言われ絶望したのが先日の出来事。
「ん~~~そうか。生活態度も友達を作ろうとしない以外は特に問題はないし、勉強もそこまで出来ないってわけじゃないから悩む必要なさそうだけどな」
「まぁ、いろいろ事情がありましてね」
戦哉は自分の体質のことを楠木教師には、一度切れたら歯止めが利かなくなる病気のようなものと言ってある。他人の感情が読みとれることは分かっていない。
「よしッ、それじゃあ、部活の練習後に先生がみっちり相談に乗ってやろう。なに、お礼なら部活に入ってくれただけで構わん。うん、それでいこう」
「ちょっと、話を勝手に進めないでくれます。俺、部活に入るつもりはこれっぽっちもないですし。進路に悩む学生の貴重な時間、奪うのやめてくれません」
何が何でも入部させようとしてくる楠木教師に対して、きっぱりと断りを入れる戦哉。
あと半年しかない、進路に悩んでる以外にも体質柄、様々な感情入り混じる勝負の世界は戦哉にとって居心地の良い世界ではない。自分のためにも周りのためにも誘いに乗るわけにはいかないのだ。
「まぁ、でも、ありがとうございます。俺なんかのためにいつもいろいろと考えて、何とかしようとしてくれて。……俺、あんたには結構感謝していますよ。実際、あんたのおかげでいくらか過ごしやすくなったから、学校生活」
「な、なんだ急に、お前!す、素直になりやがって、やめろ!照れるだろ!」
誘いを断り続ける申し訳なさも多少あり、変わりにいつも感じている感謝の言葉を突然口にする戦哉。
それに対して、急な感謝の言葉に驚き、顔を赤くしながら楠木教師は慌てふためいた。
鬱陶しく感じつつも、彼女の生徒へ向ける温かい感情は、なんの混ざり気もない本物で戦哉としても彼女と話している時間はとても心が安らぐ時間だった。
慌てふためいている楠木教師を見て、戦哉も軽く笑みが零れる。
こうして2人でただ草刈りしながらあれこれ言い合う時間も、居残りと言えど戦哉自身とてつもなく楽しく感じていた。
しかし、その時間も長くは続かない。
「楠木先生」
凛とした声が、突如として薄暗い校舎裏に響く。
(ッ!!)
それと同時にぶわっとした、まるで強烈な熱風のような感情が戦哉の中に入り込んできた。
「おう、柴崎!どうしたんだ?」
隣で楠木教師が、声を発した者の名を呼ぶ。
その名を聞いて、戦哉は額に冷や汗を浮かべた。
戦哉はゆっくりとした動きで、声のした方へと首を動かす。
丁度、校舎の影が途切れ、夕陽の光がささる位置。光と影の境界線のすぐ向こう側。
その位置に、真っ直ぐに伸びた奇麗な黒髪を風に靡かせ、厳然と佇んでいる1人の女子生徒の姿が戦哉の目に映った。
そして、佇む女子生徒と戦哉の視線が重なる。
その目は射殺すと言わんばかりの鋭い眼つきで戦哉の目を睨みつけていた。
それと同時にまたもや先ほどの熱風のような感情と、次はふつふつとした沸騰する水、それもドロドロとした粘度の高い液体を思わせるような感情が戦哉の中に入り込んでくる。
その感情の正体は、強烈な怒りと嫉妬。
(噓でしょ。もう......勘弁してくれー‼)
次に降りかかるであろう面倒事をいち早く察した戦哉は心の中で白目を向き、全力で空に向かい叫んだ。




