第一章 目覚め その7「罰としての居残り作業」
あれから数時間たち、現在の時刻は午後17時、放課後。
今日1日の勉学を終えた生徒たちがぞろぞろと帰宅していく中、当の戦哉はいまだ帰れない状況下にいた。
「はぁ~~~~~~~、疲れた」
今朝の出来事然り、学校の授業然り、今日1日の疲れをため息として吐き出す。
(まぁ、俺の1日はまだ全然終わる気配しないんだけどねぇ~、へへッ)
戦哉は乾いた笑いをこぼしながら、重い足取りで廊下を進んでいた。
向かう先は学校の校舎裏。
校舎裏に向かわないといけない理由としては、やはり今朝の出来事が要因となる。
あの後、何とか怯えた青年の戦哉に対する恐怖心を和らげた後、腰が抜けて動けなくなっている彼を何とか立たせて学校に向かわせることが出来た。念のため、戦哉はその場に残り、気絶して倒れている残り2人の不良を叩き起こし、その体の無事を確認した。意識を取り戻して戦哉の顔を見るなりすぐさま元気いっぱい逃げていったので大けがの心配はないだろう。
それに関しては、さすがはユリ直伝の毎日トレーニング。負の感情に乗っ取られ、暴走した状態でも、相手に合わせて無意識的に手加減は出来ていたということだろう。
問題はそのあとである。
不良2人を叩き起こすのに時間がかかってしまったため、案の定、学校は遅刻。
こっそりとバレずに校舎に入るにはどうすればと考えていた戦哉であったが、しっかりと門の前で待ち伏せていた教育熱心な生徒指導教員にとっ捕まり、こってりと絞られることになった。
そしてついには罰として放課後に残って校舎裏の草むしりを命じられてしまったわけである。
(あ~~、せめて事情ぐらいは聴いて欲しいよなぁ~。いや、遅刻したのには変わりないし、不良をぶっ飛ばしてきました!なんて言うわけにはいかないんだけど~。
……あ~~、あ~~、だるい〜、だるい~なぁ~。はやくおうちに帰りたいなぁ~)
職員室でもらった軍手を身に着け、右手に鎌、左手にバケツを持ってフラフラと歩く戦哉の姿は負のオーラに満ちていた。
その気分はそれこそ、刑務所に入れられ、これから刑務作業に向かおうとしている囚人のような気分だった。
昇降口までたどり着き、外履きに履き替えようと立ち止まる。
そこで、遠巻きにいた生徒の声が聞こえてきた。
「おい、あれ見ろ!さっすが、学校一の危険人物www。鎌持ってる姿がめっちゃ様になってるww、もしかして、今から誰か殺りに行くんじゃねwwwwww」
「バッカwwww、お前、声がデケェよ、聴こえちまうだろ。そしたら俺たちがあの鎌の餌食になっちまうぞwwww」
戦哉は声が聴こえてきた方向を睨む。
すると、「ひッ!」と声を上げて男子生徒が2人、走り去っていった。
学生服で鎌を持って歩いている姿はそれなりに異様なのだろう、しかもそれが自分ともなれば……、と戦哉は右手に持つ鎌を見ながら「ふッ」と自嘲気味に鼻で笑った。
(それにしても、怯えて逃げるぐらいだったら、本人がいるところで言うなっつーの)
外履きに履き替え、校舎の外に出た戦哉は心の中で悪態をついた後、あまり他の生徒の目につかぬように校舎裏に向かう歩のスピードをかすかに速めた。
校舎裏はこの時間帯になると、夕陽との位置関係で多少薄暗くなる。
生徒なんてほとんどよりつかない。そんな場所での作業故に、てっきり孤独で物静かな作業になるかと思いこんでいた戦哉であったが、
「よぉ~、よぉ~、来たか、問題児‼ 喜べ、この私とのドキドキ‼2人きりでの嬉し、恥ずかし居残り作業だぞ」
目的地の薄暗い校舎裏。
たどり着いたその場所に、上下真っ赤なジャージに身を包んだ、夕陽よりも鬱陶しい存在感を放つ人物がそれはもう鬱陶しいぐらいのニコやかな笑顔を浮かべて、仁王立ちでたたずんでいた。
「……」
戦哉はそんな人物は無視して、とりあえず草むしりの作業を開始した。
「......よしッ!居残り作業1時間延長、追加な‼」
「ふざけんな!横暴教師‼」
とんでもない文言が聞こえ、戦哉は思わず大声で反論する
「挨拶は人間関係の基本だ。それを無視する輩など罰を追加されて当然だろう」
「じゃあ、もうちょい返したくなるようなまともな挨拶してくださいよ。出会い頭にあんなふざけた事言われたら誰だって無視したくなるでしょう」
「だって、本当のことだろう、こんな美人教師と放課後2人きりで居残り作業なんて男子高校生からしたら卒倒ものの夢のような状況じゃないか......なんだ~照れ隠しか~可愛いやつめ」
「黙ってください、年がら年中ジャージ教師」
「はっはっはー、よし、私のファッションに文句があるなら、あと2時間居残り延長、追加だな」
「すいませんでした!嬉しいです。最高の気分です。こんな美人教師と2人きりで作業なんて夢のようで、ドキドキして草刈る手が進まないなぁ(棒)」
スラッとした肢体に、上下赤色ジャージ、肩まで伸びたボサボサの髪はまるで整えられた様子のない茶髪。
この学校の女性教師、楠木 梓である。
その容姿は「しっかりと整えれば物凄いことになるのに、もったいない」と、常日頃から女子生徒に言われ続け、羨ましがられているというのにもかかわらずそのポテンシャルを全然生かそうとする気のない年がら年中ジャージスタイル。綺麗さや、色気というものをガン無視してかなぐり捨てたかようなその身なりはしかし逆に、周りに不思議な親近感を持たせ、接しやすい印象を与えている。そして、それが原因で生徒からは残念美女というあだ名で、陰ながら呼ばれていたりする。そんな背格好に似合うように、その顔には常に子供のような快活な笑顔を浮かべ、辺りを自然と明るくさせるような存在、それが彼女だ。
戦哉たちが通う高校の生徒指導教員であり、戦哉に居残り作業を命じた張本人でもある。
先ほどの周りを明るくするような存在感に加え、生徒想いで1人1人にフレンドリーに接するという生徒人気の高そうな教師像を持つ反面、一度怒らせると常から浮かべた子供のような笑顔はなりを潜め感情のまるで見えない氷のような冷たい顔で、反論は許されない迫力を醸し出しながら冷静に諭し、詰めてくるという1番怖いタイプの鬼教師へとなり替わるというこの学校で生徒から最も恐れられた存在でもある。しかもそれに加え数多くの大会で優勝記録を残しているという空手部の顧問であり、本人の実力はそんな空手部総出であっても勝てないぐらいのものという、この人には誰も逆らってはいけないという立ち位置と風格を完全体現したまさに理想の生徒指導教師である。
過去の出来事により戦哉は高校入学当初から、この教師に目をかけられている。
事あるごとに話しかけられ、この2年半、幾度となくお節介をかけられた。
人の感情が分かる戦哉としても、この人の生徒に対する愛情は本物だ!と信頼はしているものの、そのあまりの熱意に2年生中盤あたりで少々鬱陶しく感じていた。
「……それで、なんで命じた本人である先生がこんなとこにいるんですか?放課後は部活があるんでしょ、あんた。監視につかなくても俺は逃げたりしませんよ?」
(逃げたら、明日が怖いし)
作業する戦哉の横に並んで、同じく作業をし始めた生徒指導教師に向かい戦哉は尋ねる。
「んあ?お前が逃げないことなど、そんなこと分かっておるわ。それに逃げたら逃げたで、翌日に後悔させるしな」
ニヤリと悪い顔を浮かべてこちらを見る楠木教師。
(ホラ、やっぱり。……逃げないで良かった~)
戦哉は顔に出さず心の中で安堵した。
「それにうちの部員たちは優秀すぎてなぁ、この時間帯は、暇なんだ。武道場でボーっと欠伸しとくより、一向に素直にならない問題児を手なずけておくほうが教師として有意義な時間だと思ってな!それにお前には話したいこともあったしな!
......それで⁈、どうだ!半年間だけでも良いから、空手部に入る決心がついたか」
天真爛漫を絵に描いたような笑顔で尋ねてくる楠木教師。
「いや、つくわけないじゃないですか‼ 入りませんよ、絶対! なんで初心者が高校生活最後の半年に入らなきゃいけないんですか! しかも強豪に!浮くでしょ、絶対!」
あまりに無理のある問いに自然と声を張り上げてしまう戦哉。
「え~~~~~~~、楽しいのに~~~~~~~~~、それにお前だったら、あいつらの練習相手としても事欠かないと思うぞ」
暢気に体を左右に揺らし、草刈りの手をしっかり動かしながら、ふざけてるようなことを言う空手部顧問。
「んなわけないでしょ。空手のかの字も知りませんよ、俺」
「いや、お前の能力ならいける。確かに、基礎的な構えすら知らないお前が試合などに勝つ事はさすがに難しいと思うが、組手の練習相手としてなら全然有りだ。お前の反射神経には目に見張るものがあるからな、お前に攻撃を入れられるかどうかは相当良い練習になるだろう。逆に素人相手に1本も入れられないという事実もあいつらを強くする起爆剤にも繋がる」
「なんだそれ、練習相手というかただの当て的じゃねぇか、反射神経が良いだけなら他の部活生に頼んでください」
「バカ者、格闘技や武道で使う体の感覚と他のスポーツで使う体の感覚は全く別物だ。しっかりと鍛錬をこなしている武道者の攻撃を1撃も喰らわず躱せる奴なんてそういないわ。お前がおかしいの!お前が!
……お前をここまで鍛え上げたという姉とは一度手合わせしてみたいものだがな」
そう言った楠木教師の顔は、それはもう嬉しそうな、子供が新しいおもちゃで遊ぶのを楽しみにしているかのような、ワクワクとした文字が見えてきそうな顔をしていた。
しかし、そんな表情はすぐに引っ込む。
次に楠木教師が浮かべた顔はとても優しい慈愛に満ちた顔だった。
「......それに友達だって出来るかもだぞ!まだ誰かと近しくなることを恐ろしいと感じているのか?お前は」
それを聞いて、一瞬草刈りの手を止める戦哉。
「まぁ、そうですね。今日も結局抑えられませんでしたし、言ってなかったですけど今日遅刻した理由、ホントは喧嘩したからなんですよ。……またやっちゃいました」
そう淡々と言う戦哉に対し楠木教師はため息を吐く。
「そんなこと、もうとっくに知ってる。鈴木の奴が私の所にわざわざ言いに来たからな。また許せなくてカッとなったんだろ。私は知ってるよ、お前が誰かに手を出すのは、誰かが理不尽に傷つけられた時だけだってな」
「まぁ、そうですね。でも変わりませんよ、結局は5年前と同じです」
戦哉はそう言って、5年前の事件を頭に浮かべる。
戦哉がまだ中学1年だった頃の話で、現在、戦哉が学校1の危険人物として、生徒ほぼ全員から恐れられている要因であり、不良達から狙われる要因でもある事件。
現在では”血みどろ事件”なんて呼ばれている、戦哉にとって忘れがたい事件の、その時の光景を。




